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賢者と文明の利器?

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 賢者が危険な気球擬きで山を降りた後。アイザックは、洞窟の中で夜を明かすことにした。

 洞窟内の燭台しょくだいに立てられている蜜蝋みつろうは好きに使っていい。そして、酒も瓶の四、五本なら貰っていいと言われた。但し、市場には絶対に流すなとの厳命はされたが。

 高級な蜜蝋、そして蒸留蜂蜜酒ミード・ネクターを惜し気も無く気前良く浪費するとは、さすがグラジオラス辺境伯領の城代と言うべきか、それとも価値の判らないアホと言うべきか迷うところだ。

 そんな高級品を無駄遣いしていいのか? と、聞いたら、「自作の物をどう使用しようとわたしの勝手だ」と言われた。

 まあ、理屈ではそうだ。そして、生き残るのに必要であれば高級品だろうがなんだろうが、自分も惜し気無く使うだろうとは思う。しかし、非常時でもないときに高級品を無駄に浪費することに、アイザックは少々抵抗感を覚える。

 この辺りは、やはり商人達のキャラバンを転々としていたからだろう。純粋に、勿体無いと思う。

 そんなことを考えながら貰った食料で簡単な食事を終え、アイザックは賢者が貯蔵庫にしている洞窟内を奥へと進む。実は、まだ奥の方は見ていないのだ。進めるギリギリまで、内部を見たい。

 暗い洞窟内を、蜜蝋を灯した燭台と代えの蜜蝋、最低限の食料と荷物、武器を手に、奥へと進む。

 山肌の気温は零度を下回るが、この窪地くぼちの気温は十度前後程で暖かい。
 その理由は、この霊峰ロンジュが火山なのだからだそうだ。長年噴火はしていないが、所々に地熱の溜まる場所があるらしい。
 そしてそれが、この山の水が真冬でも凍らない理由なのだとか。まあ、温泉として利用するには水が冷た過ぎるので無理だろうとのこと。

 全部賢者の受け売りだが。

 一応、噴火の兆しは見られないが、あまり長居はするなとも言われた。

 だとすれば、この洞窟は元はマグマの通り道だったのかもしれない。奥の方ではガスやら酸素濃度に気を付けないと、死に直結することになる。または、急に足場が脆くなっている場所や、奈落へと繋がっていることも考えられる。
 危険だと判断したら、直ぐに引き返すべきだろう。蝋燭の火には、細心の注意を払っておこう。

 賢者が酒を置いている場所を通り過ぎると、その辺りからは燭台が置かれなくなっていた。
 ゆらゆらと揺れるオレンジの灯りの中、更に奥へと進んで行くと・・・

 天井が段々と高く広くなり、蝋燭ろうそくの灯りだけではその深い闇を照らせなくなって来た。

 それでも奥へと向かって進む。と、アイザックはふと内壁を見上げた。

「これは・・・」

  オレンジの灯りが照らすそこには、植物の絵と文字のようなものが彫られていた。

 そして、この文字のようなものには見覚えがある。本の虫シュゼットが、神聖言語だと主張している文字に似ている。アイザックが以前から、世界各地の洞窟などで発見したものとそっくりだった。

「ま、読めねぇんだけどな。さて、るか」

 アイザックは自身には神聖文字や古代文字などは読めない。あまり興味も無いので、特に読もうとも思わない。しかし、これを喜ぶ奴がいる。
 ありとあらゆる文字を愛する読書狂いの幼馴染。その、本の虫シュゼットへ、この洞窟内壁に彫られた植物らしき絵と、文字らしきものを写真に撮って送るのだ。きっと、喜んで解析することだろう。

 明かりを増やして写真を撮りながら奥へ進んで行くと、不意に蝋燭の火が不自然に揺らいだ。火が先程よりも小さくなっている。どうやら、酸素が薄くなって来ているらしい。

「ここまで、か・・・」

 この奥の洞窟内壁には、まだ文字のようなものが彫られているが、これ以上は命の危機がある。
 なので、アイザックは足を止めた場所からギリギリ遠くまでをカメラに収め、引き返した。

「賢者はあれを知っていた、のか・・・?」

 知っているような気もするし、危険だと判断して奥まで調べていないような気もする。賢者はもうここにはいないので、それも確かめようがないが。

 それからアイザックは洞窟内で一泊し、翌日の明け方、窪地を後にした。

 山中を突っ切るには、白黒熊パンダや狼の群れとの遭遇が怖かったので、登って来たとき同様、アイザックは断崖絶壁の山肌を慎重に降りて行った。

「・・・助かるんだが、甘い」

 岩場に腰を下ろし、賢者から貰ったグラノーラバーをかじる。穀物とドライフルーツを蜂蜜で固めた携帯食料。

「あの人、昔から甘党だったよな・・・」

 しかも、賢者のお手製だ。料理を作るのが趣味らしく、やたらお菓子作りが上手かった覚えがある。

 頭を使ったり苛々すると甘い物が欲しくなると言って、よく自作のお菓子を食べていた。それも、下手な店の作るお菓子よりもかなり美味い物を。

 このグラノーラバーも食べたことがある。そして確か、ベティの大好物だったと思う。これを食べた後のベティは割と上機嫌で、アイザックをあまりボッコボコにはしなかった。献上すると少しだけ手加減してくれたが、ベティにグラノーラバーが当たらなかったときには、かなりズタボロにされた。

 甘いのに、少し苦い思い出だ。

 そんなこんなで霊峰ロンジュを下りたアイザックは、麓にあの雑な気球擬きが落ちて無いことへ、とても安堵した。

 そしてアイザックは、近くの人里へ向かうことにした。洞窟内壁を撮ったフィルムをグラジオラス辺境伯領の本の虫シュゼットへ送る為に。

 その後は、まだ誰も行ったことの無い場所の情報を集める予定だ。

 次の、前人未到の地を目指して。
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