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第八章 義父の反対

第二十九話

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 私が家族への決別を決意して、改めてアルサになったことを実感してから、また少しばかり日が流れた。

「アルサ……ちょっと良いかな?」

 今日も仕事頑張ろう! と意気込んでいた屋敷での朝、イラホン様に突然そう呼び止められた。

 いつもの笑顔ではなく、真剣な眼差しで……どこか困惑したような、気まずそうな表情をしているイラホン様に、何事かと心配になって尋ね返す。

「もちろんです。どうかなさいましたか?」

 できるだけ穏やかな笑みを浮かべて尋ね返したつもりだけれど、イラホン様の表情は晴れない。

 本当にどうしたのだろう……。

 落ち着いていただこうと、イラホン様の手を取ってソファへと腰掛けるように促しながら隣に座る。

 イラホン様が話し始めるまで、少しだけ無言の時間が流れたけれど……私は急かすことなく、彼が話し始めてくれるのを静かに待った。

「実は……俺の父に会ってほしいんだ。俺としては結婚報告だけして終わらせるつもりだったんだけど、とにかく顔を見せに来いってしつこくて」

 イラホン様は言いにくそうに、苦々しい顔をしながらそう言った。

 どんなことを言われるのかと不安に思っていたけれど……家族への顔合わせという、結婚した夫婦ならば当たり前に行うことで拍子抜けした。

「父は空を司る三大神の一人。あまり無下にすると、この地に大雨・大嵐・日照りなどの災害が起こりかねない……だからアルサには申し訳ないけど、一緒に行ってくれないかな?」

 ……そうだった。

 イラホン様のお父様は世界を作りし三大神のお一人……今回の顔合わせが、和やかに終わるわけがないことがすぐに分かった。

 怖い……できることならば、お会いしたくないと臆してしまう自分がいる。

 けれど、私も神の妻。

 この地に住まう人間に危害が加わる可能性があると聞かされては、拒否するわけにはいかない。

 私の頭の中には、こんなにも教会に来てくれる信者たちの笑顔がすぐに浮かぶようになってしまったのだから。

「……分かりました。参りましょう。いつ頃、お伺いする予定なのですか?」

 私が行くと返事をした時は、ぱぁっと明るい表情でお礼を言っていたけれど……具体的な日程を尋ねると、イラホン様の表情がぴしっと固まったのを感じる。

 ……嫌な予感がする。

「その……今日、これから来いと」

 今日!? しかもこれからすぐに!?

 あまりのことに驚愕して言葉を失っていると、イラホン様が手をぱちんっと合わせてごめん! と謝ってこられた。

 しかしイラホン様とて、今回のことは突然の知らせだったのだろう。

 しょうがないこと……すぐに頭を切り替えた。

「いえ、その……驚きはしましたが。大丈夫です! すぐに支度をいたしますね」

 私はマラクに普段の仕事用ドレスではなく、よそ行き用のドレスへ着替えるのを手伝ってほしいとお願いする。

 三大神にお会いするのだ……化粧も、それなりにちゃんとしなければ。

 ――着る機会に恵まれることはなかったのだが、幸いなことにドレスならばイラホン様が用意してくださったものが部屋に備え付けられているドレスルームにある。

 イラホン様の妻になってからも、その前もそういった事には疎いのだが……そうも言っていられない。

 とにかく相手方に失礼のないようにと、マラクにお願いしながら懸命に身支度を整える。

 ――マラクが手伝ってくれたおかげもあって、準備は思ったよりも早く済んだ。

 なんとか失礼のないように、普段よりかは身綺麗に整えたつもりだけれど……これで良かったのだろうかとまだ不安になる。

「ご安心ください、アルサ様。とてもお綺麗ですよ」

 マラクにそう言ってもらえて、少しホッとしながら玄関ホールへと向かう。

 ――玄関ホールまで来ると、玄関口でイラホン様が立っている姿が目に入った。

 おまたせしてしまったかしらと慌てて向かうと、イラホン様が私の足音に気が付いたのかこちらを振り返った。

 イラホン様もいつもよりも綺羅びやかというか……派手ではないけれど美しい装いをなさっていて、思わず目を奪われる。

 見目麗しい方が装いにも力を入れると、こんなにも破壊力があるものなのだろうか……ぼんやりと見惚れていると、イラホン様も固まっていることに気が付いた。

 ……やはりこんな美しいイラホン様の隣に、私のような平凡な女が立つのは不釣り合いだろうか。

 そんな不安が心にじわじわと広がってくるけれど、イラホン様の反応は正反対のものだった。

「……とてもキレイだ。思わず見惚れてしまったよ」

 頬を染めながら、嬉しそうに目尻を下げているイラホン様。

 思わず顔がボッと熱くなるけれど、お互いに同じことを思っていたのだなと思うと、少しだけ笑えた。

「じゃあ、行こうか」

 そう言ってイラホン様が手を差し出してくださったので、私はこくんっと頷いてその手を取る。

「いってらっしゃいませ。アルサ様、旦那様」

 マラクに見送られて、私達はイラホン様のお父様がいらっしゃるという屋敷まで向かった。
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