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第二章 やたらと甘い神様の溺愛

第六話

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「ふぅ……ごちそうさまでした」

 イラホン様の嬉しそうな顔が嬉しくて、ついつい食べすぎてしまった。

 人の顔色を窺うのは良いけど、イラホン様に対してはどこかで制限をかけなければ、すぐにまん丸く肥えてしまうだろうと、食べ終わった頃にやっと気が付いた。

「ふふっ……アルサは見ていて飽きないね」

 イラホン様は嬉しそうにニコニコしながら指パッチンをして、食事を片しつつ食後の紅茶を出してくれて、良い香りが鼻先をくすぐった。

 ずっと見つめられ続けていることに恥ずかしさを感じながらも紅茶に口をつけると、香りの通りに甘く優しい味がして、心まで落ち着くのを感じる。

「美味しい……です」

 私が控えめにそう言うと、イラホン様は満足そうな表情をしている。

 イラホン様は私が喜ぶだけで、世界で一番の幸せ者とでも言いたげな表情をするので……私はそれに対してどんな表情をすれば良いのか分からず、つい戸惑ってしまう。

 私もイラホン様との暮らしが長くなれば、少しずつ分かるようになるのだろうか……。

「苦手な食べ物はなかった?」

 ぼんやりと考え事をしている私に、イラホン様はそう尋ねてくる。

「ありませんでした。全部、美味しかったです」

 考え事をしていたから暗い表情に見えたのだろうか……私は慌てて、不満がないことを伝える。

 するとイラホン様は良かったと微笑んで、私の顔をじっと見つめてくる。

 イラホン様の淡い水色の瞳に見つめられると、胸がドキドキして顔も熱くなる……私はどうして良いのか分からず、紅茶を飲むのが早まった。

 紅茶が飲み終わった頃、イラホン様が口を開いた。

「そろそろお風呂にして、今日は休もうか。アルサ、先に入って良いよ」

 そうですね……と答えようとして、ハッと気が付いた。

 イラホン様のお屋敷のお風呂ってどうなっているのかしら……人間わたしでも扱える物か、そもそもイラホン様は

 立ち上がって風呂場へ行こうとするイラホン様に、私は慌てて聞いてみた。

「お風呂はどこでしょうか? 私、入ってきますね」

 さすがにお風呂場まで一緒ではないよねと、そういった意味も込めて聞いてみたが……イラホン様にその真意は伝わっていないようだった。

「お湯を出すのに神力が必要だし、俺が洗ってあげ――「そっそれは……さすがにご容赦ください!」

 イラホン様の顔を見る限り、下心も悪意も全く感じられなかったが……さすがに夫婦になったとは言え、会ったばかりの男性に裸を見られるのには抵抗があった。

 イラホン様は寂しそうな、不満そうな表情をしていたが……ここだけはさすがに譲るわけにはいかない!

「だ、男性とお風呂に入るのは……て、抵抗があります!」

 顔はおそらく真っ赤だろう……それでもお願いしますと言うと、イラホン様はうーんと悩みこんだかと思うとパチンッとまた指を鳴らした。

 すると誰もいなかった場所に風が巻き起こり、突如メイド姿の女性が現れた。

 イラホン様と同じ銀髪・淡い水色の瞳をした彼女は、私を見るとニッコリと微笑んでいた。

「俺の作った神使。これなら神力も使えるし、見た目も女だからアルサとお風呂に入っても問題ないかな?」

 私はイラホン様の説明を受けて、よく分からない部分も正直あったが……彼と二人でお風呂に入るよりかは良いだろうと、首を縦にぶんぶんと振って答えた。

「よろしくお願いいたしますね、アルサ様」

 メイドの女性がそう言って丁寧に頭を下げてくれたので、私もつられて頭を下げてこちらこそと答える。

 そうしてあれよあれよという間に、風呂場まで連れて行かれてしまった。

 自分でやると言ってもメイドの女性は全く聞いてくれず、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべながら、結局一から十までお世話になってしまった……。

 温かな湯船に浸かりながら、申し訳無さでいっぱいになるが……彼女は特に気にした様子はない。

「あの……こんな格好で言うのも恥ずかしいですが、よければお名前を教えていただけますか?」

 あまりにもいたたまれずに私がそう尋ねると、彼女は少し驚いたようにしながら……でもどこか嬉しそうに答えた。

「私に名前はありません……良ければ、アルサ様がつけてくださいますか?」

 突然のことに戸惑ったが、世話してくれる彼女の名前を呼べないのは嫌だったので……懸命にない頭を捻る。

 そして神様が彼女のことを神使と呼んでいたことを思い出して、それになぞらえた名前にすることをやっとのことで思いついた。

「……マラク、なんてどうでしょうか?」

 私がそう言うと、彼女は神様によく似た満足げな表情でニッコリと微笑んだ。

「マラク……気に入りました。ありがとうございます。これからはぜひ、マラクとお呼びください」

 突然のことに驚くばかりだが、今まで眺めているだけだった笑顔が自分に向けられるのは……すごく口元がムズムズするけど心地よくて、悪い気はしなかった。
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