上 下
9 / 40
第三章 神様の仕事

第九話

しおりを挟む
「俺の仕事を見学してみないか?」

 イラホン様の妻になって数日後、満面の笑みを浮かべてそう言うイラホン様に、私は……へ? と気の抜けた返事をすることしかできなかった。

 イラホン様の仕事と言われると、それは神の仕事だろう。

 そんな場所に……つ、妻になったとは言え、人間が立ち入っても良いのだろうか。

「俺はアルサのことを見ていたけど、アルサは俺のことをほとんど知らないだろう? だから俺のことを知って欲しいんだ」

 戸惑って答えられずにいたが、寂しそうな懇願するような表情で恩人であるイラホン様に言われてしまっては……断れるわけがない。

「……ぜひ、お供させてください」

 そう言うとイラホン様はぱぁっと明るい表情に変わって、私の手を引いて早速行こうと歩き出す。

「いってらっしゃいませ。アルサ様、旦那様」

 あっという間に屋敷の外まで出ていて、屋敷に残るマラクがそう言って送り出してくれた。

 そう言えばこの世界に来てから元の世界に戻ったことがないけど、一体どうやって戻るのかしら。

 イラホン様に手をひかれながら、屋敷が乗っている雲の端まで来た。

「じゃあ、行くよー」

 するとイラホン様にぐいっと腰を引き寄せられ、そのまま雲の外へと足を踏み出して……私達は抗う術もなく落ちていく。

「き、きゃああああああああああああああああ……ッ!」

 あまりの恐怖に悲鳴を上げ、目をつぶっていることしかできない。

 すると突然、自分の周りで吹き荒れていた風が止んだのを感じる。

 でも怖くて、目を開けることができない……!

「……着いたよ。アルサ」

 するとイラホン様が、優しく声を掛けてくれた。

 少しだけ恐怖が薄れたのを感じて、恐る恐る目を開けてみると見覚えのある景色が目の前に広がっていた。

「こ……ここは、いつもの教会?」

 周りを見回してみると、たしかに見慣れた教会だった。

 どうやら十字架の前、参拝者がいつも祈りを捧げる場所の前に立っているらしい。

 イラホン様の仕事場というと、なんか豪華絢爛な神の座みたいなものを想像していたのだけど、見慣れた教会でどこかホッとした。

「ここが俺の仕事場! アルサと出会った運命の場所でもあるけどね」

 イラホン様は頬を赤らめながら、優しい眼差しでこちらを見つめてくる。

 一気に顔の熱が上がったのを感じて、もう俯いて困惑するしかない。

 そうしていると教会の扉が開いて、数人の人が神父様と簡単な挨拶を交わしながら入ってくる。

「あっ、あの、私もここにいても良いのでしょうか?」

 不安のあまりオロオロと私が尋ねると、イラホン様は私を安心させるように優しい笑顔を浮かべていた。

「大丈夫だよ。人間に俺たちの姿は見えていないし、そこで俺の仕事ぶりを見ていてよ」

 そう言ったかと思うと、イラホン様の表情と纏う空気がガラッと変わったのを感じる。

 今まで明るい笑顔を浮かべるイラホン様と、絵画のように美しい微笑みを浮かべるイラホン様しか見たことがなかったが……そのどれとも違った、まさに神らしい堂々とした佇まいだった。

 イラホン様に見惚れている内に、一人目の参拝者が十字架の前で祈りのボーズをする。

『家族が今日も幸せでありますように』

 ぼんやりとしている頭に突然、聞き覚えのない声が響いた。

 わけが分からず戸惑っていると、イラホン様が参拝者の頭にスッと手を差し出して、そこに温かい光が灯る。

「いつもの願いだな。そなたと家族に幸あらんことを」

 イラホン様がそう伝えると、一人目は満足そうな笑顔を浮かべて去っていった。

「あの、今のは……?」

「神には教会に来る人間の……心の中にある祈りや懺悔が聞こえるんだ。そして真剣な想いを持っている者には、今みたいにパワーを分け与えるんだよ」

 私が驚くことしかできずにいると、二人目が来た。

『彼との関係が……少しでも進展しますように!』

 若い女性……頬を赤らめていて、恋をしていることは一目瞭然だった。

「がんばれー。でも自分から行動を起こすことも大事だぞ」

 そんな彼女に笑顔でエールを送りながら、パワーを分け与えるイラホン様。

 次の人にも、次の人にも同じように願いを聞いてエールとパワーを与えていく。

 これがイラホン様の仕事。

 祈りを捧げた人たちは、みんな満足そうな表情を浮かべて去っていく。

 イラホン様の姿は見えていないけど、彼らには確かにパワーが与えられていて……イラホン様のエールが届いているんだなと、そう思えた。

 私は教会に来ても、真剣に祈ることなんてしたことなかった。

 でもイラホン様はこうやって、ずっと彼らの願いを聞いていたんだな。

 イラホン様の偉大さに、私は何も言えずにその姿を見守ることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

赤の他人から婚約破棄を迫られた話~恥ずかしがり屋の王子殿下は、溺愛していることを隠しておきたい~

キョウキョウ
恋愛
ある日突然、無関係な人から婚約を破棄しろと迫られた。 私は、冷静に対処しながら彼が助けに来てくれるのを待った。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

この契約結婚は依頼につき〜依頼された悪役令嬢なのに、なぜか潔癖公爵様に溺愛されています!〜

海空里和
恋愛
まるで物語に出てくる「悪役令嬢」のようだと悪評のあるアリアは、魔法省局長で公爵の爵位を継いだフレディ・ローレンと契約結婚をした。フレディは潔癖で女嫌いと有名。煩わしい社交シーズン中の虫除けとしてアリアが彼の義兄でもある宰相に依頼されたのだ。 噂を知っていたフレディは、アリアを軽蔑しながらも違和感を抱く。そして初夜のベッドの上で待っていたのは、「悪役令嬢」のアリアではなく、フレディの初恋の人だった。 「私は悪役令嬢「役」を依頼されて来ました」 「「役」?! 役って何だ?!」  悪役令嬢になることでしか自分の価値を見出だせないアリアと、彼女にしか触れることの出来ない潔癖なフレディ。 溺愛したいフレディとそれをお仕事だと勘違いするアリアのすれ違いラブ!

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

処理中です...