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音楽家セスの場合。
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ショーン・マクレガンは、プラウナ王立学園の音楽科に在籍する演奏家志望の生徒。そんな彼は、同じ音楽科のとある生徒のことが大嫌いだった。
『彼』は音楽科の、それも特待生枠の生徒のクセに、座学の授業にしか出ていなかった。授業で一度も演奏したことがなく、よく授業をサボって寝ている姿を学園のあちこちで目撃されている。
更には、その素行も非常に学生らしからぬ程に性質が悪いと有名だった。
曰く、娼館に出入りしている。曰く、見る度に違う女性を連れている。曰く、夜な夜な遊び回り、泣かせた女性は数知れず。だから彼は、授業をサボってよく寝ているのだとか・・・
それだけでなく、彼には黒い噂が常に付き纏っていた。
プラウナ王立学園には、特待生枠が存在する。在学に於いての費用の一切免除。入学費、授業料、制服から教科書、必要な備品、その全てを学園が負担するという特別な待遇。
それは一般貴族生徒の受験枠とは異なり、純粋な学力のみで合否を決める平民でも入れるという特別枠だ。普通科では毎年十枠程だろうか?
その特待生枠に入るには当然、学力が必要だ。好成績の維持が義務となる。具体的には、学年で三十指以内の成績を修めること。その義務を怠れば、特待生枠の返上。及び、授業料の支払い義務が生じ、一般生徒という扱いに切り替えられる。
平民としてプラウナ王立学園に入学し、好成績をキープして卒業後に目覚ましい活躍をした人物も多数存在するが、勉強に付いて行けなくて特待生枠を返上し、授業料の支払いが出来ずに泣く泣く退学した者も少なからずいる。
しかし、そんな普通科とは違い、音楽科の判断基準は少々異なる。知識や教養が乏しく、楽譜さえ読めずとも、心打つ素晴しい演奏ができさえすれば、王候貴族が通うプラウナ王立学園で最高の授業が受けられるという特別枠だ。
過去には、平民から宮廷音楽家にまで登り詰めた偉大な演奏家もいたという。
所謂、一発芸での入学。
毎年受験は行われるが、その一発芸の音楽科特待生枠は、大変狭き門なのだという。五年に一人程の割合でしか合格者が出ず、その合格者達はその誰もが学生の頃から天才演奏者と名を馳せている。
だというのに、ショーンの大嫌いな一発芸特待生は素行が悪く、音楽科の生徒のクセに入学以来、楽器を演奏すらしたことが無いのだという。
それでいて、かろうじて『彼』が出席しているという座学の成績は普通。なのに『彼』は、特待生枠から未だ外される気配すら無い。どう考えたって、なにかしらの裏があるように思える。
そんな彼だから、裏口入学という黒い噂が信憑性を持って囁かれるのは至極当然のことだろう。無論、我が校はプラウナ王立学園である為、表だって不正な裏口入学だと言う者はいないが。
そんな中、ショーンは中庭に向かった。そして、
「セス・リオール! パトリシア・サンダース嬢の名誉を掛けてこの俺と決闘しろっ!?」
という低く鋭い声が、中庭に響き渡った。
「・・・・・・」
返るのは、沈黙。
騎士科の男子生徒が、音楽科の『彼』へと決闘を挑んだ。『彼』に勝ち目など無いと思う。
ショーンは確かに、『彼』のことを嫌っている。しかし、だからと言って、こんな状況に陥っている『彼』に対してざまを見ろと囃し立てている連中の気が知れなかった。
確かに『彼』のことは苦々しく思っているし、同じように思っていた連中が自分よりも更に不満に思っていて、『彼』を悪し様に罵っていたことは知っていた。しかし、こんな形で『彼』の未来が閉ざされてしまっていい筈が無い。
さすがに止めなくては! と、思ってショーンは『彼』がいる場所へ向かったのだが・・・
遅かった、とショーンは頭を抱えた。
「・・・ふゎ」
白髪頭が起き上がり、大きな欠伸。そして、こしこしと眠たげに擦られる目。
「? もう、お昼ごはんー?」
ぼんやりと、『彼』が口を開いた。
「寝惚けてるのかお前っ!? たった今、俺がお前に決闘を申し込んだんだ!!」
顔を赤くした騎士科の男子が、『彼』の足下へと白手袋を叩き付ける。
「・・・けっとー? なにそれ? ・・・手袋、要らないの? 捨てるなら、ゴミ箱。中庭、ポイ捨て禁止。知らない? 掃除のおばちゃん、困る。・・・ん? おばちゃん達に、嫌がらせ?」
「巫山戯ているのかっ!?」
きょとんと首を傾げた『彼』ことセス・リオールは、音楽科特待生。そして、芸術家にありがちな性格をしていて・・・常識が全く無い奴だった。
「勝負だ勝負っ!?」
セスに苛立った騎士科の男子生徒が怒鳴ったとき、
「やめてっ!? わたしの為に争わないでっ!?」
悲痛な女性の声が割り込んだ。
「パトリシアっ!? なぜ止めるんだ!! 俺はっ、お前の名誉の為にっ・・・」
「わたしはそんなこと頼んでないわっ!?」
いきなり出て来た少女の言葉に、顔を歪める騎士科の男子生徒。二人は知り合いのようで・・・
この展開にショーンはふと思った。往来で、人も沢山いるのによくやる……と。そして、
「ぅわ……なにこの茶番?」
驚いた。隣から聞こえた声に、
「え?」
思わず心の声が出たのか? とびっくりしたら、
「全く、ゴミのポイ捨ては禁止だって言ってるのに。一体、何度言えばわかってもらえるのかね? ここの生徒さん達は……」
ちょいちょいとセスに手招かれて呼ばれた中年の掃除婦がぶつぶつ文句を言いながら、騎士科男子がセスへと叩き付けた白手袋という名の果たし状を拾ってしまう。
「あれま! これ絹の手袋じゃないの! こんな高級品を捨てるだなんて、なんて勿体無いことするの! ああそれとも、落とし物として届けるべきかしら?」
そして、野次が飛んだ。
「騎士科の生徒が申し込んだ決闘を、掃除婦が受けたぞーっ!?」
次の瞬間、
「はい?」
注目された掃除婦が首を傾げると、揉めていた騎士科男子と女生徒が揃って驚きの声を上げた。
「「はあっ!?」」
ちょっとしたカオスだ。
『彼』は音楽科の、それも特待生枠の生徒のクセに、座学の授業にしか出ていなかった。授業で一度も演奏したことがなく、よく授業をサボって寝ている姿を学園のあちこちで目撃されている。
更には、その素行も非常に学生らしからぬ程に性質が悪いと有名だった。
曰く、娼館に出入りしている。曰く、見る度に違う女性を連れている。曰く、夜な夜な遊び回り、泣かせた女性は数知れず。だから彼は、授業をサボってよく寝ているのだとか・・・
それだけでなく、彼には黒い噂が常に付き纏っていた。
プラウナ王立学園には、特待生枠が存在する。在学に於いての費用の一切免除。入学費、授業料、制服から教科書、必要な備品、その全てを学園が負担するという特別な待遇。
それは一般貴族生徒の受験枠とは異なり、純粋な学力のみで合否を決める平民でも入れるという特別枠だ。普通科では毎年十枠程だろうか?
その特待生枠に入るには当然、学力が必要だ。好成績の維持が義務となる。具体的には、学年で三十指以内の成績を修めること。その義務を怠れば、特待生枠の返上。及び、授業料の支払い義務が生じ、一般生徒という扱いに切り替えられる。
平民としてプラウナ王立学園に入学し、好成績をキープして卒業後に目覚ましい活躍をした人物も多数存在するが、勉強に付いて行けなくて特待生枠を返上し、授業料の支払いが出来ずに泣く泣く退学した者も少なからずいる。
しかし、そんな普通科とは違い、音楽科の判断基準は少々異なる。知識や教養が乏しく、楽譜さえ読めずとも、心打つ素晴しい演奏ができさえすれば、王候貴族が通うプラウナ王立学園で最高の授業が受けられるという特別枠だ。
過去には、平民から宮廷音楽家にまで登り詰めた偉大な演奏家もいたという。
所謂、一発芸での入学。
毎年受験は行われるが、その一発芸の音楽科特待生枠は、大変狭き門なのだという。五年に一人程の割合でしか合格者が出ず、その合格者達はその誰もが学生の頃から天才演奏者と名を馳せている。
だというのに、ショーンの大嫌いな一発芸特待生は素行が悪く、音楽科の生徒のクセに入学以来、楽器を演奏すらしたことが無いのだという。
それでいて、かろうじて『彼』が出席しているという座学の成績は普通。なのに『彼』は、特待生枠から未だ外される気配すら無い。どう考えたって、なにかしらの裏があるように思える。
そんな彼だから、裏口入学という黒い噂が信憑性を持って囁かれるのは至極当然のことだろう。無論、我が校はプラウナ王立学園である為、表だって不正な裏口入学だと言う者はいないが。
そんな中、ショーンは中庭に向かった。そして、
「セス・リオール! パトリシア・サンダース嬢の名誉を掛けてこの俺と決闘しろっ!?」
という低く鋭い声が、中庭に響き渡った。
「・・・・・・」
返るのは、沈黙。
騎士科の男子生徒が、音楽科の『彼』へと決闘を挑んだ。『彼』に勝ち目など無いと思う。
ショーンは確かに、『彼』のことを嫌っている。しかし、だからと言って、こんな状況に陥っている『彼』に対してざまを見ろと囃し立てている連中の気が知れなかった。
確かに『彼』のことは苦々しく思っているし、同じように思っていた連中が自分よりも更に不満に思っていて、『彼』を悪し様に罵っていたことは知っていた。しかし、こんな形で『彼』の未来が閉ざされてしまっていい筈が無い。
さすがに止めなくては! と、思ってショーンは『彼』がいる場所へ向かったのだが・・・
遅かった、とショーンは頭を抱えた。
「・・・ふゎ」
白髪頭が起き上がり、大きな欠伸。そして、こしこしと眠たげに擦られる目。
「? もう、お昼ごはんー?」
ぼんやりと、『彼』が口を開いた。
「寝惚けてるのかお前っ!? たった今、俺がお前に決闘を申し込んだんだ!!」
顔を赤くした騎士科の男子が、『彼』の足下へと白手袋を叩き付ける。
「・・・けっとー? なにそれ? ・・・手袋、要らないの? 捨てるなら、ゴミ箱。中庭、ポイ捨て禁止。知らない? 掃除のおばちゃん、困る。・・・ん? おばちゃん達に、嫌がらせ?」
「巫山戯ているのかっ!?」
きょとんと首を傾げた『彼』ことセス・リオールは、音楽科特待生。そして、芸術家にありがちな性格をしていて・・・常識が全く無い奴だった。
「勝負だ勝負っ!?」
セスに苛立った騎士科の男子生徒が怒鳴ったとき、
「やめてっ!? わたしの為に争わないでっ!?」
悲痛な女性の声が割り込んだ。
「パトリシアっ!? なぜ止めるんだ!! 俺はっ、お前の名誉の為にっ・・・」
「わたしはそんなこと頼んでないわっ!?」
いきなり出て来た少女の言葉に、顔を歪める騎士科の男子生徒。二人は知り合いのようで・・・
この展開にショーンはふと思った。往来で、人も沢山いるのによくやる……と。そして、
「ぅわ……なにこの茶番?」
驚いた。隣から聞こえた声に、
「え?」
思わず心の声が出たのか? とびっくりしたら、
「全く、ゴミのポイ捨ては禁止だって言ってるのに。一体、何度言えばわかってもらえるのかね? ここの生徒さん達は……」
ちょいちょいとセスに手招かれて呼ばれた中年の掃除婦がぶつぶつ文句を言いながら、騎士科男子がセスへと叩き付けた白手袋という名の果たし状を拾ってしまう。
「あれま! これ絹の手袋じゃないの! こんな高級品を捨てるだなんて、なんて勿体無いことするの! ああそれとも、落とし物として届けるべきかしら?」
そして、野次が飛んだ。
「騎士科の生徒が申し込んだ決闘を、掃除婦が受けたぞーっ!?」
次の瞬間、
「はい?」
注目された掃除婦が首を傾げると、揉めていた騎士科男子と女生徒が揃って驚きの声を上げた。
「「はあっ!?」」
ちょっとしたカオスだ。
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