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読書家シュゼットの場合。

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『――よこしまなる竜について――

 人間ひとの子らよ。

 其方そなたらが、我に討伐を請い願うアレについて、少し語ろう。そして、己らをかえりみるがいい。

 アレは・・・性格は非常に難があるが、それでも災禍をもたらす程の兇悪さはない。

 存外知られていないアレの趣味は、造園だ。

 人間の子が好んで足を踏み入れぬ荒れ野を自ら切り拓き、耕して土壌を整え、種を植え、水を撒き、一から草木を育てることを得意としている。

 そして、アレの育てていた草木の中に、偶々人間の病に効くものがあった。

 アレが丹精籠めて作りし植物には、通常で育った植物よりも滋養や薬効成分が高い。

 人間の子らは、それをアレに無断で奪い、アレの庭を踏み荒らした。

 それでも、アレは幾度かは我慢したそうだ。

 れど、人間の子らは節度を知らず、我が物顔で庭を荒らし、アレの育てた草木を根刮ねこそぎ摘み盗り、奪い、挙げ句の果てにはアレを邪竜と称し、忌み嫌うようになった。

 己が大事にしているモノを寄越せと、土足でを踏み荒らし、剣を向けて来るモノへ、相応の対応をすることが悪事と呼べようか?

 其方らは、侵略者へ黙って宝を差し出すことを是とするか? 全く抵抗はせぬと言うか?

 そして、アレが度重なる人間の子の奪略と敵意に辟易し、「こんな場所、もう要らぬ」と余所へ移れば、やがて草木が枯れ、獣が湧いた。

 それを、人間の子らはアレが呪いを掛けたのだと、我に言った。

 しかし、それは順番が違う。元々荒れ野であった地をアレが開墾かいこんし、世話をしていたのだ。その、世話をする者自体がその地を見捨てたのであれば、荒れ地に戻るが道理。獣も単に、アレをおそれて避けていたに過ぎぬ。アレが去れば獣も戻ろう。

 更には、竜退治の英雄という称号欲しさにアレを追い回せば、返り討ちにされて当然であろう。

 そのようなことが幾度となく繰り返されれば、アレが自らを邪竜を称するようになり、人間の子をうとむのも無理はなかろう。

 れど、アレは積極的に其方らを害そうとは思っていまい。

 人間の子らよ。今一度問おう。

 それでも、我にアレの討伐を願うか?

 よく考えるがいい。

 ――聖なる竜の言葉より――』



 当時のシュゼットには、旧い文字で記された内容を読み解くのは難しかったが、邪竜と呼ばれている存在の、それまでの価値観がひっくり返るような衝撃の内容だった。

 聖竜ホーリー・ドラゴンは、人間の為に邪竜イーヴィル・ドラゴンを退治した存在だと、昔から伝えられている。

 どんな物語でも、邪竜イーヴィル・ドラゴンは悪者で、英雄とされた人間や聖竜ホーリー・ドラゴンに倒されたり追い払われたりしている。

 けれど、この旧い本には、それまでの邪竜イーヴィル・ドラゴン像とは全く違うことが記されていた。

 確かに、邪竜イーヴィル・ドラゴン退治の話には、薬草や花畑などの記述は多い。そして、邪竜イーヴィル・ドラゴンが去ると、どんなに世話をしようとも、その地は荒れ果てると伝承にはあった。それ・・が、邪竜イーヴィル・ドラゴンの呪いなのだと。

 けれど、この聖竜ホーリー・ドラゴンの言葉だという記述は、全てをひっくり返すものだった。

 拙くはあるが、シュゼットは一生懸命女性へとその・・内容・・を伝えた。

「あらあら、まあまあ、驚きの内容ですこと! これは、今までの価値観が覆される大発見ですわ。・・・ああ、いえ、だから、でしたのね。わかりましたわ。この本が隠されていた理由が・・・」

 女性は納得したように頷くと、にっこりと優しくシュゼットへと微笑んだ。

「ねえ、賢いお嬢さん。どうでしょうか? この本を解読するのを、手伝って頂けませんこと? わたくし達の、神の家で」
「?」

 きょとんと首を傾げたシュゼットへ、

「見たところ、お嬢さんは本がとてもお好きなようですし、わたくしの住むところには、沢山の本がありますの。どうでしょうか? お嬢さん」

 女性は言い募る。と、

「ねえ、そこのシスター? 親のいる子供を、保護者の同意無くして勝手に修道院に連れ去る行為ってのは確か、ボクの記憶だと、誘拐って言う立派な犯罪行為だったと思うんだけど? 違ったっけ?」

 横から可愛らしい声が掛けられた。

「それとも、いつの間にか教義か法律か風習が変わったことを、ボクが知らないだけかな?」

 目深に被ったフードの小柄な体躯。見えない顔の上半分。しかし、その口元は弧を描き、ニヤニヤと辛辣にわらうように言い募る。

「まあ! いいえ、違いますわ。わたくしとしたことが、気が急いてしまいましたわ。いけませんわね。まずは保護者の方の同意を得るべきでしたわ。ご忠告大変感謝致します。申し訳ありません、お嬢さん。わたくし、今日はこれで失礼致しますわね? では、またお会い致しましょう」

 修道女シスターと呼び掛けられた女性はハッ! としたようにシュゼットへ頭を下げ、旧い本を閉じると、そそくさと立ち去った。その後ろ姿へと、

「ったく、あんなカビ臭い本をちみっ子に読ませてンじゃねーっての。ちみっ子ってのは、病気になり易いんだゼ? 馬っ鹿じゃねーの」

 不機嫌に吐き捨てる可愛らしい声。

「?」

 訳がわからなくてぽかんとするシュゼットへ、その人物は訊いた。

「ねえ、小さなお嬢さん。君は、パパやママと別れてまで、沢山の本がある修道院に入りたい?」

 先程とは打って変わった優しい口調に、シュゼットはふるふると首を振った。

「・・・ママは、てんごくに行っちゃったんです。だから、わたしまでいなくなると、パパがさみしがると思うんです。だから、行けません」

 一年以上前には、わからなかったこと。けれど、図書館にあるおおよその本を読めば、理解する。

 さすがに、悟る。

 シュゼットの母が、もう帰って来ないことを。

 そして更に、シュゼットまでがいなくなれば、父は酷く悲しむであろうことを。

「それは・・・悪いことを聞いちゃったね。ごめんね、お嬢さん」

 シュゼットが首を振る。と、

「けどまぁ、とりあえずは大至急手洗いとうがいだねっ☆」

 その人物に抱えられてお手洗いへ連行された。そして、手洗いとうがいを済ませると、

「すいませーん、この子誘拐されかかってたんですけどー、保護者の人呼んであげてくださーい」

 カウンターへ連れて行かれ、あれよあれよという間にシュゼットは、父の下へ保護された。

「パパと離れたくないなら、グラジオラスのお城へおいで。それじゃあ、またね? 本好きなお嬢さん」

 その人はシュゼットに小さく囁くと、大人達が騒いでいる間にいなくなった。
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