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音楽家セスの場合。

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「人外? つか、メルヘンな幻覚か? ぅっわ、なんか自分にショックだわー」

 旅装束のその男はガシガシと頭を掻き、困惑したように辺りを見渡して口を開く。

「ぁ~、対処法はなんだったか……っと、確か……変な場所に出たとき、変な気配を感じたとき、ナニかいたときは取り敢えず・・・Quaerimus licentia of obduco.Dicere si sit querimonia est Malum・Draco.・・・って、言やいいんだよな? 全く意味わかんねぇけど」

 瞬間、宴会場がざわめいた。そして、

『ふむ・・・元より我は、特に責を問うつもりは無かったが、Malum・Dracoあのモノへ貸せるならば、それはそれで面白い。では、通行人の其には・・・、責を問わぬ。れど、時を・・気にする・・・・なら、ぬるがよい』

 奏者が男へ応える。

「おう、なんか知らねぇけど礼を言う。ってか、これはまた古い楽器だな? 辺境でなら現役の楽器もあるが、もう生産されてないような珍しい楽器もある。現役の葦製パンパイプなんか初めて見たぜ。今は竹製が主流だろ? 木製フルートなんかも珍しい。今は金属製ばかりだしな。こんな古い楽器弾けるなんてすげぇな、坊主」

 朗らか声が、掛けられたのが自分であることに気付くのに数秒。

「・・・古い、楽器?」

 それは、楽器の話題。

「おう。レベックやツィター辺りは博物館に並べられててもおかしくねぇくらい古いかもな。つか、こんだけ楽器あんのに、ピアノは無いのな。外だからか? まあ、ピアノは重いから運ぶのは大変か。とは言え、アコーディオンなんかも無いのか? 屋外で弾く定番だと思ってたんだがな」
「・・・ピアノ? アコー、ディオン?」
「あ、知らねぇのか? つっても、ピアノ系統の鍵盤楽器は説明し難いな」

 男の言葉に、彼はふと思い出す。前に・・自分が弾きたいと思っていた楽器のことを。

「・・・けんばん、楽器? ・・・チェン、バロ? オルガン?」
「そうだな。アコーディオンは、オルガンを持ち運びできるサイズにしたような楽器だ。ピアノとチェンバロの違いはよくわからないが、確かチェンバロよりピアノの方が音域が広いってこた知ってる」
「持ち運べる、オルガン……アコー、ディオン……音域……広い、ピアノ……」
「興味があるなら、一緒に来るか? 坊主。なあ、いいだろう? コイツも、迷子な筈だ」

 彼と、奏者へ問う男の言葉に・・・

『よかろう。未知の楽器に心惹かれるは楽師の本分。其の好きにせよ。セス』

 久々に・・・名前を呼ばれ、自分の名を思い出したセスはの、月の沈・・・まない・・・宴会場から出て、知らない楽器を弾きに行こうと決めた。

 次の瞬間、

『なんのしがらみも無く、自由に楽を奏でるがよい』

 という奏者の声を聞いたような気がして、気付いたらセスは、森の中にいた。

「おお、幻覚と幻聴が消えた! 戻って来れたぜ! よかったな? 坊主。俺はアイザックだ。お前はセス、でいいんだよな?」

 アイザックと一緒に。

※※※※※※※※※※※※※※※

 それから・・・

「なんか、森ン中で変な毒キノコに当たったらしくて、気付いたら・・・・・三日経ってた・・・・・・。で、そのトリップ中に拾ったガキなんだが、俺には面倒見切れないからコイツのこと頼むわ。姫さんよろしく」

 と、軽いノリでセスはグラジオラス辺境伯城砦へと連れて来られた。

「ちなみに、拾った付近で子供の行方不明及び誘拐事件、事故の話は聞かなかった。捨て子の可能性もあるとは思うんだが・・・白髪頭に碧眼、推定六、七歳の痩せ気味の男児。という特徴を元に、付近の集落を割と丁寧に調べてみたが、坊主の情報は一切無かった。名前はおそらく、セス。で、いろんな楽器が弾ける。が、どうやらそれ以外には記憶が無いらしい。つか、楽器触らせるとガチで寝食忘れてぶっ倒れるまで弾き続ける。本の虫シュゼットみたいなガキなんだが・・・なぜか音楽以外の会話が、ほとんどできねぇ。ある意味、シュゼット以上に厄介だと思う」
「・・・いいだろう。うちで引き取ろう」
「助かる。ありがとうございます、姫さん」

 これだけを告げ、アイザックはセスを置いて去ってしまった。

「さて、君は自分の名前は言えるか?」
「リクエスト?」

 見下ろすのは金色の瞳。そのとき、セスの脳裏に音楽が浮かび上がる。タイトルを付けるなら、『姫』という可愛らしさではなく、『女帝』という荘厳な曲になるだろう。

「色の抜ける程の歳月か・・・成る程。まさしく人間としての尊厳の回復リハビリテーションが必須だな」

 ぼんやりと金髪金眼の見目麗しいレディを眺めながら頭の中でメロディーを紡いでいると・・・

「では、君のことはアウレーリオとアウレーリアに任せるとしよう。あの二人は、弟妹を養子に出してからずっと寂しがっている。仲良くするといい」
「?」

 こうしてセスの世話役として引き合わせられたのが、双子のアウル達だった。

 推定年齢七歳程。けれど、楽器を触るとき以外は常にぼーっとして、言葉や常識を知らない赤ん坊のようなセスに、双子は話し掛け、食事を食べさせ、一生懸命世話をして、実の弟のように可愛がった。

 そんな甲斐甲斐しい双子のお陰で幼児並みの自我を取り戻したセスは、ある日、ふと気付く。

 鏡に映るのは新雪のような髪に新緑の瞳の子供。けれどセスは、その姿に違和感を持った。瞳の色はかく、自分の髪は白髪こんな色だっただろうか? 自分の髪は、こんな風に目立つ色ではなく、もっとありふれた色で・・・とは思ったが、何色だったかなど、そんな昔のこと・・・・は思い出せなかった。

 そして、そんなどうでもいいことなんかより、グラジオラス辺境伯領城砦にはセスが憧れていたチェンバロやオルガン、そしてアイザックの言っていたピアノがあり、直ぐに夢中になった。

 更には、パイプオルガンが弾いてみたいと言ったらヴァルクが、「いやぁ、いつか絶対造ってみたいと思ってたんだよねー。というワケでセス君、建築家のお兄ちゃんにドーンと任せなさい♪」と張り切って、城の敷地に本当にパイプオルガンの入った建物を建ててくれた。

 セスは、昔には無かった新しい楽器との出逢いと、楽器を弾ける環境をよろこんだ。

※※※※※※※※※※※※※※※

 パン! と、目の前で大きな音がして、セスは新緑の目をパチパチと瞬いた。

「はい、お帰りセス」
「演奏はもうお仕舞い」
「そろそろ授業が終わる時間だから」
「もう放課後になっちゃうよ」

「「ほら、楽器は片付けて」」

「ん~」

 楽器に触ると直ぐに夢中になり、放って置けば時間を、そして寝食を忘れてぶっ倒れるまで止まらないセスを、その前にこちら側・・・・によく引き戻してくれるのはアウル達やグラジオラスの人達だ。

 あの夜のことは、きっと夢。

 長い長い、夢。

 今でも耳に残るのは、演奏の一音一音その全てが圧倒的なまでに美しい、奏者の奏でたあの音。

 鍵盤楽器や見たことの無かった新しい楽器はここ数年でそこそこ弾けるようになった。そして、入学試験のときにセスの出したピアノの音は美しい音だと称された。

 しかし、セス自身は知っている。自分の演奏が、あの音にはまだまだ届かないことを。

 セスが一番得意な楽器は、あの進まない時間の夢の中で長年・・弾き続けた絃楽器だが、あの奏者が奏でた素晴らしく美しい音には遠く及ばない。

 だからセスは、いつもあの音を目標に音を奏でている。いつか、あの奏者に自分の創った曲を弾いてもらいたいと思いながら、自分の知らなかった音楽の勉強をしている。此方側で・・・

__________

  ちなみに、ヴァイオリンやピアノを弾くには爪は短い方がいいらしいのですが、セスがある程度爪を伸ばしているのは撥絃楽器が一番得意だからです。長過ぎず短過ぎずを保つ為、爪のお手入れは欠かせません。
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