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(1)悪役令嬢見参

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 私の名前は、ナタ・スチュワート。

 公爵の位を賜るスチュワート家の長女に生まれ、いずれはこの国の王太子であるアルフレッド・カエサルとの結婚が約束されている、世間から見たら深窓のご令嬢で、金も権力もついでに輝く様な美貌を持つともっぱらの噂のアルフレッドという超ハイスペック男子を独り占め出来る、とんでもなく幸運な公爵令嬢である。

 私自身も、磨けばそこそこ何とかなるもので、金に物を言わせて磨いたお陰で、まあ上の下くらいには十分可愛いと思う。真っ先に褒められるのが亜麻色のツヤツヤストレートヘアというところに何か意味が隠されていそうだが、少なくとも、前世の私よりは遥かにいい。

 そう、私は転生者だ。

 といってもトラックにパンッと撥ねられていきなり絶頂期の美女に転生しちゃいました! な訳ではなく、生まれた時から前世の記憶があった、ただそれだけだ。そしてここが前世で読んだことのある恋愛小説の世界だ、ということも、幼い頃から理解していた。

 たかが一小説の中に転生してしまった始めの印象としては、何故なにゆえこの本に? である。

 別に取り立てて優れてもいない、ごく平凡なストーリー。ヒロインが、とある悪役令嬢に虐められながらも健気に耐えているところに、王太子のアルフレッドに見初められ悪役令嬢との婚約を破棄してもらい、無事アルフレッドと結婚する、という何のひねりもないものだ。もう少し波乱万丈あったっていいんじゃないか、と思いながら読んでいた記憶が、真っ先に甦った。

 唯一インパクト大だったのは、作者が執筆直後に亡くなってしまった、ということだろうか。

 多分、作者の怨念が私をこの世界に呼び寄せたに違いない、と私は踏んでいる。何故なら、私はヒロインではなく悪役令嬢だからだ。お前なんか幸せになれるかバーカ、という執念を感じる。作品を半分馬鹿にしつつ読んでいたのが、死んだ作者の琴線に引っかかってしまったのだろう。
 
 本来だったら、折角前世の記憶を持ったまま生まれたのだ、頑張ってヒロインなんかに負けないような心優しい公爵令嬢を目指せばよかったのだろう。そうしたら、もしかしたら婚約破棄などされずに無事に王太子妃となり、ゆくゆくは国母となることだって出来たかもしれない。

 だけど、残念ながら私にはそのモチベーションは残されていなかった。何故か。

 原因は、アルフレッドの鼻の穴から見える縮れ気味の鼻毛だ。

「もうムリ! 絶対ムリ! そもそも何で鼻毛が縮れるの!? 意味分かんないんだけど!」

 まだアルフレッドが幼い頃はよかった。見目麗しい美童だったアルフレッドは、まあ私も見ててうへへ眼福、なんて思っていた。思えば、あの頃が私の絶頂期だったのかもしれない。少年から青年へと成長するにつれ、アルフレッドは段々と男らしくなっていった。そして、鼻毛も成長していった。

 この世界には鼻毛を整えようという風習がないのか、国王なんか普通にはみ出ている。王妃様は何も思わないのかと気になったが、どうもそんな素振りはない。

 つまり、私はこの世界では異端。

 まあ元々前世の記憶がある時点で相当異端だったとは思うが、それよりも鼻毛のカルチャーショックの方が私的には大きかったということだ。

 私はゴロゴロと寝そべっていたソファーから身を起こすと、部屋の片隅にあるトルソーが着ているドレスを溜息まじりに眺めた。

 明日は、アルフレッドの十六回目の生誕祭。

 明日、私はアルフレッドに婚約破棄を言い渡される。

「行きたくねえ……」

 だが、行かないと話が進まない。婚約破棄後、悪役令嬢がどうなったのかは何度思い出そうとしても思い出せなかったが、とりあえず私はヒロインに意地悪はしていない。むしろ陰からこっそり応援していた位だから、きっと酷いことにはならないと願いたい。

「ほら! 私のハッピー食べ歩きライフの為に、頑張れ、頑張るのよナタ!」

 私は立ち上がると、ドレスの細い腰回りに手を触れた。折角手に入れたこの神スキル。これを謳歌しないでどうする。

 前世では、私は相当なぽっちゃり女子だった。ぽっちゃりと言えば聞こえはいいが、まあひと言で表すならばデブである。死んだ理由はいまいちよく覚えていないが、多分生活習慣病で心臓発作でも起こしたんだろうと思っている。それ程に、不摂生な生活を送っていた。

 それもこれも、あのブラック企業がいけない。今が果たして西暦何年なのかも分からないが、とりあえずあそこだけは潰れててくれと強く願う。

 終わらない仕事。ストレスフルな人間関係。入社当時はスレンダーまでとは言わないがまあ中肉中背の平凡女子だった私が激太りしたのは、確実にストレスの所為だ。終電で帰宅し、コンビニ弁当をどか食いする内にみるみる太り、その内コンビニ弁当だけでは味気なくなり、何にでもマヨネーズをオンする様になってしまった。

 そして気付いたのだ。私は食べることが好きだったのだと。この道を追求していくことこそ、私の生き甲斐なのだと。

 私は求道の為、益々食べるようになった。そして、とある日を境にプッツリと記憶が途切れている。多分、あそこが死んだポイントだ。仕事帰りであまりにも疲れていた為、着替えをするのも億劫でパンツ一丁でコンビニ弁当を食べていた、と思う。

 後に私を発見したであろう大家は、さぞや驚いただろう。かなり高齢のお爺さんだったから、心臓が止まったりしなかったのかが心配だ。

 この世界には、マヨネーズが存在しない。卵を何かするのは知っているが、その程度の知識しかない。だけど、公爵令嬢がキッチンなど立たせてもらえる訳もなく、専属料理人に作ってもらおうにもダメ出しをすると彼らの首が危ない。文字通り飛ぶ。

「マヨネーズ作成の道を突き進むのよ、ナタ……! 出来る! 貴女なら出来るわ!」

 今回は、食べ過ぎようが死なない。何故なら、人間一人がひとつだけ保有することが出来るスキルがこの世界には存在し、私のそのスキルが『消化』だからだ。

 いくら食べようが、スキルを発動すれば太らない。身体に吸収されないまま、消えていく。私は、他の奴らだったらハズレスキルだと言いそうなそれを、心から感謝した。作者は私をざまあしたつもりかもしれないが、こちらからしてみればまじサンキュー! というところである。

 私は自分の桃色で美味しそうと言われる頬をパン! と叩くと、明日の手順を念入りに検討することにしたのだった。
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