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見えない道
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主に相談なんてするんじゃなかった。
ガタガタと揺れる馬車の荷台に寝転がされたリーナは、心の中で自分の不運を呪った。
リーナは、街の豪商ランベルグ家に仕える通いの召使いだ。家には身体の弱い母と幼い弟がいて、十六歳で一家の大黒柱となっている。
母は、家のことなら何とか出来る。だからリーナが稼いで戻って来れば、生活は維持出来ていた。
その母が、先日引いた風邪を悪化させ、激しい咳をしては吐き戻す様になった。
どうしよう。泣きそうになっていると、近所の男がよく効く薬があると教えてくれた。
リーナは薬屋に走った。だけど、買えなかった。あまりにも高額で。
雇い主のランベルグの主に、給料の前借りを頼み込んだ。だけどあっさりと断られた。
その時、主の執務室に駆け込んできた執事が、主に一通の封書を手渡した。顔色を変える主。封書を開けて読むと、主はでっぷりとした手で頭を抱えた。
そして、そこにリーナがいることを思い出したのか、いきなりジロジロと舐め回す様に見始める。そしてにやりと笑った。
「臨時の給金が欲しいんだよな?」と。
その場でいきなり取り押さえられ、手足を縛られた。お嬢様の物なのか、誤魔化す為だろう。毛皮の上着を執事に羽織らされ、今に至る。
執事は冷たい印象しかない男だったが、さすがに憐れに思ったのか、事情を説明してくれた。
最近、ランベルグ家の一人娘のアメリに会わせろと要求する魔法使いがいた。だけど、その魔法使いの元に行った娘は誰ひとりとして帰ってこない。
「先程の封書には、早くお嬢様を連れてこいと書いてあったんだ」
いい加減連れてこないと何をするか分からないという内容が書いてあり、焦った主がリーナを身代わりにすることを思い付いたのだ。
「臨時の給金は、私が必ずリーナの母に届けるから安心してくれ」
執事のその言葉は、別れの言葉に聞こえた。
「あの、私はどうなるんですか」
思わず尋ねると、執事はぼそりと答える。
「もし無事に戻っても、身代わりを大っぴらにすることはないだろう。つまり、間違いなく消される。――家族諸ともな」
商人にとって、評判は大事だ。悪評の元になるリーナなど、なかったことにされるのだ。
リーナは言葉を失った。執事も、もう言葉を発しなかった。
そして馬車はおどろおどろしい城の前で停まる。
手足の拘束を解かれたが、逃げたところでもうどうにもならないのは理解していた。
すると、突然青く輝く障壁が現れ、執事とリーナを別つ。
リーナは、一瞬で場内へと移動させられた様だ。
暗い石造りの広間の中心には、黒衣の男。フードを被っており、顔は見えない。
その場所は奈落の様な黒い穴の中心にぽっかりと浮かんでおり、辛うじて青い光が届いている自分の脚元を見ると、すぐ先から境界線のない闇に呑まれていた。
男の上空には淡い光が浮かんでおり、幻想的な風景に思わず恐怖を忘れる。
「……私はアメリという女を所望したのだが」
恐ろしいほどに魅惑的な声で、不満げに言われた。どうやら、あっさりと見抜かれたらしい。
「主に縛られて連れて来られたんです」
「それは可哀想だな」
ちっとも可哀想だと思っていなそうな声色に、もしかしたらこのまま用無しと解放されるのではと一瞬考え――戻れないことを思い出した。
「アメリは高慢と聞いた。高慢で唯我独尊な女の魂は綺麗な赤になるから欲しかったのに、お前ではな」
好きできた訳ではないのに残念そうに言われ、元来気の強いリーナは思わずカチンとくる。
すると、男が可笑そうにくつくつと笑い出した。何が可笑しいのか。リーナが恐怖も忘れ苛立つと、男がフードを取った。
出てきたのは、見事な青い長髪。端正な顔に浮かぶ瞳は金色に光っている。
「お前は料理が得意か?」
「は……? まあ、人並みには」
「掃除は出来るか?」
「仕事ですから当然」
男は愉快そうに笑った。
「私を恐れる前に怒る気概は貴重だ。ひとつ試験をしようじゃないか」
「試験?」
恐れず真っ直ぐ自分の元に歩いてきたら雇ってやる。男はそう言う。
思わず目を見張った。何故なら、男の元に辿り着くには何もない暗闇の上を歩かねばならないからだ。
「真っ直ぐに来れば落ちない。道を逸れれば落ちる」
ボソリと言った後、男は横を向いてしまった。
どうせ、戻れはしない。
リーナは唇を噛み締めると、暗闇が支配する見えない道へと踏み入る。確かに、地面はあった。
ほっとしたのも束の間、横から突然主が現れ「何をしている!」と怒鳴り出す。思わずビクッとしたが、そのまま進むと、次は泣いている母が寝そべっていた。
ごめんねえ。そう言う母の幻影を跨ぐと、横に猛獣に襲われている弟が現れる。
涙が溢れたが、前へと進み続けた。
トン、と男の横に立つ。
「魔法使いの召使いにはピッタリだな」
腰から砕け落ちそうだったが、必死で堪えた。
「雇用条件を決めたいのですが」
震える声でそう言うと、魔法使いは実に楽しそうに声を出して笑いながら、頷いてみせたのだった。
ガタガタと揺れる馬車の荷台に寝転がされたリーナは、心の中で自分の不運を呪った。
リーナは、街の豪商ランベルグ家に仕える通いの召使いだ。家には身体の弱い母と幼い弟がいて、十六歳で一家の大黒柱となっている。
母は、家のことなら何とか出来る。だからリーナが稼いで戻って来れば、生活は維持出来ていた。
その母が、先日引いた風邪を悪化させ、激しい咳をしては吐き戻す様になった。
どうしよう。泣きそうになっていると、近所の男がよく効く薬があると教えてくれた。
リーナは薬屋に走った。だけど、買えなかった。あまりにも高額で。
雇い主のランベルグの主に、給料の前借りを頼み込んだ。だけどあっさりと断られた。
その時、主の執務室に駆け込んできた執事が、主に一通の封書を手渡した。顔色を変える主。封書を開けて読むと、主はでっぷりとした手で頭を抱えた。
そして、そこにリーナがいることを思い出したのか、いきなりジロジロと舐め回す様に見始める。そしてにやりと笑った。
「臨時の給金が欲しいんだよな?」と。
その場でいきなり取り押さえられ、手足を縛られた。お嬢様の物なのか、誤魔化す為だろう。毛皮の上着を執事に羽織らされ、今に至る。
執事は冷たい印象しかない男だったが、さすがに憐れに思ったのか、事情を説明してくれた。
最近、ランベルグ家の一人娘のアメリに会わせろと要求する魔法使いがいた。だけど、その魔法使いの元に行った娘は誰ひとりとして帰ってこない。
「先程の封書には、早くお嬢様を連れてこいと書いてあったんだ」
いい加減連れてこないと何をするか分からないという内容が書いてあり、焦った主がリーナを身代わりにすることを思い付いたのだ。
「臨時の給金は、私が必ずリーナの母に届けるから安心してくれ」
執事のその言葉は、別れの言葉に聞こえた。
「あの、私はどうなるんですか」
思わず尋ねると、執事はぼそりと答える。
「もし無事に戻っても、身代わりを大っぴらにすることはないだろう。つまり、間違いなく消される。――家族諸ともな」
商人にとって、評判は大事だ。悪評の元になるリーナなど、なかったことにされるのだ。
リーナは言葉を失った。執事も、もう言葉を発しなかった。
そして馬車はおどろおどろしい城の前で停まる。
手足の拘束を解かれたが、逃げたところでもうどうにもならないのは理解していた。
すると、突然青く輝く障壁が現れ、執事とリーナを別つ。
リーナは、一瞬で場内へと移動させられた様だ。
暗い石造りの広間の中心には、黒衣の男。フードを被っており、顔は見えない。
その場所は奈落の様な黒い穴の中心にぽっかりと浮かんでおり、辛うじて青い光が届いている自分の脚元を見ると、すぐ先から境界線のない闇に呑まれていた。
男の上空には淡い光が浮かんでおり、幻想的な風景に思わず恐怖を忘れる。
「……私はアメリという女を所望したのだが」
恐ろしいほどに魅惑的な声で、不満げに言われた。どうやら、あっさりと見抜かれたらしい。
「主に縛られて連れて来られたんです」
「それは可哀想だな」
ちっとも可哀想だと思っていなそうな声色に、もしかしたらこのまま用無しと解放されるのではと一瞬考え――戻れないことを思い出した。
「アメリは高慢と聞いた。高慢で唯我独尊な女の魂は綺麗な赤になるから欲しかったのに、お前ではな」
好きできた訳ではないのに残念そうに言われ、元来気の強いリーナは思わずカチンとくる。
すると、男が可笑そうにくつくつと笑い出した。何が可笑しいのか。リーナが恐怖も忘れ苛立つと、男がフードを取った。
出てきたのは、見事な青い長髪。端正な顔に浮かぶ瞳は金色に光っている。
「お前は料理が得意か?」
「は……? まあ、人並みには」
「掃除は出来るか?」
「仕事ですから当然」
男は愉快そうに笑った。
「私を恐れる前に怒る気概は貴重だ。ひとつ試験をしようじゃないか」
「試験?」
恐れず真っ直ぐ自分の元に歩いてきたら雇ってやる。男はそう言う。
思わず目を見張った。何故なら、男の元に辿り着くには何もない暗闇の上を歩かねばならないからだ。
「真っ直ぐに来れば落ちない。道を逸れれば落ちる」
ボソリと言った後、男は横を向いてしまった。
どうせ、戻れはしない。
リーナは唇を噛み締めると、暗闇が支配する見えない道へと踏み入る。確かに、地面はあった。
ほっとしたのも束の間、横から突然主が現れ「何をしている!」と怒鳴り出す。思わずビクッとしたが、そのまま進むと、次は泣いている母が寝そべっていた。
ごめんねえ。そう言う母の幻影を跨ぐと、横に猛獣に襲われている弟が現れる。
涙が溢れたが、前へと進み続けた。
トン、と男の横に立つ。
「魔法使いの召使いにはピッタリだな」
腰から砕け落ちそうだったが、必死で堪えた。
「雇用条件を決めたいのですが」
震える声でそう言うと、魔法使いは実に楽しそうに声を出して笑いながら、頷いてみせたのだった。
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