84 / 161
警邏隊員レットの場合。
8
しおりを挟む
それから数日。
めそめそしていた令嬢サリアは、管理人のケイトに家事を教わりながらレットの家で四苦八苦している。案外根性があるようだ。
それはそれとして、またもや元令嬢が増えたという。
「・・・おい、レット」
「なんすか? ヴィル様」
「お前、あの令嬢達になにを言った?」
ヴィルヘルムに呼び出されるなり、不機嫌な顔が見下ろし、低い声で言った。
「貴族の暮らしができる手っ取り早い手段は、貴族に嫁ぐことって教えただけっす。警邏隊の独身男性のことも、チラッと言ったかもしれねーっす」
レットはしれっとリークしたことを認める。
「お前は・・・ったく、もういい。ウサギ隊を出動させる。お前、女装しろ」
「ウサギ隊っすか。女装とはまた面倒な・・・他の女子隊員に頼めばいいじゃないっすか? わざわざ自分使わなくても、可愛い女の子いるっす! おねーさん方に頼むっすよ!」
「阿呆。今回はいつもの釣りじゃない。十代に見える童顔の隊員で、荒事ができる奴が必要だ。お前、釣りは得意だろ」
容姿と経験からも、ピッタリな人選だ。
「っ・・・クッ、自分の童顔が憎いっ!」
「納得したみたいだな。なら、さっさと女装して、困った顔で町中彷徨いて来い」
「・・・へーい」
そして、レットの久々の女装! ということで、テンションの上がった女性隊員達に拠って揉みくちゃにされながら、レットはドレスを着せられ、薄化粧を施され、カツラを被らされた。
こうして出来上がったのは、十代半ば程の美少女・・・に、見えるレット。
「うヘぇ・・・コルセット、キツいっす。お嬢様方は、よくこんなの付けてられるっすねー? 内臓口から出たりしないンすかねー?」
不本意なことに、げんなりした表情が儚げだと意外と好評だ。口を開かなければ、華奢な令嬢に見える。更に、侍女の格好をした女性隊員が付けば完璧だ。
こうして、レット達囮…通称ウサギ隊に拠る捕り物が開始された。
「・・・よく釣れますねぇ。お嬢様(笑)」
「そうですね。年下メイドのおねーさん(笑)」
囮隊が困った顔で町中をとぼとぼ歩いていると、親切な顔をした悪い人が釣れる釣れる。そして、付いて行く振りをして不埒なことをしたら即行で捕まえる。
「・・・クソ野郎共は滅びればいい」
「お嬢様(笑)言葉遣いが悪いですよ。まあ、それには心から同意しますが」
普通に親切な人も釣れる。それは申し訳ない。
そして、警邏隊の男共まで釣れる。阿呆共め。
「あ~、お嬢さん達は、迷子ですか?」
にっこりと優しく微笑む若い警邏隊員。
「違ーっすよ。自分らはウサギっす。釣りの最中っすから、邪魔しねーでほしいっす」
しっしっとレットが手を払うと、男性隊員がみるみると驚愕の表情へ変わった。
「そ、その喋り方、も、もしかして小猿隊第二小隊のレット隊長ですかっ!?」
「煩ぇっすね? 声抑えるっすよ」
「ハッ! ・・・ところで、そのおっぱいやけにリアルですね? どうしたんですか?」
彼が見下ろすのは、デコルテの開いたデザインのドレスから見えるレットの膨らんだ胸の谷間。メイドに扮した女性隊員の白い目には、気付いてないらしい。アホだ。
「んあ? これは自前っすよ。寄せて上げて、コルセットでギュウギュウに締め上げられたらできたっす。普段はBなんすけど、今はDっす」
警邏隊の、特に遊走隊は移動に危険が伴う為、制服の布地が厚い。なのでレットの胸は目立たない。
「へ?」
「ンじゃあ、さっさと散るっす」
と、レットはとぼとぼと途方に暮れているように見えるよう、歩いて行った。
「ええ~~っ!?!?」
そして、響く若い男性隊員の叫び声。
「ったく、なんなんすかね? 女装する度、会う後輩会う後輩が人の顔見て絶叫って。失礼っすよ」
「まあ、レット隊長の性別を知らない新入りが驚くのは、毎度恒例と言いますか・・・」
「なんすか、それ」
「レット隊長、美少女ですから」
「そこは美女じゃねーンすか?」
「いえ、レット隊長は美少女で美少年ですとも! そして、この町の老若男女…いえ、女性にモテモテの、女性隊員達のアイドルですからっ!」
顔を赤らめて力一杯力説する女性隊員。
「いや、アイドルって・・・」
こうして、この日一日で悪質な女衒や変質者など、十数人の犯罪者が逮捕された。
「ご苦労だったな、レット」
「ホンっト疲れたっすよ、ヴィル様」
ドレスから警邏隊の制服へ着替えると、男性隊員から落胆の声が上がったが、無視して帰宅。
すると、サリア嬢がめそめそと泣いていた。
「っ、ひ、酷いです、レットさん! わたくしを騙していたんですのねっ!? レットさんが既婚者だったなんてっ、あんまりです! どなたですかっ!? このレティシア様という方はっ!?」
と、『レティシア・コーウェン様へ』と書かれた郵便物を指して言った。
「ああ、言い忘れてたっす。レットというのは愛称で、自分の本名はレティシア・コーウェン。独身。正真正銘の二十二歳で、サリア嬢よりも年上のお姉さんっす」
「へ?」
ぽかんとするサリアへ、レットは続ける。
「このアパートは、独身女性専用っす。まだ気付いてなかったンすね。ついでに言うと、常識的に考えて、箱入りのお嬢さんをいきなり野郎と同棲させるワケねーっす。つか、家政婦として雇ってほしいって意味じゃなかったンすね。自分が、男だと言った覚えは一度もねーンすけどね? サリア嬢」
__________
以前ヴィルヘルムが言ってた「手を出すなよ?」というのは、殴るなという意味でした。レットは案外キレっ早いので。
囮の通称がウサギ隊なのは、野ウサギの後ろ蹴りには、狐などの顎を砕く程の威力が秘められているからです。
めそめそしていた令嬢サリアは、管理人のケイトに家事を教わりながらレットの家で四苦八苦している。案外根性があるようだ。
それはそれとして、またもや元令嬢が増えたという。
「・・・おい、レット」
「なんすか? ヴィル様」
「お前、あの令嬢達になにを言った?」
ヴィルヘルムに呼び出されるなり、不機嫌な顔が見下ろし、低い声で言った。
「貴族の暮らしができる手っ取り早い手段は、貴族に嫁ぐことって教えただけっす。警邏隊の独身男性のことも、チラッと言ったかもしれねーっす」
レットはしれっとリークしたことを認める。
「お前は・・・ったく、もういい。ウサギ隊を出動させる。お前、女装しろ」
「ウサギ隊っすか。女装とはまた面倒な・・・他の女子隊員に頼めばいいじゃないっすか? わざわざ自分使わなくても、可愛い女の子いるっす! おねーさん方に頼むっすよ!」
「阿呆。今回はいつもの釣りじゃない。十代に見える童顔の隊員で、荒事ができる奴が必要だ。お前、釣りは得意だろ」
容姿と経験からも、ピッタリな人選だ。
「っ・・・クッ、自分の童顔が憎いっ!」
「納得したみたいだな。なら、さっさと女装して、困った顔で町中彷徨いて来い」
「・・・へーい」
そして、レットの久々の女装! ということで、テンションの上がった女性隊員達に拠って揉みくちゃにされながら、レットはドレスを着せられ、薄化粧を施され、カツラを被らされた。
こうして出来上がったのは、十代半ば程の美少女・・・に、見えるレット。
「うヘぇ・・・コルセット、キツいっす。お嬢様方は、よくこんなの付けてられるっすねー? 内臓口から出たりしないンすかねー?」
不本意なことに、げんなりした表情が儚げだと意外と好評だ。口を開かなければ、華奢な令嬢に見える。更に、侍女の格好をした女性隊員が付けば完璧だ。
こうして、レット達囮…通称ウサギ隊に拠る捕り物が開始された。
「・・・よく釣れますねぇ。お嬢様(笑)」
「そうですね。年下メイドのおねーさん(笑)」
囮隊が困った顔で町中をとぼとぼ歩いていると、親切な顔をした悪い人が釣れる釣れる。そして、付いて行く振りをして不埒なことをしたら即行で捕まえる。
「・・・クソ野郎共は滅びればいい」
「お嬢様(笑)言葉遣いが悪いですよ。まあ、それには心から同意しますが」
普通に親切な人も釣れる。それは申し訳ない。
そして、警邏隊の男共まで釣れる。阿呆共め。
「あ~、お嬢さん達は、迷子ですか?」
にっこりと優しく微笑む若い警邏隊員。
「違ーっすよ。自分らはウサギっす。釣りの最中っすから、邪魔しねーでほしいっす」
しっしっとレットが手を払うと、男性隊員がみるみると驚愕の表情へ変わった。
「そ、その喋り方、も、もしかして小猿隊第二小隊のレット隊長ですかっ!?」
「煩ぇっすね? 声抑えるっすよ」
「ハッ! ・・・ところで、そのおっぱいやけにリアルですね? どうしたんですか?」
彼が見下ろすのは、デコルテの開いたデザインのドレスから見えるレットの膨らんだ胸の谷間。メイドに扮した女性隊員の白い目には、気付いてないらしい。アホだ。
「んあ? これは自前っすよ。寄せて上げて、コルセットでギュウギュウに締め上げられたらできたっす。普段はBなんすけど、今はDっす」
警邏隊の、特に遊走隊は移動に危険が伴う為、制服の布地が厚い。なのでレットの胸は目立たない。
「へ?」
「ンじゃあ、さっさと散るっす」
と、レットはとぼとぼと途方に暮れているように見えるよう、歩いて行った。
「ええ~~っ!?!?」
そして、響く若い男性隊員の叫び声。
「ったく、なんなんすかね? 女装する度、会う後輩会う後輩が人の顔見て絶叫って。失礼っすよ」
「まあ、レット隊長の性別を知らない新入りが驚くのは、毎度恒例と言いますか・・・」
「なんすか、それ」
「レット隊長、美少女ですから」
「そこは美女じゃねーンすか?」
「いえ、レット隊長は美少女で美少年ですとも! そして、この町の老若男女…いえ、女性にモテモテの、女性隊員達のアイドルですからっ!」
顔を赤らめて力一杯力説する女性隊員。
「いや、アイドルって・・・」
こうして、この日一日で悪質な女衒や変質者など、十数人の犯罪者が逮捕された。
「ご苦労だったな、レット」
「ホンっト疲れたっすよ、ヴィル様」
ドレスから警邏隊の制服へ着替えると、男性隊員から落胆の声が上がったが、無視して帰宅。
すると、サリア嬢がめそめそと泣いていた。
「っ、ひ、酷いです、レットさん! わたくしを騙していたんですのねっ!? レットさんが既婚者だったなんてっ、あんまりです! どなたですかっ!? このレティシア様という方はっ!?」
と、『レティシア・コーウェン様へ』と書かれた郵便物を指して言った。
「ああ、言い忘れてたっす。レットというのは愛称で、自分の本名はレティシア・コーウェン。独身。正真正銘の二十二歳で、サリア嬢よりも年上のお姉さんっす」
「へ?」
ぽかんとするサリアへ、レットは続ける。
「このアパートは、独身女性専用っす。まだ気付いてなかったンすね。ついでに言うと、常識的に考えて、箱入りのお嬢さんをいきなり野郎と同棲させるワケねーっす。つか、家政婦として雇ってほしいって意味じゃなかったンすね。自分が、男だと言った覚えは一度もねーンすけどね? サリア嬢」
__________
以前ヴィルヘルムが言ってた「手を出すなよ?」というのは、殴るなという意味でした。レットは案外キレっ早いので。
囮の通称がウサギ隊なのは、野ウサギの後ろ蹴りには、狐などの顎を砕く程の威力が秘められているからです。
0
お気に入りに追加
236
あなたにおすすめの小説
愛を知らない聖女はなにも齋さない。
月白ヤトヒコ
ファンタジー
あらすじ
聖女が真心を籠めて祈ることで、安寧が齋されると信じられる世界で――――
愛を知らない純真無垢な聖女は、教えられた通りに忠実に祈り、なにも齋《もたら》さなかった。
ある意味悲劇ではある。
読む人によっては胸くそ。
【完結】「まずは……手前ぇよりも上位の存在に犯されて来い。話はそれからだ」
月白ヤトヒコ
ファンタジー
よその部署のヘルプという一仕事を終えて帰ろうとしたら、突然魔法陣が現れてどこぞの城へと『女神の化身』として召喚されたわたし。
すると、いきなり「お前が女神の化身か。まあまあの顔だな。お前をわたしの妻にしてやる。子を産ませてやることを光栄に思うがいい。今夜は初夜だ。この娘を磨き上げろ」とか傲慢な国王(顔は美形)に言われたので、城に火を付けて逃亡……したけど捕まった。
なにが不満だと聞かれたので、「まずは……手前ぇよりも上位の存在に犯されて来い。話はそれからだ」と言ってやりました。
誘拐召喚に怒ってないワケねぇだろっ!?
さあ、手前ぇが体験してみろ!
※タイトルがアレでBLタグは一応付けていますが、ギャグみたいなものです。
【完結】淘汰案件。~薬屋さんは、冤罪だけど真っ黒です~
月白ヤトヒコ
ファンタジー
とある酒場で、酒を飲んでいた冒険者のうち、約十名が体調不良を訴えた。そのうち、数名が意識不明の重体。そして、二人が死亡。
調査の結果、冒険者の体調不良や死因は、工業用アルコールの混ぜ物がされた酒と、粗悪なポーションが原因であると判明。
工業用アルコールが人体に有害なのは勿論だが。その上、粗悪なポーションは酒との飲み合わせが悪く、体外へ排出される前にアルコールを摂取すると、肝臓や腎臓へとダメージを与えるという代物。
酒屋の主人は、混ぜ物アルコールの提供を否定。また、他の客からの証言もあり、冒険者のうちの誰かが持ち込んだ物とされている。
そして、粗悪なポーションの製作者として、とある薬屋が犯人として浮上した。
その薬屋は、過去に幾度も似たような死亡事故への関与が疑われているが、証拠不十分として釈放されているということを繰り返している、曰く付きの怪しい薬屋だった。
今回もまた、容疑者として浮上した薬屋へと、任意で事情聴取をすることになったのだが――――
薬屋は、ひひひひっと嬉しげに笑いながら・・・自らを冤罪だと主張した。
密やかで、けれど致命的な報復。
ざまぁと言えばざまぁですが、あんまりすっきりはしない類のざまぁだと思います。
【完結】護衛騎士と令嬢の恋物語は美しい・・・傍から見ている分には
月白ヤトヒコ
恋愛
没落寸前の伯爵令嬢が、成金商人に金で買われるように望まぬ婚約させられ、悲嘆に暮れていたとき、商人が雇った護衛騎士と許されない恋に落ちた。
令嬢は屋敷のみんなに応援され、ある日恋する護衛騎士がさる高位貴族の息子だと判明した。
愛で結ばれた令嬢と護衛騎士は、商人に婚約を解消してほしいと告げ――――
婚約は解消となった。
物語のような展開。されど、物語のようにめでたしめでたしとはならなかった話。
視点は、成金の商人視点。
設定はふわっと。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?
桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」
やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。
婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。
あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?
婚約者が庇護欲をそそる可愛らしい悪女に誑かされて・・・ませんでしたわっ!?
月白ヤトヒコ
ファンタジー
わたくしの婚約者が……とある女子生徒に侍っている、と噂になっていました。
それは、小柄で庇護欲を誘う、けれど豊かでたわわなお胸を持つ、後輩の女子生徒。
しかも、その子は『病気の母のため』と言って、学園に通う貴族子息達から金品を巻き上げている悪女なのだそうです。
お友達、が親切そうな顔をして教えてくれました。まぁ、面白がられているのが、透けて見える態度でしたけど。
なので、婚約者と、彼が侍っている彼女のことを調査することにしたのですが・・・
ガチだったっ!?
いろんな意味で、ガチだったっ!?
「マジやべぇじゃんっ!?!?」
と、様々な衝撃におののいているところです。
「お嬢様、口が悪いですよ」
「あら、言葉が乱れましたわ。失礼」
という感じの、庇護欲そそる可愛らしい外見をした悪女の調査報告&観察日記っぽいもの。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる