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騎士爵ベアトリスの場合。
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彼女はこの日、非番だった。
なので、剣の手入れをしながら休日をまったりと過ごしていたら、緊急事態だとして、王立騎士団屯所の訓練所へと駆り出された。
軍服を纏い、訓練所へ向かった彼女は、久々にとある光景を目にした。
それは、いつ見ても不思議な光景。
華奢な女性が、片腕で大の男を吊し上げ、背中から地面へと叩き落とす。
地面に転がるのは数個のパン。
彼女は起こった事態をすぐに把握して、荒ぶる華奢な女性へ声をかけた。
「お久し振りです。師匠」
瞬間、訓練所にいた彼女の同僚騎士達の、絶望にも似た悲痛な呻きが響いた。
どうやら、騎士団の者達は彼女の師匠に、彼女を当てようという目論見だったらしい。
「おお、久し振りだな。アイラ」
「はい。ところで師匠、どうされましたか?」
「コイツが、あたしのパンを落としやがった」
ベアトリスが、背中から地面に叩き落として伸びた騎士を憎々しげに見下ろした。すると、
「ああ、申し遅れました。こちら、アイラ様へ剣術指南をなさいました、騎士爵の爵位を持つベアトリス・グラジオラス卿でございます」
にこやかにマーノがベアトリスを紹介した。
騎士爵という階級は爵位の一部では在るが、実質的な権力が無く、貴族という枠組みには入らない。栄誉と称号のみの、名ばかりの特殊な爵位。
その実力と栄誉は王侯貴族達から敬われもするが、どの爵位からも実権が無いと侮られ、粗野で教養が無いと蔑まれることもある爵位。
そんな騎士爵だが、武門の者達に於いて、騎士爵の称号を持つことは通常以上に特別な誉れとされて、憧れられている。
「グラジオラスの、吊し上げる熊」
ぽつんと低い声で落とされた言葉に、騎士達が一斉にざわついた。
グラジオラスの吊り上げる熊の異名は有名らしいが、それがこんなに華奢で若い女性に見えるとは、誰も思わないようだ。
初めて彼女を目にしたとき、大抵の相手が華奢で年若く見える彼女を侮る。そして、その実力を目の当たりにすると、畏怖して大袈裟に怖がるようになる。
吊り上げて落とすという手法が、彼女の手加減の最たるものだということも知らないで。誤って殴り殺してしまわないようにという、手加減の一環。
それが、彼女の優しさだとも気付かずに。
「ん?」
「師匠。地面へ落ちたパンは、あちらの方が責任を持って頂くそうなので、許してあげてください」
ベアトリスは、食べ物を粗末にすることを非常に嫌う。それを知っているアイラは、ベアトリスを宥める為に地面へ転がるパンを拾うよう指示を出す。
「ついでに、落としたパンの代わりは、今すぐ購入してくれるようです」
更に、今すぐ食べ物を用意しろと同僚の騎士達へと目配せしてパシらせる。
「・・・なら、いい」
ムスッとした顔でベアトリスが頷いた。
なので、剣の手入れをしながら休日をまったりと過ごしていたら、緊急事態だとして、王立騎士団屯所の訓練所へと駆り出された。
軍服を纏い、訓練所へ向かった彼女は、久々にとある光景を目にした。
それは、いつ見ても不思議な光景。
華奢な女性が、片腕で大の男を吊し上げ、背中から地面へと叩き落とす。
地面に転がるのは数個のパン。
彼女は起こった事態をすぐに把握して、荒ぶる華奢な女性へ声をかけた。
「お久し振りです。師匠」
瞬間、訓練所にいた彼女の同僚騎士達の、絶望にも似た悲痛な呻きが響いた。
どうやら、騎士団の者達は彼女の師匠に、彼女を当てようという目論見だったらしい。
「おお、久し振りだな。アイラ」
「はい。ところで師匠、どうされましたか?」
「コイツが、あたしのパンを落としやがった」
ベアトリスが、背中から地面に叩き落として伸びた騎士を憎々しげに見下ろした。すると、
「ああ、申し遅れました。こちら、アイラ様へ剣術指南をなさいました、騎士爵の爵位を持つベアトリス・グラジオラス卿でございます」
にこやかにマーノがベアトリスを紹介した。
騎士爵という階級は爵位の一部では在るが、実質的な権力が無く、貴族という枠組みには入らない。栄誉と称号のみの、名ばかりの特殊な爵位。
その実力と栄誉は王侯貴族達から敬われもするが、どの爵位からも実権が無いと侮られ、粗野で教養が無いと蔑まれることもある爵位。
そんな騎士爵だが、武門の者達に於いて、騎士爵の称号を持つことは通常以上に特別な誉れとされて、憧れられている。
「グラジオラスの、吊し上げる熊」
ぽつんと低い声で落とされた言葉に、騎士達が一斉にざわついた。
グラジオラスの吊り上げる熊の異名は有名らしいが、それがこんなに華奢で若い女性に見えるとは、誰も思わないようだ。
初めて彼女を目にしたとき、大抵の相手が華奢で年若く見える彼女を侮る。そして、その実力を目の当たりにすると、畏怖して大袈裟に怖がるようになる。
吊り上げて落とすという手法が、彼女の手加減の最たるものだということも知らないで。誤って殴り殺してしまわないようにという、手加減の一環。
それが、彼女の優しさだとも気付かずに。
「ん?」
「師匠。地面へ落ちたパンは、あちらの方が責任を持って頂くそうなので、許してあげてください」
ベアトリスは、食べ物を粗末にすることを非常に嫌う。それを知っているアイラは、ベアトリスを宥める為に地面へ転がるパンを拾うよう指示を出す。
「ついでに、落としたパンの代わりは、今すぐ購入してくれるようです」
更に、今すぐ食べ物を用意しろと同僚の騎士達へと目配せしてパシらせる。
「・・・なら、いい」
ムスッとした顔でベアトリスが頷いた。
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