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麻央と魔王

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「──サマ……」

 美しく、澄んだ声。

「マオ……サマ……」

 誰かが私を呼んでいる。私のことを『様』って付けて呼んでいる。

「マオ……様、マオ……ウ様……」

 目を開けると、ひとりの女の人がいた。心配そうな顔で私を下から見上げている。絶世の美女といってもいいぐらいの整った顔立ち。
 
 嫉妬しちゃうぐらい綺麗なんだけど、この女の人なんか変だよ……?
 死人のように真っ白な肌、血のように真っ赤な瞳……それになんなの、この露出度は。
 
 その女は大事なところがギリギリ隠れるくらいの際どい水着のような服を着ていた。
 私と目が合うと、その女は白い頰を少しだけ赤らめ、ピンク色の妖艶な唇を動かした。

「さあ、進軍の号令を。配下の者が今か今かと待ち望んでおります」

 女の後ろに目をやると、そこには見たこともないおぞましい光景があった。
 視界の端から端まで悪魔、魔物、怪物、妖怪、幽霊……古今東西のありとあらゆる化け物がびっしりと並んでいる。そして全員が一様にひれ伏している。
 上空を見ると、ムンクの叫びのような苦しそうな顔が形を変えながら大小無数に映っていた。

 なにこれ。いったい、ここはどこなの? どうして私はこんなところにいるの? たしか私は家族と夜ご飯を食べていたはず。大好きなレンコンハンバーグ……
 
 自分の手が視界に入った。そこで初めて自分の体の異変に気付いた。

 えええええええええええ──!! 
 これ誰の手よ? こんな筋肉モリモリの手、私のじゃない。それにこんな大きくて太い足も、私のじゃない!

「──な、なに……」

 やっと出た声。喉元が震えるような感覚。触ると尖った喉仏がある。

「あ……あ……いうえ、お」

 うそ、やめて。こんな野太くて低い声なんて、私の声じゃない!
 
 女はキョトンとして、小首を傾げながら私を見つめている。
 
 なになに? 私の方がキョトンとしたいぐらいなのに。

「魔王様、いかがなさいました?」

 えっ魔王様? 今、私のことを『魔王まおう様』って呼ばなかった? 麻央様じゃなかったの?

「魔王様、人間界侵略の号令を!」

 ──は? 人間界侵略? なに、その物騒な言葉……

 女が化け物の軍団のほうへ向きなおった。その背中には黒い翼、お尻には黒い蛇の尻尾が生えていた。髪の中からツノも見え隠れしている。

 この女も人間ではない。あいつらと同じ化け物──女の悪魔。
 
『皆の者! 魔王様へ忠誠の意を示すのだ!』

 突然、その女悪魔がビリビリと空気が割れるような声で叫んだ。華奢な女性の体からとは思えないほどの大きな声。

「サルタシファン様、万歳!! サルタシファン魔王様、万歳!!」

 地響きのように鳴り響く、化け物たちの万歳コール。
 もう、なにがなんだかわからないよ。

「ご覧ください。恐怖、死、血肉に飢えた配下の者どもを。魔王様の一言で人間界は一瞬にして血みどろになりましょう」

 こいつら、人間界を破滅させようとしているの?

「さあ、魔王様。機は熟しました。侵略の号令を。人間どもにサルタシファン様の恐怖を! 人間たちを我々の養分に!」

 人間をなんだと思ってるの? あんたたち化け物の好き勝手になんてさせない。こうなったら、もうやけくそだ!

「中止!! 人間界侵略は中止!!」

 自分でもびっくりするほどのすごい声が出た。男性のたくましい声が。 
 水を打ったように静まりかえる目の前の化け物たち。いえ、恐怖で凍りついたと言ったほうが正しいかも。

「あの……魔王様? なにかお気に召さないことでも──」

 女悪魔が近寄ろうとしたのを私は手で制した。
 
「あ、あの……」

 この女悪魔の媚びるような感じがたまらなくうざい。

「うるさい!!」
「も、申し訳ございません! お許しください!」

 怒り心頭の私と目があって異様なほど怯える女悪魔。その時、変な快感が背中を走った。
 なんだろう? 今まで感じたことのないこの感覚……この女悪魔をいじめるのがとっても心地いい。

「魔王様のお気を害してしまったこのリスリスの愚行、万死に値します──」

 目の前で、悪魔女が胸に手をつっこんだ。飛び散る青い血。

「どうか、この私めの心臓でお許しを……」

 恍惚な表情を浮かべながら女悪魔が心臓を差し出した。ビクビクと鼓動を打つ心臓。
 
 ああ……なんて新鮮で美しい心臓なの……うっとり。
 ──ってなにを言ってるの私。なんか自分がどんどん変になっていく気がする。

「よこせ」

 勝手に口が動いた。私は女悪魔から脈打つ心臓を奪い取る。女悪魔が「あっ」と上ずった声を出した。
 
 手のひらから女悪魔の心臓の鼓動が生々しく伝わってくる。
 はぁーこの触り心地、最高!

 私はその脈打つ心臓を握りしめ、絞り出される青い血をゴクゴクと飲みはじめた。
 美味しい。こんなに美味しい飲み物があったなんて……

 私はとろけそうな意識の中、勝手に動く自分の体を客観的に見ていた。
 
 ──はっ! 私なにやってんの? 

 むごいことを喜んでやってしまっている自分がいる。

 もしかして……もしかすると……私……本当に魔王になってしまったってこと──?
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