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あなたと彼の結婚生活が上手く行くことを、心より祈っています。

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「ふ、ふふ……彼が、可哀想、ね……」

 小さく喉を震わせるような声が、笑い声だとは気付かなかった。

「……ねえ、わたし、子供がいたの……」

 ぼそぼそと低い声が言う。

「え、ええ、知っています。奥さんの不注意で、転んで怪我をして流産してしまったんですよね? そして、再びの妊娠は望めないのだとお聞きしました。彼は、子供を欲しがっているのに」
「ふ、ふふっ……わたしの不注意、ね……あははははははははっ!? アレが、わたしの不注意っ!? ねえ、わたし、彼に殴られるの」
「え?」

 いきなり笑い出した奥さんに呆気に取られ、なにを言われたのかわからなかった。

「あの人、外面がいいでしょう? でも、家ではわたしを殴るの。わたしを殴ると、気分がスッキリして仕事が捗るんですって。わたしも仕事、本当は続けたったの。でも、辞めろって言われたの。嫌だったけど、口答えすると殴られるの。まあ、口答えしなくても殴られるんだけど」
「な、にを……?」
「あの人が、わたしと結婚したのは、わたしに身内がいなかったからみたい。殴られて怪我をしても、誰もわたしを心配しないから。気に掛けてくれる人がいないからなの。それで、心置きなく殴れるんですって。最低よね。わたしだって、子供ができたら彼が変わってくれると思ってしまったの。祈るような気持ちで、殴るのをやめてくれるかもしれない! って。でも、なにも変わらなかった。本当、馬鹿みたいで笑える。妊娠を告げても彼は全く変わらず、わたしを殴った。それで、ある日・・・わたし、酷く殴られた後に、お腹を蹴られたの。それで、流産したの。しかも、お腹が痛くてうずくまっているわたしを、邪魔だって、目障りだって言って更に蹴ったの。救急車を呼びたかったけど、ケータイは取り上げられているし。一晩中お腹が痛くて、全然動けなかったの。そして翌日、出血して動けないわたしを見て、死なれるとまずいと思ったんでしょうね。朝に救急車で運ばれたわ。入院先の病院は、彼の親族が経営している病院で、彼は医者に言ったの。『朝に家に帰ったら、妻が苦しんでいるところを見付けたんです』って。わたしが勝手に転んで怪我をして、流産したことにされたの。ねえ、それって、わたしの不注意なの? 殴られて、蹴られて、暴行されて、『お前が腹を庇わないから俺の子供が死んだじゃないか』って言われたの。ねえ、そんな彼が、可哀想なの? あははははははははははははっ!! 自分の子を自分で殺したあの人殺しが可哀想っ?」

 つらくて泣きそうな、酷く怒っているような、とても苦しそうな、けれどどこか楽しげに、奥さんは狂ったように笑いながら、あたしに捲し立てた。

「ねえ、そんなお優しいあなたは、彼と結婚してくれるのよね? わたしを彼から解放してくれるのよね? ねえ、これを持って行って、サインをもらって来て。ついでにあなたもサインして、区役所に出しておいてくれる?」

 歪な、血走った目で笑いながら、わたしに突き付けるように差し出したのは、離婚届だった。彼の欄と離婚の証人の欄だけが空欄で、半分が既に記入済みだ。

「え?」
「ねえ、あなたは彼のことを愛してるんでしょう? お腹に、彼の子がいるんでしょう? その子を父親のいない可哀想な子にしたくないんでしょう? 彼の幸せを願うんでしょう?」

 突き出された離婚届を受け取れずにいると、彼女が言い募る。

「素晴らしいわ。あなたと彼の結婚生活が上手く行くことを、心より祈っています。だから、早くわたしを解放してください」

 嘘……だと、思いたい。

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