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警邏隊員レットの場合。

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 それから数日。

 めそめそしていた令嬢サリアは、管理人のケイトに家事を教わりながらレットの家で四苦八苦している。案外根性があるようだ。

 それはそれとして、またもや令嬢が増えたという。

「・・・おい、レット」
「なんすか? ヴィル様」
「お前、あの令嬢達になにを言った?」

 ヴィルヘルムに呼び出されるなり、不機嫌な顔が見下ろし、低い声で言った。

「貴族の暮らしができる手っ取り早い手段は、貴族に嫁ぐことって教えただけっす。警邏隊の独身男性のことも、チラッと言ったかもしれねーっす」

 レットはしれっとリークしたことを認める。

「お前は・・・ったく、もういい。ウサギ隊を出動させる。お前、女装しろ」
「ウサギ隊っすか。女装とはまた面倒な・・・他の女子隊員に頼めばいいじゃないっすか? わざわざ自分使わなくても、可愛い女の子いるっす! おねーさん方に頼むっすよ!」
「阿呆。今回はいつもの釣りじゃない。十代に・・・見える・・・童顔の隊員で、荒事ができる奴が必要だ。お前、釣りは得意だろ」

 容姿と経験からも、ピッタリな人選だ。

「っ・・・クッ、自分の童顔が憎いっ!」
「納得したみたいだな。なら、さっさと女装して、困った顔で町中彷徨うろついて来い」
「・・・へーい」

 そして、レットの久々の女装! ということで、テンションの上がった女性隊員達に拠って揉みくちゃにされながら、レットはドレスを着せられ、薄化粧を施され、カツラを被らされた。

 こうして出来上がったのは、十代半ば程の美少女・・・・・・に、見えるレット。

「うヘぇ・・・コルセット、キツいっす。お嬢様方は、よくこんなの付けてられるっすねー? 内臓口から出たりしないンすかねー?」

 不本意なことに、げんなりした表情が儚げだと意外と好評だ。口を開かなければ、華奢な令嬢に見える。更に、侍女の格好をした女性隊員が付けば完璧だ。

 こうして、レット達おとり…通称ウサギ隊に拠る捕り物が開始された。

「・・・よく釣れますねぇ。お嬢様(笑)」
「そうですね。年下メイドのおねーさん(笑)」

 ウサギ隊が困った顔で町中をとぼとぼ歩いていると、親切な顔をした悪い人が釣れる釣れる。そして、付いて行く振りをして不埒なことをしたら即行で捕まえる。

「・・・クソ野郎共は滅びればいい」
「お嬢様(笑)言葉遣いが悪いですよ。まあ、それには心から同意しますが」

 普通に親切な人も釣れる。それは申し訳ない。

 そして、警邏隊の男共まで釣れる。阿呆共め。

「あ~、お嬢さん達は、迷子ですか?」

 にっこりと優しく微笑む若い警邏隊員。

ちげーっすよ。自分らはウサギっす。釣りの最中っすから、邪魔しねーでほしいっす」

 しっしっとレットが手を払うと、男性隊員がみるみると驚愕の表情へ変わった。

「そ、その喋り方、も、もしかして小猿隊第二小隊のレット隊長ですかっ!?」
「煩ぇっすね? 声抑えるっすよ」
「ハッ! ・・・ところで、そのおっぱいやけにリアルですね? どうしたんですか?」

 彼が見下ろすのは、デコルテの開いたデザインのドレスから見えるレットの膨らんだ胸の谷間。メイドに扮した女性隊員の白い目には、気付いてないらしい。アホだ。

「んあ? これは自前っすよ。寄せて上げて、コルセットでギュウギュウに締め上げられたらできたっす。普段はBなんすけど、今はDっす」

 警邏隊の、特に遊走隊は移動に危険が伴う為、制服の布地が厚い。なのでレットの胸は目立たない。

「へ?」
「ンじゃあ、さっさと散るっす」

 と、レットはとぼとぼと途方に暮れているように見えるよう、歩いて行った。

「ええ~~っ!?!?」

 そして、響く若い男性隊員の叫び声。

「ったく、なんなんすかね? 女装する度、会う後輩会う後輩が人の顔見て絶叫って。失礼っすよ」
「まあ、レット隊長の性別を知らない新入りが驚くのは、毎度恒例と言いますか・・・」
「なんすか、それ」
「レット隊長、美少女・・・ですから」
「そこは美女じゃねーンすか?」
「いえ、レット隊長は美少女で美少年ですとも! そして、この町の老若男女…いえ、女性にモテモテの、女性隊員わたし達のアイドルですからっ!」

 顔を赤らめて力一杯力説する女性隊員。

「いや、アイドルって・・・」

 こうして、この日一日で悪質な女衒ぜげんや変質者など、十数人の犯罪者が逮捕された。

「ご苦労だったな、レット」
「ホンっト疲れたっすよ、ヴィル様」

 ドレスから警邏隊の制服へ着替えると、男性隊員から落胆の声が上がったが、無視して帰宅。

 すると、サリア嬢がめそめそと泣いていた。

「っ、ひ、酷いです、レットさん! わたくしを騙していたんですのねっ!? レットさんが既婚者だったなんてっ、あんまりです! どなたですかっ!? このレティシア様という方はっ!?」

 と、『レティシア・コーウェン様へ』と書かれた郵便物を指して言った。

「ああ、言い忘れてたっす。レットというのは愛称で、自分の本名はレティシア・コーウェン。独身。正真正銘の二十二歳で、サリア嬢よりも年上のお姉さん・・・・っす」
「へ?」

 ぽかんとするサリアへ、レットは続ける。

「このアパートは、独身女性・・・・専用っす。まだ気付いてなかったンすね。ついでに言うと、常識的に考えて、箱入りのお嬢さんをいきなり野郎と同棲させるワケねーっす。つか、家政婦として雇ってほしいって意味じゃなかったンすね。自分が、男だと言った覚えは一度もねーンすけどね? サリア嬢」

__________

 以前ヴィルヘルムが言ってた「手を出すなよ?」というのは、殴るなという意味でした。レットは案外キレっ早いので。

 囮の通称がウサギ隊なのは、野ウサギの後ろ蹴りには、狐などの顎を砕く程の威力が秘められているからです。
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