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第一章 幸せを知らない令嬢と、やたらと甘い神様

第三話

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 教会につくと、いつもは解放されている扉が締め切られていた。

 それもそのはず、もうそろそろ日が暮れる……教会に人がくるような時間ではなくなっているのだから。

 少し緊張しながら扉に手を掛けると、扉はギィー……と軋む音を上げながらではあるが、開いてくれた。

 普段だったら神父様や数人の信者が来ているのに……誰もいない教会は怖いくらい静まり返っている。

 私は教会内を見回して約束の相手を探すがいないようなので、待ち人が来るのを教会の椅子に座って待つことにした。

 ――どれくらい経っただろうか、すっかり日が落ちて夜になったというのに待ち人は現れない。

 期待していた心も今ではすっかり冷めきっていて、私は現実を見つめ始めていた。

 ……あれは不幸から逃れたいと願う私が、自分の心を癒すために聞いた幻聴だったのだろう。

 それなのに私は、それに縋って期待して……外の世界に出てきてしまった。

 今更、家に戻ったところで家族は私を見て笑うだけで、家には入れてくれないだろう。

 何より、あんな地獄に戻るなんて……もう私には耐えられない。

 泣き叫びたかった、どうして私がこんな目に合うのだろうと誰かに問いたかった……でも悲劇に慣れている私の表情は、ピクリとも動いてくれない。

 すると、心の中にが浮かび上がってきた。

 私はふらつく足取りで立ち上がり、十字架の前まで歩みを進め、跪いて手を組み合わせて祈りのポーズをする。

 目をつぶると、あの悪魔のような笑みを浮かべる家族の顔が浮かび上がる。

 どうしてこんな風になってしまったんだろう……私はどうすれば幸せになれたの? 私は幸せになってはいけないの? なんで産まれてきたの?

 産まれてきたことが、そもそも間違いだったんだ……。

「――産まれてきて、ごめんなさい」

 そう懺悔していると、突然目の前にある十字架がまばゆい光に包まれた。

 あまりの眩しさに目がくらみ体勢を崩して座り込んでしまい、懸命に目を腕で覆って隠していると……あの声が聞こえた。

「……君が謝ることは何もない」

 昼間聞いた、透き通るような美しい声。

 光が収まるのを待って目を開けると目の前に、月明かりに照らされてキラキラと輝く長い銀髪をサラリとなびかせ、透き通る宝石のように美しい水色の瞳をした人物が立っていた。

 端正な顔立ち、その美しさは女性かと見紛うほどだったが、体つきや骨格から男性であることが分かった。

「神様……迎えに来てくれたんですか?」

 また幻聴かもしれない、これも幻覚だろうと思いながらも……私は心のどこかで安堵しながら、神様にそう尋ねた。

「うん、遅くなってごめんね。迎えに来たよ」

 両手を広げ、穏やかに微笑んでいる神様。

 その姿を見て私は理解した……幸せにしてくれるというのは、天国に連れて行ってくれるということだったのだなと。

 死ぬことに恐怖はない。

 あぁ……やっとこんな人生から解放される。

 私が縋る想いで神様に手を伸ばすと、神様は美しい手で私の全てを拾い上げてくれるようだった。

 ……これは高望みかもしれないけど、もし来世があるのなら今度こそ幸せになってみたい。

 そう願いながら目を閉じて全てを受け入れていると、神様は、あー……と気まずそうな声を漏らしていた。

 かと思うと、まぁ、来世みたいなものか……となにかに納得したように呟いてから、深呼吸をしていた。

 なんだろう……と思っていると、手を掴んだままふいに身体の方にも手を回され、ふわっと抱き寄せられるように身体を起こされた。

 あまりのことに驚いて目を開けると、神様の美しい顔が目の前にあった。

 神様の表情は真剣そのもので、これまた見惚れるほど美しかった。

「……必ず君を幸せにするから、俺の妻になってほしい」

 ……妻?

 意味がわからず、無表情なままあれこれ考えてみるが、答えは一向に出てこない。

 そんな私を、神様は真剣な表情のまま見つめている。

 淡い水色の瞳が私を見つめていて、私の顔が映り込むのではないかと思うくらいに光り輝いていてキレイだった。

 その瞳を眺めていると、ぐちゃぐちゃ考えていた思考がすっ飛んで、純粋な疑問だけが浮かんできた。

 ……幸せってなんだろう……。

 ずっと気になっていたもの、自分には縁遠いと思っていたもの。

 私も礼拝に来ていた夫婦や家族のように、幸せを知りたい……無表情でいるのはもう嫌だ……笑ったり泣いたりしたい。

「……はい、よろしくおねがいします」

 心を決めた私はグッと唇を噛み締めて、無表情のままそう返事をした。
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