上 下
19 / 24
雷都と家族と

19

しおりを挟む
「『雪をいじめるな~!』って言いながら、いつも虐めてくるあやかしたちを追い払ってくれたんだよ。それがすっごくかっこよかったんだ」
「大変でしたね……」
「でもこのことがなかったら、わたしも兄さんを誤解したままだったかも。兄さんは本当は優しくて、頼りになって、わたしたち家族のことを誰よりも大切に想ってくれていて。この家に住んでいいって言われた時だって、自分から住むって言ったんだよ。その頃のこの家って、屋根は傾いてあちこち雨漏りもしていて、壁も崩れて隙間風が絶えなくて、どう見たって住めるような家じゃなかったのに。私たち家族のために無理して……」

 雪起は顔を綻ばせながら、話しを続ける。
 
「父さんや母さん、弟妹、他の犬神やあやかしたちが兄さんを嫌っても、わたしは兄さんが好き。大好きな兄さんが幸せになるのなら、わたしもなんだってする。いつか兄さんが皆に認めてもらえるように……」
「お兄さん想いなんですね。雪さん」
「でもね、睡蓮が来てからの兄さんは毎日がとても楽しそうだった。笑うことが増えたし、明日が待ち遠しいって幸せそうな顔をしていた。今までは滅多に笑わなかったし、一日中土いじりばっかりしていて、話しかけても相手をしてくれなかったんだよ!  全部睡蓮のおかげ。わたしからもお礼を言わせて。ありがとう、睡蓮」

 雪起に両手を握られる。華蓮の手を包む大きな手は、雪起が男性であることを表していた。

「私は何もしていません……。泣いて甘えてばかりいて……」
「わたしも泣いて甘えてばかりいたよ。結婚して子供が産まれてからもずっと……。父親としての自覚を持ちなさいって、周りから怒られてばかりいるよ」

 笑わせようとしているのか、いたずらっぽく笑う雪起に華蓮も笑みを浮かべる。

「本当は睡蓮にもここに残って欲しいけど、人間は人間の世界に帰らないといけないんだよね……。子供のことはわたしや兄さんに任せて。睡蓮も元気でね」
「ありがとうございます。ところで、春雷と子供はどうしているんですか?」
「兄さんが面倒を見ているよ。呼ぼうか?」
「お願いしてもいいですか。二人に会いたいので」
「分かった。実はさっきまで兄さん泣いてたんだ。余程嬉しかったみたい。睡蓮との子供が産まれて」
「そうなんですか?」
「兄さんは誰よりも睡蓮との子供に会いたがっていたから……。あっ、この話は内緒にしていてね。兄さんの代わりに様子を見に来たのだって、泣き腫らした目を睡蓮に見られたくないって恥ずかしがったからなんだよ」
「分かりました」

 立ち上がりかけた雪起だったが、腰を浮かせたところで何かを思い出したかのように顔を上げる。

「これはまだ兄さんにも言ってなかったんだけど……。睡蓮のお産の間、父さんもここで待っていたんだよ」
「春雷たちのお父さんが……?」
「心配だったみたい。三人のことが」
「心配って……。殺されそうになったんですよ。私たち!」

 春雷の父親に首を絞められた時、もし春雷が助けに来てくれなければ、華蓮は危うく絞殺されるところだった。
 華蓮の身に何かあれば、お腹の子供も無事では済まなかっただろう。春雷の父親は本気でお腹にいた子供ごと華蓮を殺そうとしていた。
 今でも華蓮に向けられたあの殺意に満ちた目を思い出すと、本当に首を絞められているかのように息が出来なくなる。

「そうかもしれないけど、でも父さんは二人が仲睦まじい関係だって認めたんだと思う。子供が生まれた時にはもう何も言わなかったよ。ただ安心していただけで」
「安心……」
「これはわたしの考えだけど、父さんは眩しかったんじゃないかな。犬神と人間、生まれや種族が違っても二人は心から通じ合っているから。お互いに愛し合って子供を想って、本当の家族みたいで」

 春雷の話によれば、春雷の両親は最後まで理解し合えないまま別れたという。
 恋人がいながら子供を産むためだけに犬神に攫われた人間の母親と、犬神の仕来りとはいえ、人間界から「犬神使い」の血を引く女性を攫わざるを得なかった犬神の父親。
 それぞれ事情があったとはいえ、もしどこかで分かり合えたのなら、華蓮たちのように親密な関係を築けたかもしれない。
 春雷を含めた家族三人、心に傷を負うこともなかっただろう――。

「この『犬神使い』の女性を攫って子供を産ませるっている仕来りで、良い関係を築けた犬神と人間はほとんどいないんだ。だいたいは父さんと同じような状況で……。そもそも今の人間界では犬神を始めとするあやかしは空想上の生き物として思われているんでしょう? あやかしを信じる人も減って、『犬神使い』もほとんどいない。睡蓮のように自分が『犬神使い』の血を引いていることすら知らないって聞いているよ」
「そうですね。春雷たちと出会うまであやかし自体信じていませんでした」
「今まで作り話だと思っていたあやかしに攫われて、よく知らないまま子供を産めって言われても納得するのは難しいよね。それもあって、人間と犬神は上手くいかないものだと思っていたけれども……。でも二人は違った。父さんは二人に希望を見出したのかも。犬神と人間、何もかも違う二人でも分かり合えるって」

 今度こそ雪起は立ち上がると、屈託の無い笑みを浮かべる。

「つまり父さんは二人の仲と二人の子供を認めたってことだよ。兄さんは睡蓮と子供を、睡蓮は兄さんと子供を大切にするから、産まれてきた子供が辛い目にあったり、これ以上兄さんが傷ついたりしないって分かってくれたんだよ」
「そうでしょうか……?」
「父さんも兄さんには冷たいように見えて、本当は兄さんのことを気にかけているんだよ。時々兄さんの様子を聞いてくるんだから……。意地張ってないで、自分で様子を見に行けばいいのにね」

 苦笑しながら雪起が去って行くと、部屋の中が再び静寂に包まれる。しばらくしてゆっくりとした足音が近づいて来たかと思うと、ようやく目的の二人が華蓮の部屋の入り口に姿を現したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】出戻り妃は紅を刷く

瀬里
キャラ文芸
 一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。  しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。  そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。  これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。  全十一話の短編です。  表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

ヤンデレ男の娘の取り扱い方

下妻 憂
キャラ文芸
【ヤンデレ+男の娘のブラックコメディ】 「朝顔 結城」 それが僕の幼馴染の名前。 彼は彼であると同時に彼女でもある。 男でありながら女より女らしい容姿と性格。 幼馴染以上親友以上の関係だった。 しかし、ある日を境にそれは別の関係へと形を変える。 主人公・夕暮 秋貴は親友である結城との間柄を恋人関係へ昇華させた。 同性同士の負い目から、どこかしら違和感を覚えつつも2人の恋人生活がスタートする。 しかし、女装少年という事を差し引いても、結城はとんでもない爆弾を抱えていた。 ――その一方、秋貴は赤黒の世界と異形を目にするようになる。 現実とヤミが混じり合う「恋愛サイコホラー」 本作はサークル「さふいずむ」で2012年から配信したフリーゲーム『ヤンデレ男の娘の取り扱い方シリーズ』の小説版です。 ※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。 ※第三部は書き溜めが出来た後、公開開始します。 こちらの評判が良ければ、早めに再開するかもしれません。

処理中です...