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塩むすびは友との約束と忘れがたき味ー現代①ー
【18】
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「蓬さん、もう竈の片付けは終ったんですか?」
「お前、まだ残っていたのか……」
「はい。今日は差し入れを持って来ていたんです。お店を閉めたら一緒に食べようと思って」
莉亜はカウンターにコンビニエンスストアで買った大ぶりのシュークリームを載せた白い皿と、黒々とした飲み物を淹れた黒い湯呑みを置く。シュークリームは店に来る前、牛鬼に渡すおにぎりと一緒に購入したものだった。今日は早くお店に来られそうだったので、開店前に蓬と食べようと思い、二個購入した。
それを皿に盛り付け、店にあった紅茶を勝手に淹れさせてもらったのだった。
「棚にあった紅茶も勝手にいただいてしまいました。やっぱりシュークリームのような洋菓子には紅茶だと思ったので」
「せっかく用意してもらったところ悪いが、今は何も食べたい気分じゃない」
「疲れた時は甘いものが一番です。紅茶だけでも飲んでください。砂糖を入れて甘くしたので」
莉亜が笑みを浮かべて進めると、根負けしたのか蓬は渋々カウンター席に着くと紅茶を手にする。一口飲んだ蓬はそっと息を吐いたようだった。
「お前の言う通りだな。これを飲んであれから何も口にしていなかったのを思い出した。甘いものは良いな。心が落ち着く」
「それ、本当に甘い紅茶ですか?」
「どういうことだ?」
「実は蓬さんが飲んだものは醤油をお湯で溶いたものなんです。塩と粉末出汁も入れてスープ風にしてみました。甘いシュークリームを食べた後は、しょっぱいものが欲しくなると思ったので」
その言葉に蓬の表情が固まる。喉の辺りを軽く押さえて、動揺を隠そうとしているようであった。そんな蓬の様子に気付いていない振りをしつつ、莉亜は話しを続ける。
「最初から醤油だと言ったら飲んでもらえなさそうだったので、嘘をついてしまいました。黒い湯呑みだと、見た目から中身が判断できないですよね」
「そうだな。確かに薄っすらと醤油の味がするな……」
「そんなわけないじゃないですか。いくらしょっぱいものが欲しくなるとしても、醤油を飲ませたりしません。中身は紅茶です。レモン果汁くらいは淹れましたが」
わざわざ黒い湯呑みを選んで紅茶を淹れたのも、見た目から蓬に判断させないためであった。
他の湯呑みで出してしまうと、紅茶の琥珀色から中身が気付かれてしまう。けれども内側も黒い湯呑みなら、見た目から判断されない。なるべく匂いがしない茶葉を選んだので、口にしない限り紅茶だと分からないだろう。
その代わり、一口飲んだのなら、どんなに莉亜が醤油だと言っても、紅茶と醤油の違いに気付かれる。味が全く違うのだから。それこそさっきの甘い味噌汁と同じくらいに。
それも全て――蓬の味覚が正常ならば、の話だが。
「ということで、シュークリームも食べてください。せっかく買ってきたので。こっちは何も手を加えていません」
「……いただこう」
先程の紅茶の件を気にしているのか、蓬は舐めるようにシュークリームを観察していた。そんな蓬に苦笑しながら、莉亜も自分のシュークリームを食べる。今日の疲れも吹き飛ぶような、カスタードクリームの濃厚な甘さに身体中が満たされる。
莉亜が先にシュークリームを食べたことで警戒心が解けたのか、ようやく蓬もシュークリームを食べ始める。その様子を見ながら唇についたカスタードクリームを舐めると、莉亜は話しを続ける。
「どうですか?」
「人の世に何度か足を運んだ際に食したが、同じ見た目でも作り手によって皮も中身も違うな」
「シュークリームを食べたことがあったんですね」
「長く生きていれば当然だ」
「それなのに……そのシュークリームを変とは思わないんですね」
「なんだと……?」
莉亜は蓬からシュークリームを受け取ると、包丁を取り出して二つに割る。そして割かれた断面から現れたシュークリームの中身に、蓬は絶句したようだ。片手で顔を押さえながら、唸るような低い声を発したのだった。
「これにも仕掛けがされていたのか……。迂闊だった」
蓬に出したシュークリームには、先程金魚から貰った青唐辛子を大量に練り込んでいた。
莉亜が少し舐めただけで涙が溢れてきたのだから、きっと蓬も青唐辛子の辛さに耐えられず、文句の一つも言うだろうと思っていた。
けれども、蓬は何も言わなかった。醤油と騙して飲ませた紅茶も、青唐辛子の味噌を入れたシュークリームも。これが答えなのだ。
蓬は味覚を失っている。料理人としては致命的にして、最上の武器を。
「お前、まだ残っていたのか……」
「はい。今日は差し入れを持って来ていたんです。お店を閉めたら一緒に食べようと思って」
莉亜はカウンターにコンビニエンスストアで買った大ぶりのシュークリームを載せた白い皿と、黒々とした飲み物を淹れた黒い湯呑みを置く。シュークリームは店に来る前、牛鬼に渡すおにぎりと一緒に購入したものだった。今日は早くお店に来られそうだったので、開店前に蓬と食べようと思い、二個購入した。
それを皿に盛り付け、店にあった紅茶を勝手に淹れさせてもらったのだった。
「棚にあった紅茶も勝手にいただいてしまいました。やっぱりシュークリームのような洋菓子には紅茶だと思ったので」
「せっかく用意してもらったところ悪いが、今は何も食べたい気分じゃない」
「疲れた時は甘いものが一番です。紅茶だけでも飲んでください。砂糖を入れて甘くしたので」
莉亜が笑みを浮かべて進めると、根負けしたのか蓬は渋々カウンター席に着くと紅茶を手にする。一口飲んだ蓬はそっと息を吐いたようだった。
「お前の言う通りだな。これを飲んであれから何も口にしていなかったのを思い出した。甘いものは良いな。心が落ち着く」
「それ、本当に甘い紅茶ですか?」
「どういうことだ?」
「実は蓬さんが飲んだものは醤油をお湯で溶いたものなんです。塩と粉末出汁も入れてスープ風にしてみました。甘いシュークリームを食べた後は、しょっぱいものが欲しくなると思ったので」
その言葉に蓬の表情が固まる。喉の辺りを軽く押さえて、動揺を隠そうとしているようであった。そんな蓬の様子に気付いていない振りをしつつ、莉亜は話しを続ける。
「最初から醤油だと言ったら飲んでもらえなさそうだったので、嘘をついてしまいました。黒い湯呑みだと、見た目から中身が判断できないですよね」
「そうだな。確かに薄っすらと醤油の味がするな……」
「そんなわけないじゃないですか。いくらしょっぱいものが欲しくなるとしても、醤油を飲ませたりしません。中身は紅茶です。レモン果汁くらいは淹れましたが」
わざわざ黒い湯呑みを選んで紅茶を淹れたのも、見た目から蓬に判断させないためであった。
他の湯呑みで出してしまうと、紅茶の琥珀色から中身が気付かれてしまう。けれども内側も黒い湯呑みなら、見た目から判断されない。なるべく匂いがしない茶葉を選んだので、口にしない限り紅茶だと分からないだろう。
その代わり、一口飲んだのなら、どんなに莉亜が醤油だと言っても、紅茶と醤油の違いに気付かれる。味が全く違うのだから。それこそさっきの甘い味噌汁と同じくらいに。
それも全て――蓬の味覚が正常ならば、の話だが。
「ということで、シュークリームも食べてください。せっかく買ってきたので。こっちは何も手を加えていません」
「……いただこう」
先程の紅茶の件を気にしているのか、蓬は舐めるようにシュークリームを観察していた。そんな蓬に苦笑しながら、莉亜も自分のシュークリームを食べる。今日の疲れも吹き飛ぶような、カスタードクリームの濃厚な甘さに身体中が満たされる。
莉亜が先にシュークリームを食べたことで警戒心が解けたのか、ようやく蓬もシュークリームを食べ始める。その様子を見ながら唇についたカスタードクリームを舐めると、莉亜は話しを続ける。
「どうですか?」
「人の世に何度か足を運んだ際に食したが、同じ見た目でも作り手によって皮も中身も違うな」
「シュークリームを食べたことがあったんですね」
「長く生きていれば当然だ」
「それなのに……そのシュークリームを変とは思わないんですね」
「なんだと……?」
莉亜は蓬からシュークリームを受け取ると、包丁を取り出して二つに割る。そして割かれた断面から現れたシュークリームの中身に、蓬は絶句したようだ。片手で顔を押さえながら、唸るような低い声を発したのだった。
「これにも仕掛けがされていたのか……。迂闊だった」
蓬に出したシュークリームには、先程金魚から貰った青唐辛子を大量に練り込んでいた。
莉亜が少し舐めただけで涙が溢れてきたのだから、きっと蓬も青唐辛子の辛さに耐えられず、文句の一つも言うだろうと思っていた。
けれども、蓬は何も言わなかった。醤油と騙して飲ませた紅茶も、青唐辛子の味噌を入れたシュークリームも。これが答えなのだ。
蓬は味覚を失っている。料理人としては致命的にして、最上の武器を。
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