29 / 40
第八章 協力者の思惑
第二十九話
しおりを挟む
――目が覚めると見慣れた天井、横を見やると窓から明るい陽の光が差し込んでいた。
「おはようございます、遊姫様」
ぼんやりと日差しを眺めていると、入口の方からいつもと変わらない無感情な声が聞こえた。
声の方に視線を移すと、これまた無感情な従者がいつも通りに立っていた。
従者を眺めていると、少しずつ自分が現実世界に戻ってきたのを実感できた。
「……あれから、何日経ったの?」
何があったのかを思い出し、現状を理解した私は従者に尋ねる。
「遊姫様が眠りについてから、二日が経過しております」
二日……か。
薬はよく効いていたらしいが、予定通りに目覚めたわね。
正直、目覚めない可能性も考えていた……父が私に毒を持ったかもしれないと。
私は皇帝を殺した女、それも宰相である父と皇弟陛下の依頼でだ。
これが露見したら、私達の極刑だけでは済まされない。
皇族を手に掛けた女・悪徳宰相・兄殺しの皇族とその名は永遠に蔑まれ、一族諸共消される可能性がある……それを恐れた父が、証拠隠滅のために私を消すのではないかと思っていた。
でも私がこうして目覚めたことを思うと、父はそれなりに私のことが可愛かったのか……はたまた信用してくれていたらしい。
私は疑っていたけれどね。
私がもしも一週間経っても目覚めなかったら、やってほしいことを記した手紙を父に渡すように従者に託していた。
そして私の依頼したことが済むか、父がその依頼を無視した場合、即座に父を消すように指示していたのだけれど……徒労に終わって良かったわ。
あれこれ考えを巡らせていると、自分の頭が正常に動き始めたのを感じた。
「私が眠っていた間の状況を教えて」
従者に尋ねると、従者はかしこまりましたと返事をして、この二日間にあったことを語りだした。
まず私が眠りについた後……夜が明けた頃に、自分の宮に戻ってこない陛下を心配した宮女が、私の宮へとやってきたらしい。
陛下が来ている間は部屋に入るなと指示されていると従者が告げるも、陛下の御身に何かあっては……と宮女は強引に部屋の中へと入った。
そこで穏やかに横たわる私と陛下を見つけたが、状況の異様さからすぐに駆け寄り、状況を理解した宮女は、侍医や宦官を呼んだり王宮への連絡に走ったり大騒ぎになったとのことだ。
呼ばれた侍医は陛下の蘇生を試みたが叶わず……私の方は息があるということで、毒消しの薬を飲ませて様子を見ましょうということになっていたらしい。
ただの眠り薬だから毒消しなど必要ないのだけれど、死体のある部屋にこれみよがしに湯呑が二つ転がっていたら、まず毒の可能性を疑うわよね。
「……というか、じゃあ今寝ている寝台ってあの時と同じもの?」
さすがに死体があった寝台で二日間も眠っていたのは気分が悪いなと思っていたら、従者から寝台は他の部屋で余っていた物に変えてありますと言われて、少しだけ安心した。
私は従者に報告の続きを求めた。
陛下の死が確認された後、従者は私の指示通りに机から手紙を取り出して陛下付きの宦官へと渡し、口元を袖で隠しながら俯き気味に、手紙と同様の内容を伝えたらしい。
「遊姫様は怯えていらっしゃいました。二人きりになると、陛下が『上級妃が消えるのは呪いのせいだ』『お前だけはずっと余の側にいろ』と尋常ではない様子になると……」
宦官に渡させた手紙には、さらに『陛下はいつか私を殺すかもしれない』と、父宛を装いながら記しておいた。
上級妃がいなくなる晩、必ず私の宮へ来ていたことも手伝って……宦官たちの間では瞬く間に、呪いに怯えた陛下が、最愛の私を道連れに心中を図ったという憶測が広がった。
王が側妃を道連れに無理心中など前代未聞……一時は後宮だけでなく、王宮まで巻き込んだ大問題へと発展したらしい。
けれどそこで皇弟陛下が現れ、事を外に広めないように箝口令を敷き、宰相である父と共に皆の不安を払い支え、事態収束のために動いたそうだ。
そのこともあって、現皇帝は世間的には病で亡くなったことにして皇族の記録から抹消、早々に皇弟陛下を次期皇帝に……と話が進んでいるらしい。
元々王宮の人間には皇弟陛下こそ皇帝にふさわしいという声が多かったし、父の根回しや前準備もあったのでしょうが、予想以上に事は早く動き出しているようね。
「次期皇帝から遊姫様が目覚めたら連絡するようにと言付かっておりますが、いかがいたしますか?」
皇弟陛下……いや、もう次期皇帝か。
父ならまだしも、なぜ次期皇帝が私からの連絡を求めている……?
疑問を感じながらも、父への連絡も兼ねて王宮に私が目覚めた旨を知らせてほしいと、従者を使いに出した。
その間、私は久しぶりの日差しを存分に眺めながら、心から穏やかなひと時を楽しんでいた。
「おはようございます、遊姫様」
ぼんやりと日差しを眺めていると、入口の方からいつもと変わらない無感情な声が聞こえた。
声の方に視線を移すと、これまた無感情な従者がいつも通りに立っていた。
従者を眺めていると、少しずつ自分が現実世界に戻ってきたのを実感できた。
「……あれから、何日経ったの?」
何があったのかを思い出し、現状を理解した私は従者に尋ねる。
「遊姫様が眠りについてから、二日が経過しております」
二日……か。
薬はよく効いていたらしいが、予定通りに目覚めたわね。
正直、目覚めない可能性も考えていた……父が私に毒を持ったかもしれないと。
私は皇帝を殺した女、それも宰相である父と皇弟陛下の依頼でだ。
これが露見したら、私達の極刑だけでは済まされない。
皇族を手に掛けた女・悪徳宰相・兄殺しの皇族とその名は永遠に蔑まれ、一族諸共消される可能性がある……それを恐れた父が、証拠隠滅のために私を消すのではないかと思っていた。
でも私がこうして目覚めたことを思うと、父はそれなりに私のことが可愛かったのか……はたまた信用してくれていたらしい。
私は疑っていたけれどね。
私がもしも一週間経っても目覚めなかったら、やってほしいことを記した手紙を父に渡すように従者に託していた。
そして私の依頼したことが済むか、父がその依頼を無視した場合、即座に父を消すように指示していたのだけれど……徒労に終わって良かったわ。
あれこれ考えを巡らせていると、自分の頭が正常に動き始めたのを感じた。
「私が眠っていた間の状況を教えて」
従者に尋ねると、従者はかしこまりましたと返事をして、この二日間にあったことを語りだした。
まず私が眠りについた後……夜が明けた頃に、自分の宮に戻ってこない陛下を心配した宮女が、私の宮へとやってきたらしい。
陛下が来ている間は部屋に入るなと指示されていると従者が告げるも、陛下の御身に何かあっては……と宮女は強引に部屋の中へと入った。
そこで穏やかに横たわる私と陛下を見つけたが、状況の異様さからすぐに駆け寄り、状況を理解した宮女は、侍医や宦官を呼んだり王宮への連絡に走ったり大騒ぎになったとのことだ。
呼ばれた侍医は陛下の蘇生を試みたが叶わず……私の方は息があるということで、毒消しの薬を飲ませて様子を見ましょうということになっていたらしい。
ただの眠り薬だから毒消しなど必要ないのだけれど、死体のある部屋にこれみよがしに湯呑が二つ転がっていたら、まず毒の可能性を疑うわよね。
「……というか、じゃあ今寝ている寝台ってあの時と同じもの?」
さすがに死体があった寝台で二日間も眠っていたのは気分が悪いなと思っていたら、従者から寝台は他の部屋で余っていた物に変えてありますと言われて、少しだけ安心した。
私は従者に報告の続きを求めた。
陛下の死が確認された後、従者は私の指示通りに机から手紙を取り出して陛下付きの宦官へと渡し、口元を袖で隠しながら俯き気味に、手紙と同様の内容を伝えたらしい。
「遊姫様は怯えていらっしゃいました。二人きりになると、陛下が『上級妃が消えるのは呪いのせいだ』『お前だけはずっと余の側にいろ』と尋常ではない様子になると……」
宦官に渡させた手紙には、さらに『陛下はいつか私を殺すかもしれない』と、父宛を装いながら記しておいた。
上級妃がいなくなる晩、必ず私の宮へ来ていたことも手伝って……宦官たちの間では瞬く間に、呪いに怯えた陛下が、最愛の私を道連れに心中を図ったという憶測が広がった。
王が側妃を道連れに無理心中など前代未聞……一時は後宮だけでなく、王宮まで巻き込んだ大問題へと発展したらしい。
けれどそこで皇弟陛下が現れ、事を外に広めないように箝口令を敷き、宰相である父と共に皆の不安を払い支え、事態収束のために動いたそうだ。
そのこともあって、現皇帝は世間的には病で亡くなったことにして皇族の記録から抹消、早々に皇弟陛下を次期皇帝に……と話が進んでいるらしい。
元々王宮の人間には皇弟陛下こそ皇帝にふさわしいという声が多かったし、父の根回しや前準備もあったのでしょうが、予想以上に事は早く動き出しているようね。
「次期皇帝から遊姫様が目覚めたら連絡するようにと言付かっておりますが、いかがいたしますか?」
皇弟陛下……いや、もう次期皇帝か。
父ならまだしも、なぜ次期皇帝が私からの連絡を求めている……?
疑問を感じながらも、父への連絡も兼ねて王宮に私が目覚めた旨を知らせてほしいと、従者を使いに出した。
その間、私は久しぶりの日差しを存分に眺めながら、心から穏やかなひと時を楽しんでいた。
11
お気に入りに追加
673
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~
絹乃
キャラ文芸
陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※表紙はminatoさまのフリー素材をお借りしています。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。
※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる