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第三章 上級編開始

第469話 魔術師リアムの上級編の魔法陣作成本番中、風呂場にて

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 風呂場の扉が物凄い勢いで開けられると、シャッ! とシャワーカーテンまで開けられてしまった。

「ゆっ祐介! 何をしておる!」

 リアムは咄嗟に背中を向けて問うたが、祐介は肩で息をしているばかりで何も言わない。何やら様子がおかしい。魔法陣に何か不具合でも生じたのであろうか? リアムがそうっと胸を見せない様顔だけ振り向くと。

「どうした!? 何があった!?」

 祐介のすっとした瞳からは、ぼろぼろと涙が溢れていた。泣く程の様なことが起きたのだ。リアムはとりあえずシャワーカーテンを身体に巻くと、シャワーを止めて恐る恐る祐介の頬に手を触れた。触れてみて、分かった。祐介は、小刻みに震えていた。何か恐ろしいことが起きたに違いない。

「どうしたのだ……」

 すると、祐介がシャワーカーテンごとリアムを抱き締めた。リアムはびしょ濡れである。

「祐介、そんなことをすると濡れてしまうぞ?」
「いなくなったかと……!!」

 嗚咽混じりの声で、苦しそうに祐介がそう言った。

「何を言っておる? 何がいなくなったのだ?」
「君が……君が! 急にいなくなった気がして、それで僕は怖くて……!!」

 はっとリアムは気が付いた。先程、元の世界に戻ることを考えていた。勿論戻りたいと思って戻れる様なものでもなかろうが、この世界の唯一の未練、祐介を忘れる為にはそれがいいのではと考えた。

 だが、何故祐介は分かったのだ? 昨日もその前もそうだった。何故魔力を持たない祐介が、リアムが少し前の世界のことに思いを馳せただけで分かるのだろうか。

 祐介は、濡れるのも構わずリアムを自身の胸に抱き寄せ、片膝は風呂釜のへりに乗っていた。リアムの頭を抱え、頬を付けている。風呂釜の床に血が流れていっているのが、それが放つ鉄臭い匂いから分かった。

「祐介、私はいるから」
「まただった、また、またいなくなった……!」

 これはただの偶然ではない。三度も続けば、さすがにリアムとてその可能性には気付かざるを得ない。これは推測になるが、祐介とリアムは何らかの形で繋がっているのではないだろうか。

 これは、単純に起きた順を追って考えるなら、祐介がリアムの命を救ったところから全てが始まっている。あの時に絆か何かが生まれたのではないだろうか?

 だから、だからこれ程に、いなくなることに恐怖を覚えるのではないだろうか。

 出来上がった絆が断ち切れるから。

 その推測は、これまで腑に落ちなかった数々の祐介の行動に理由がつく気がした。リアムに対する、執着と言っていい程の態度。愛慕の様にも受け取れるかもしれないが、中身がリアムというおっさんである以上、これは恐怖に基づくものに違いない。

 祐介は、魔法のない世界に生きている。だからきっと、自身に起こっている事象を理解出来ないのだろう。だが本能で感じ取る恐怖から、それを断ち切ることを躊躇しているのではないか。

 祐介だけがリアムがこの世界に留められている理由とは限らないが、要因の一つではありそうだ。となると、万が一祐介の興味が失せた同時期に、リアムが祐介への好意を伝えたらどうなるだろうか。その時に、この事実を伝えたらどうなるか。

 恐らく、祐介は一生心に傷を負う。

 だから、これは言えぬ。絆がある可能性も、リアムの好意も、両方とも。
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