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第三章 上級編開始

第520話  OLサツキの上級編、フレイのダンジョン地下十二階の時間潰し終了

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 母が家を出て行ったのを最後に、サツキは誰かに縋りつくのを止めた。どこに行くの、行かないで、サツキも一緒に行くと泣いて縋ったが、それまで優しかった母は頑として譲らず、何処いずこかへと去って行った。縋っても去る者は去る。サツキには誰かを引き止める力はないと、その時悟った。

 今思えば、相手がいたのだろうと思う。子供は邪魔だった、そういうことなのだろうとサツキは思っている。だが、気弱な父は、その理由すらも問いただせなかった様だ。お父さんにも分からない、ごめんねサツキちゃん。そう言われ目の前で泣かれては、もう何も言うことが出来なくなった。

 父との関係は、それからずっと互いに遠慮するものとなった。互いに腫れ物に触るように、傷付けないように、必要最低限の会話と連絡だけで生きてきた。だからあの会社も、就職が決まらないとサツキが報告をしたら、次の会話の時に「ここに連絡を取りなさい」と資料を渡された、ただそれだけだ。そこにどんな父の交渉や努力があったかなど、サツキは知らない。予想出来る程の人間関係を、血の繋がった父と育んでこなかったからだ。

 サツキの交友関係も知らず、サツキが何に悩んでいたかも知らず、成人式はやりたいかと聞かれたのでやらないと返答をしたらそれで終わった。多分、どう接したらいいのか父も分からなかったのだと思う。

 だから怖かった。ずっと怖かった。誰かに助けてと、サツキを引き止めてと縋るのが。

「ユラ、ユラ、ユラ……!」

 サツキはユラの首に腕を回しながら、繰り返しユラの名を呼んだ。ユラの膝の上で、守られる様に包まれながら。

 ユラがキスを繰り返しながら、合間合間にサツキに伝える。

「安心しろ、俺が絶対引き止めてやるから」
「うん……」
「だから怖がらなくていい、俺が隣にいるから」
「うん……!」
「お前の居場所は、ここだから」

 まるで恋人に言う様な台詞を口にしながら、ユラは確かめる様にサツキと口づけを交わし続けた。

 サツキは、思った。待とうと。今はユラはアールの方に心を傾けているとしても、アールとウルスラは最早恋人直前の状態まで来ている。二人が恋人となることでユラが傷付いたら、サツキは慰めよう。そしていつかユラの心に空きが出来たらそこに入っていける様、それまでユラに対し誠実に生きよう、と。

 その時に言おう。ずっと好きだったと。本当は今すぐにでも言いたいけど、でも受け入れてもらえないのが分かっている。でもサツキはユラからは離れられないし離れたくもない。事情を知るユラから離れたら、何をきっかけに元の世界に戻ってしまうか分からない。だから。

 言えないけど、好き。

 心の中で、ユラの目を見つめながら言った。

 ユラの汗がぽたりとサツキの目の上に落ちてきて、ユラがそれを舐め取った。

 と、ラムがぴょんっと跳ねると、二人に注意を促し始める。何事かと思って慌ててユラの膝の上から降りると、影から現れたのは須藤さんだった。次いで、ウルスラとその後ろにはしょんぼりとしたアールが続いている。話し終わったのだろう。

「サツキ、ユラ、おまたせ」

 ウルスラが声を掛けてきた後、アールの肩をぽんと叩く。すると、アールがサツキを見て言った。

「俺が無神経だった。本当にすまない」
「……うん、分かったよ」

 サツキの顔に、ようやく笑みが戻ってきたのだった。
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