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第七章 忘れられない不幸

第二十八話

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 散々泣きわめいて、少しだけ落ち着いてきた。

 背後ではまだ家族が何やら話しているようだが、不思議ともう雑音にしか聞こえない。

 その言葉や嘲笑が、私の頭・心・表情に影響を与えることはなかった。

 むしろ家の恥をあそこまでベラベラと話していて、あの人達に恥じらいや常識というものはないのだろうかと呆れているくらいだった。

 ただ、イラホン様はそう思っていなかったらしい。

「……そろそろ限界の限界だ。アルサの家族だからと耐えたが、これ以上の侮辱は万死に値する」

 抱きしめてくれる腕は変わらず優しいが、背中がメキメキと黒く禍々しい何かで膨れはじめて……家族になにかしようとしているのがすぐに分かった。

 背中の膨れ上がった何かは翼のように広がり、イラホン様の身体の各所からバキバキ、メキメキというおおよそ人体から聞こえるはずのない音が聞こえてくる。

 背中に回されている腕も、感触がどんどん変わってきているような気がする。

「お、落ち着いてください! 私は本当に大丈夫ですから!」

 これはさすがにマズイ!

 そう思って懸命に声を掛けるが、フーフー……と荒々しい息遣いが聞こえるだけで、禍々しい何かが膨らむのが止む気配はない。

 ど、どうすれば良いの、これ!?

 困惑していると……背後から冷静な声が聞こえた。

「……おやめください」

 イラホン様に抱きしめられているので姿は見えないが、カーフィンの声だ。

 いつもの明るい声色ではなく、神父見習いとして仕事をしている時のどこか大人びた声色だった。

 イラホン様の動きがピタッと止まり、グルルル……と獣のような唸り声を上げている。

 何かに姿を変えようとしているイラホン様を止めてくれたのだろうか?

「な、何だ。生意気なガキが」

 けれどイラホン様の変化を感じることができない父が、そう返していた。

 カーフィンの冷静な声色に少しだけ臆しているようだが、傲慢な言動はそのままだ。

 イラホン様を止めてくれたのは助かるが、さすがに神父の息子と言えども、領主に逆らったら何をされるか分からない。

 特に相手は父だ……。

 今度はカーフィンの方が心配になる。

 けれど私にできることは結局なくて、オタオタとしているとカーフィンがさらに続けた。

「おやめくださいと申し上げたのです。神の御前でそのように低俗な話、聞くに耐えません」

 カ、カーフィン!

 言っていることは正しいが、領主にその言動はさすがにマズイ!

 神父様が慌ててカーフィンを諌めている声と、父が怒りのあまり言葉になっていない声が聞こえてくる。

 けれどカーフィンはまるで何かに取り憑かれたように、淡々と話しを続ける。

「……神はいつでも我らの言葉を聞いておられます」

 そんなカーフィンの言葉を聞いた直後、いつの間にか背中に回された腕の感触がいつもどおりに戻っていて、イラホン様がパチンッと指を鳴らす音がした。

 状況が分からずに戸惑っていると、外では見る見る内に強い風が吹き荒れ、教会のガラスがガタガタと揺れて、雷までもが轟き始める。

 家族も教会にいた人も、訳が分からず動揺しているようだ……戸惑う声、小さな悲鳴が聞こえてくる。

「……それを理解した上で、そのお話を続けるようなら……神罰が下りますよ?」

 カーフィンがそう言うと同時に、教会の扉がバターンッと音をたてて閉まった。

 驚いた家族は大きな悲鳴を上げる。

 そしてダバダバと扉まで駆けていったかと思うと扉を開けるのにもたつき、お互いに罵声を浴びせながら、それはそれは無様に教会から出ていった。

「プッ……あっはっはっ! 良い演技だったぞ、カーフィン! 少しは気が晴れたわ」

 教会が静かになった頃、すっかり元の姿に戻っていたイラホン様がお腹を抱えて大笑いしていた。

 神父様と教会にいた信者たちは呆然としていたが、神の存在を感じたのだろうか……ああはなるまいと、静かに祈りを捧げていた。

「……ありがとうございます。イラホン様、カーフィン」

 二人が私のためにしてくれたのがやっと分かって、二人にお礼を伝える。

 カーフィンはピースサインをしながら、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

「俺は怒り狂っていただけだから……アルサは、本当に大丈夫?」

 イラホン様も最初は笑って答えていたが、最後の方は心配そうにこちらの顔を窺っていた。

 家族にされた仕打ちを忘れることはない、あの家族の輪に入りたがっていた頃の悲しみを忘れることもない……でも、私はスッキリとした顔で答えた。

「大丈夫です。どうでも良い人のことは、考えるだけ無駄だと分かりましたから」

 するとイラホン様がまたギュッと抱きしめてくれた。

 この時、私はやっと不幸しかなかった家族のことを捨てて……アルサイーダ・ムシバではなく、ただのアルサになれた気がした。
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