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こんなつもりじゃなかった【楓視点】
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「うまいな……」
軽く食べるはずが、気がつけば皿は空になっていた。
小春が作った料理を食べるのは久しぶりだったが、こんなに料理が上達していたとは知らなかった。
同居したばかりの頃は、いかにも箱入り娘といった感じで全く家事が出来なかった。
最初の日に張り切って作ったハンバーグだかコロッケだかを丸焦げにしてからは、食事は冷凍食品か近所のスーパーで買ってきた総菜品や弁当を食べていた。洗濯や掃除も一度失敗してからは、説明書を読みながらなんとかこなしているような状態だった。
それが数か月でこんなにも上達するものなのか。ハンバーグだって初日の通りなら、今まで作れなかっただろうに――。
(手製のハンバーグなんて、祖母が亡くなって以来かもしれない)
食べ終わった皿を洗いながら俺は考える。料理上手だった祖母は色んな料理を作ってくれたが、祖母が亡くなってからは、料理を作れる者がいなくなり、祖父も食事にこだわらなかったので、いつも出前か外食だった。
誰かの手料理を食べるのは、本当に久しぶりだった。
(手料理というのもいいものだな)
思えば、俺が食に興味が無くなったのも祖母が亡くなってからだった。何を食べても、味気なく感じられて――。
それからは、時折、小春が作り置きする料理を食べるようになった。
日に日にレパートリーを増やしているようで、副菜の数も増えた。帰宅する度に今日の夕食は何か考えるようになり、自宅に帰る密かな楽しみになった。
俺が食べている事を小春も気づいているはずだが、何も言ってこなかった。ただメモ用紙を貼らなくなったので、あえて俺のものだと書かなくても、勝手に食べる様になったと思われたのだろう。
どこかでそれが嬉しいような、寂しいような気持ちになっていた。
(小春と離婚したら、もう彼女の料理が食べられないのか……)
数日前に最後のクライアントとの仕事を終え、事務所の退所日が決まった。
小春と結婚した事を所長に報告した時点で、縁談話は消えたので、これでようやく契約結婚の目的を果たした。
それなのに、俺は小春に離婚の話を切り出せないでいる。
小春は寝ていたが、珍しく少し早く帰宅出来たので、帰る途中で買った缶ビールと共に小春が作った野菜炒めを食す。
野菜の炒め具合も塩加減も絶妙な野菜炒めに舌鼓を打ちながら、俺は小春の部屋を見る。
(彼女は、俺の事をどう思っているのだろうか……)
小春からずっと逃げて、すれ違うばかりで、夫婦らしい事は何一つとしてしていない。形だけの夫婦だからそれでいいかもしれないが、離婚の話を切り出せないのなら、少しくらい交流をした方が良いのだろうか。
その時、スマートフォンがメッセージの着信を告げた。メッセージを送ってきたのは、父の大学院時代の同期の弁護士であり、父が亡くなってからも俺を心配して、定期的にメッセージを送ってくれるロング弁護士だった。
メッセージを開くと、英文と時折混ざる絵文字と共に、近況が書かれていた。どうやら俺の幼馴染みであり、ロング弁護士の一人娘のジェニファーが、またも司法試験に落ちたらしい。
俺は苦笑と共にロング弁護士にメッセージを送りながら、ふと思いついたのだった。
(訴訟大国と言われているアメリカで修行したなら、小春の言う「素敵な弁護士」になれるだろうか……)
このまま日本にいても、弁護士としてほとんど成果を挙げられず、小春とすれ違うだけだろう。それなら、アメリカで国際弁護士として経験を積んで、立派な弁護士になれば、小春と向き合う自信を持てるだろうか――。
(それまで小春は待っていてくれるだろうか)
外国は日本に比べて犯罪が多い。そんな危険な場所に、大切な彼女を連れて行けない。
小春には犯罪が多いニューヨークではなく、安全な日本で待っていて欲しい。それをどう伝えればいいのか――。
(早く日本に帰って来ると言えばいい。それまで家の管理を頼むとでも言えば)
だが、そんな俺の目論見は外れ、「私達の関係は終わるんですね」と言った時の小春のどこか嬉しそうな顔に腹を立てると、拗ねた子供の様に一方的に話して、顔を合わせる事もなく、ニューヨークに旅立ってしまったのだった――。
軽く食べるはずが、気がつけば皿は空になっていた。
小春が作った料理を食べるのは久しぶりだったが、こんなに料理が上達していたとは知らなかった。
同居したばかりの頃は、いかにも箱入り娘といった感じで全く家事が出来なかった。
最初の日に張り切って作ったハンバーグだかコロッケだかを丸焦げにしてからは、食事は冷凍食品か近所のスーパーで買ってきた総菜品や弁当を食べていた。洗濯や掃除も一度失敗してからは、説明書を読みながらなんとかこなしているような状態だった。
それが数か月でこんなにも上達するものなのか。ハンバーグだって初日の通りなら、今まで作れなかっただろうに――。
(手製のハンバーグなんて、祖母が亡くなって以来かもしれない)
食べ終わった皿を洗いながら俺は考える。料理上手だった祖母は色んな料理を作ってくれたが、祖母が亡くなってからは、料理を作れる者がいなくなり、祖父も食事にこだわらなかったので、いつも出前か外食だった。
誰かの手料理を食べるのは、本当に久しぶりだった。
(手料理というのもいいものだな)
思えば、俺が食に興味が無くなったのも祖母が亡くなってからだった。何を食べても、味気なく感じられて――。
それからは、時折、小春が作り置きする料理を食べるようになった。
日に日にレパートリーを増やしているようで、副菜の数も増えた。帰宅する度に今日の夕食は何か考えるようになり、自宅に帰る密かな楽しみになった。
俺が食べている事を小春も気づいているはずだが、何も言ってこなかった。ただメモ用紙を貼らなくなったので、あえて俺のものだと書かなくても、勝手に食べる様になったと思われたのだろう。
どこかでそれが嬉しいような、寂しいような気持ちになっていた。
(小春と離婚したら、もう彼女の料理が食べられないのか……)
数日前に最後のクライアントとの仕事を終え、事務所の退所日が決まった。
小春と結婚した事を所長に報告した時点で、縁談話は消えたので、これでようやく契約結婚の目的を果たした。
それなのに、俺は小春に離婚の話を切り出せないでいる。
小春は寝ていたが、珍しく少し早く帰宅出来たので、帰る途中で買った缶ビールと共に小春が作った野菜炒めを食す。
野菜の炒め具合も塩加減も絶妙な野菜炒めに舌鼓を打ちながら、俺は小春の部屋を見る。
(彼女は、俺の事をどう思っているのだろうか……)
小春からずっと逃げて、すれ違うばかりで、夫婦らしい事は何一つとしてしていない。形だけの夫婦だからそれでいいかもしれないが、離婚の話を切り出せないのなら、少しくらい交流をした方が良いのだろうか。
その時、スマートフォンがメッセージの着信を告げた。メッセージを送ってきたのは、父の大学院時代の同期の弁護士であり、父が亡くなってからも俺を心配して、定期的にメッセージを送ってくれるロング弁護士だった。
メッセージを開くと、英文と時折混ざる絵文字と共に、近況が書かれていた。どうやら俺の幼馴染みであり、ロング弁護士の一人娘のジェニファーが、またも司法試験に落ちたらしい。
俺は苦笑と共にロング弁護士にメッセージを送りながら、ふと思いついたのだった。
(訴訟大国と言われているアメリカで修行したなら、小春の言う「素敵な弁護士」になれるだろうか……)
このまま日本にいても、弁護士としてほとんど成果を挙げられず、小春とすれ違うだけだろう。それなら、アメリカで国際弁護士として経験を積んで、立派な弁護士になれば、小春と向き合う自信を持てるだろうか――。
(それまで小春は待っていてくれるだろうか)
外国は日本に比べて犯罪が多い。そんな危険な場所に、大切な彼女を連れて行けない。
小春には犯罪が多いニューヨークではなく、安全な日本で待っていて欲しい。それをどう伝えればいいのか――。
(早く日本に帰って来ると言えばいい。それまで家の管理を頼むとでも言えば)
だが、そんな俺の目論見は外れ、「私達の関係は終わるんですね」と言った時の小春のどこか嬉しそうな顔に腹を立てると、拗ねた子供の様に一方的に話して、顔を合わせる事もなく、ニューヨークに旅立ってしまったのだった――。
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