雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ

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第六章 夜姫の追放

第二十三話

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 夜姫イェチェンの宮から戻ってきてしばらくすると、すぐに宴の時間がやってきた。

 いつもだったら宴の時間がやってくると億劫だったけれど、今の私は心踊らせていた。

  今日がになるとは決まっていないけれど、私は心のどこかで今日がその日になるだろうと確信めいたものを感じていた。

 だから私は少しだけ宴への参加を遅らせ、従者の一人に夜姫の宮を監視しておくように指示を出してから、ゆっくり宴の会場へと向かった。

 会場に着くと、陛下が数人の下級妃を侍らせて楽しそうにしていた。

「おぉ! 遊姫ヨウチェン! やっと来たか」

 陛下は私を見かけるとそう声をかけてきたけど、お前も飲めといつも通りガハハッと笑うだけで、側に来いと言うことはなかった。

 陛下の周りを見てみるが、夜姫の姿はない。

 ……やっぱり。

 そう思ってクスッと笑ってしまったが、すぐに口元を袖で隠して、陛下から少しだけ離れた懐かしい席に腰をおろした。

 チラリと横を見てみると、陛下の周りではいつも以上に女のかしましい声が響き渡っている。

 下級妃にとっては上級妃が減り、残った二人も不在……陛下に上級妃として見初めてもらうまたとない好機だから、気合が入っているのだろう。

 私はそれへの興味をすぐになくし、目の前に置かれた料理を従者に毒味させてから、久しぶりの夕餉に舌鼓をうつ。

 私がいない間に下級妃の誰かが毒を盛る可能性も考えていたが、その心配も杞憂だったか。

 そんなことを考えながら食事をしていると、夜姫の宮を監視させていた従者がやってきて、私にこっそりと耳打ちしてくる。

 その内容を聞いた私はニヤリと笑ってしまう口元を袖で隠しながら、席を立って陛下の元へと向かう……私が陛下の前に跪くと、すっかり出来上がっている様子の陛下が、お? どうした? と嬉しそうに尋ねてきた。

 陛下の周りにいた下級妃は怪訝そうな顔をしてこちらを見てきたが、陛下と二人きりにしてくださる? と言うと、何も言えずに後ろのいつもの席へと下がっていった。

 そして私は、下級妃たちのいなくなった陛下の横にしなだれかかるように座りながら、こっそり陛下の耳元に口を寄せる。

「陛下、ぜひ御覧いただきたいものがございます。少しだけ、宴を抜け出しませんか?」

 顔を離してニッコリと微笑むと、陛下はニヤリと口角を上げて良かろうと答えた。

 向かう場所は、もちろん夜姫の宮。

「さて、そちは何を見せるのか……楽しみだ」

 陛下はそう言いながら夜姫の宮にズカズカと入っていくので、私はニッコリと微笑みながら寝所へと答え、その後に続いた。

 夜姫の宮に入ると、廊下で出会う彼女の侍女たちがヒュッと声を失って青ざめ立ちすくんでいたので、私は静かに微笑んでその横を通過する。

 夜姫の寝所に近づくと、だんだん彼女の甘い声が聞こえ始めてくる。

 陛下はこれから目の当たりにするものに気がついたのか、なるほど……と声を漏らしながらニヤリと笑っていた。

 寝所の前まで来るといよいよ恥ずかしげもなく夜姫のが響き渡っていたが、陛下は笑った顔を威厳のある顔に整えてから、スパーンッと寝所の扉を開けた。

 目の前には寝台に横たわりながら驚愕の表情でこちらを見ている裸の夜姫と、彼女に覆いかぶさるようにしながら顔だけ振り返り、事態を把握して青ざめている宦官が見えた。

 私はその時点で吹き出しそうになったが、口元を袖で隠して成り行きを見守る。

「……何をしておる、夜姫」

 陛下は冷めた目で夜姫を見下しながら、低い声でそう尋ねる。

「へ、陛下……こっ、これは……」

 夜姫の方は布団で懸命に肌を隠しながら言い訳の言葉を探しているようだが、宦官の方は寝台から飛び降りるように土下座し、観念したように震えている。

「ほ、ほんの遊びなんですの。ほんの出来心で……」

 夜姫が震える声で絞り出すように言った言葉は、何とも陳腐なものだった。

 陛下はなおも冷たい目で、ただ静かに夜姫を見下している。

 そんな陛下の顔を見た夜姫は身体をビクッと震わせたかと思うと、慌てて寝台を降りて陛下の元へと駆け寄り、陛下の身体に縋るようにしながら、実にいやらしい手付きで身体を撫でる。

「真に愛しているのは陛下だけなのです。信じてください……!」

 困惑・恐怖が入り乱れる笑顔を見せながら、そう懇願する夜姫。

 陛下はそんな夜姫の肩を掴んだかと思うと、グイッと押しのけ、夜姫は押しのけられた勢いで体勢を崩して床に無様に転がる。

「貞操なき女に価値はない」

 陛下は床に転がる夜姫を見下しながらただ一言そう告げて、もうその女に興味はないと言わんばかりに踵を返し、足早に出口へ向かった。

「あ……」

 夜姫は言葉をなくし、絶望の表情でへたり込んでいた。

 私はその表情を見て満足したので、口元を袖で隠しながら陛下の後を追って夜姫の宮を後にした。
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