上 下
3 / 24
雨と犬神と

3

しおりを挟む
 華蓮がそっと目を開けると、どこかの和室に寝かされていた。昨夜の内に雨は晴れたようで、気持ちの良い朝陽が障子の隙間から室内を照らしていた。

(ここは……)

 身体を動かそうとした華蓮だったが身体中を痺れるような感覚がしてその場で固まってしまう。身体に力が入らず、特に下腹部の痛みが酷かった。
 異物が入った時のような不快感さえしてそっと下を見ると、身体は何も纏っておらず、生まれたままの姿で布団の中で横になっていたのであった。

「んっ……」

 耳元で聞こえてきた声で振り返ると、そこには昨夜の男性が華蓮を抱き締める様に眠っていた。その男性裸であった。
 華蓮と男性、二人して裸体で寝ていたのであった。

(えっ……)

 裸の男女、という単語が思い浮かび、華蓮の身体から血の気が引いていく。昨晩気を失った後に何があったのか嫌な想像を巡らせていると、長い睫毛に飾られた男性の両目が開く。

「もう起きたのか?」

 掠れ声で問い掛けてくる男性に答えられずにいると、男性は寝ぼけ眼のまま華蓮を抱き寄せて顔を近づける。華蓮の額に自らの額を当てると、男性は安堵の息を漏らしたのだった。

「熱は下がったようだな。……良かった」

 男性の急な行動に高鳴る胸を押さえながら、華蓮は「熱?」と小声で尋ねる。
 
「昨日腕を掴んだ時に発熱していることに気付いた。慌てて後を追いかけたら意識を失って倒れたんだ」

 意識を失う直前のことを思い出す。男性に追い詰められた後、その場で意識を失ったような気がしたが、どうやら熱を出していたことによるものらしい。額に口付けられたのは熱にうなされて見た幻覚だったのだろう。身体の痺れも熱によるものに違いない。

「そうでしたか……」

 お礼を言おうとした時、障子に人影が写った。

「兄さん、起きた? 二人の着替えと朝餉の用意が出来たよ。入ってもいい?」
「いいぞ」

 男性が返すと、障子が開いて犬のような黒毛の耳と尻尾を生やした女性が入ってくる。男性と同じ濡羽色の長い髪に黄緑色の小袖、穏やかな表情を浮かべた柔和な顔立ちに華蓮の緊張がほぐれたのだった。

「良かった~。昨日の子も顔色が良さそう。これなら沐浴は無理でも身体を拭くくらいは出来そうだね」
「お前に任せていいか。雪起ゆきおこし。俺は汗を流してくる」
「え……。う、うん。分かった」

 雪起と呼ばれた女性が戸惑い気味に返事をすると、男性は華蓮から離れて起き上がる。一糸纏わぬ男性の身体から目を逸らしている間に、男性は雪起から着替えを受け取ると部屋を後にしたのだった。
 その場に残された華蓮だったが、雪起に背中から肌襦袢を掛けられると促される。

「気分はどう? どこか具合が悪いとかない?」
「特にはありません」
「着替え持って来ているんだけど和服なんだ。着方は分かる?」

 華蓮が頭を振ると、雪起は一瞬驚いた後にすぐに表情を戻す。雪起が着付けをしてくれることになり、和服を取りに部屋を出ている間、華蓮は布団から出て肌襦袢に袖を通してみる。すると、鎖骨の辺りに雷花のような形をした大きな赤い痣が出来ていることに気づいたのだった。

(なんだろう。この痣……)

 昨晩転んだ時に出来たのかと考えながら、どうにか肌襦袢を身につけたところで雪起が戻って来る。

「妹のお下がりだから子供っぽい色で気に入らないかもしれないけど……」

 そう言いながら持って来た桜色の紬を広げた雪起だったが、華蓮の姿を見て「あっ!」と声を漏らしたのだった。
 
「その胸元の痣、どうしたの?」

 雪起に指摘されて下を見る。しっかり合わせたつもりだったが、衿元が開いて花の形をした痣が露わになっていた。
 
「分からないんです。私も今気づいて……」

 話している内に雪起の顔が真っ赤に染まったので、不安になった華蓮の言葉尻も小さくなっていく。雪起は真顔になると、華蓮の両肩を掴んでじっと見つめてきたのであった。

「もしかして……兄さんと同衾したの?」
「ど、同衾!? いえ、そんなはずは……」
「でもね。その痣はわたしたちと関係を持たないと出来ないはずなんだ。つまり兄さんとその……性交しなければ」
「ま、まさかそんなことは……」

 否定をしようと口を開いた華蓮だったが、昨夜の夢を思い出して何も言えなくなる。
 夢にしてははっきりと内容を覚えており、握られた手だけではなく、触れられた唇も重なった熱さえも何もかも身体が覚えていた。
 何よりも決定的なのが下腹部の鋭い痛みだった。経験がない華蓮でも知っている。初めて交わった後は異物が入ったかのように身体が痛むのだと――。
 華蓮の顔が真っ青になったので、雪起も察してくれたらしい。肩から手を離すと、目を逸らしたのだった。

「やっぱり最初に身体を拭こうか。それとも下だけでも流す……?」
 
 華蓮がショックで放心している間に、雪起は部屋を出るとすぐにお湯が入った桶と手拭いを持って来てくれる。慣れた手付きで身体を拭くと、桜色の紬を着せてくれたのだった。

「湯殿に行こうか。そろそろ兄さんも出ている頃だろうし。軽く流すだけでも気分は少し軽くなると思うから……」

 雪起に手を引かれて部屋を出た華蓮だったが、廊下に出たところで先程の男性が壁に寄り掛かっていた。紺色の紬を着て髪が湿っているところから湯を浴びてきたのだろう。華蓮たちの話を聞いていたのか、苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのだった。
 咄嗟に華蓮が雪起の後ろに隠れると、華蓮を庇うように雪起は怒気を露わにする。
 
「兄さん! 病人の寝込みを襲うなんて酷い! 最低!」
「俺だって抱くつもりはなかったさ。これ以上身体が冷えないように服を脱がせて、温めるつもりで俺も脱いで共に寝た。……本当に『犬神使い』か確かめるつもりで少し触れるつもりだった。まさかここまで相性が良く、何よりも快感を覚えるとは思わなかった」
「えっ! そうだったの? 君って『犬神使い』だったの?」

 二人から注目を集めた華蓮だったが、何も心当たりがない以前に衝撃で目の前が真っ暗になっていった。

(夢じゃなかったんだ。やっぱり抱かれたんだ。見ず知らずの人に……)
 
 そのまま身体から力が抜けると、華蓮は卒倒したのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とらわれの華は恋にひらく

咲屋安希
キャラ文芸
 *第6回キャラ文芸大賞・奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございました*  1000年の歴史を持つ霊能術家・御乙神一族は、この世にあらざる力が起こす事件を引き受け、生業としている。   御乙神分家の娘である11歳の千早は、許嫁である次期宗主の輝に冷たくされ、傷ついた心を持てあまし屋敷をさ迷っていた。  そして偶然、広大な屋敷森の一画に厳重に封印された洋館を見つける。中には、稀に見る美貌の少年がいた。  威嚇してくるのに寂し気な目をする少年に「あなたと友達になりたい」と、千早は精一杯の笑顔を向ける。明と名乗った少年は、そっけない態度とは裏腹に優しく千早の手を取り『また来い』と不器用に伝えてきた。  それから5年。一族きっての術師に成長した千早は、危険は承知のうえで明との交流を続けていた。明の素性も隠れ住む事情も知らないまま、千早は明に惹かれていく。  けれど秘密の逢瀬は、ある日突然終わりを迎える。闇に葬られた十三年前の悲劇が最悪の形でよみがえり、二人の恋を巻き込んでいく――。

【完結】出戻り妃は紅を刷く

瀬里
キャラ文芸
 一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。  しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。  そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。  これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。  全十一話の短編です。  表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

春風さんからの最後の手紙

平本りこ
キャラ文芸
初夏のある日、僕の人生に「春風さん」が現れた。 とある証券会社の新入社員だった僕は、成果が上がらずに打ちひしがれて、無様にも公園で泣いていた。春風さんはそんな僕を哀れんで、最初のお客様になってくれたのだ。 春風さんは僕を救ってくれた恩人だった。どこか父にも似た彼は、様々なことを教えてくれて、僕の人生は雪解けを迎えたかのようだった。 だけどあの日。いけないことだと分かっていながらも、営業成績のため、春風さんに嘘を吐いてしまった夜。春風さんとの関係は、無邪気なだけのものではなくなってしまう。 風のように突然現れて、一瞬で消えてしまった春風さん。 彼が僕に伝えたかったこととは……。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

処理中です...