ドラゴンに殺られそうになって（電車にはねられそうになって）気が付いたらＯＬになっていた（気が付いたら魔術師になっていた）件

第一章 初級編開始

第91話 魔術師リアム、初級編二日目午後開始

　二人でサツキの家に戻ると、早速テーブルを囲みまずはひらがなの説明を始める。

　日本語が五十音の規則に則っていると一覧で見せられ、成程と思った。生真面目な日本人ぽいよね、と言う祐介の言葉の意味はよく分からなかったが、祐介が言うならそうなのに違いない。

「あ、鉛筆……持ってくるね。サツキちゃんちの鍵、借りてくから」
「分かった」

　用心なことだ。だが祐介の気遣いがあるからこそリアムも安心して勉強に励める。

　バタバタと祐介が出て行くと、途端部屋の中が広く感じる。何だか寂しいと思い、自分がこの短期間でいかに祐介に頼り切ってしまっているかに気付くと、愕然とした。

　孤高の魔術師リアムが何たることだろう。寄りかかるにしても程度があろうが。

　チラ、と玄関の扉を見る。

「はっ私は何を待っているのだ！」

　頭をぶんぶんと振り、ひらがなに向き直る。遅い。またチラリと玄関を見ると、ガチャリと音がして扉が開き、祐介が入って来た。

「遅いではないか」

　自分でも驚くくらい、酷く甘えた声が出た。

「え」

　祐介の表情は、玄関から入る光で逆光になっていてよく見えなかった。

「さ、さっさと始めるぞ！」
「あ。うん。ごめんね、ちょっと本探してて時間掛かっちゃった」

　言いながら扉を閉めると鍵をきちんと掛け、こちらに笑顔で向かって来る。途端ほっとするこの気持ちは一体何だろうか。

　リアムは祐介の顔を見つめながら考える。きっとリアムは不安なのだ。見たことも聞いたこともない世界にいきなり放り込まれ、ろくに分からないまま流される様にここに来て、今必死に杭となっている祐介にしがみついている。

　そうしないと生き残れないのだ。だから祐介がいないと不安になるのだろう。

「？　どうしたの？」

　祐介は気にするなと言うが、本心ではどうだろうか。だが祐介が本当は迷惑だと思っていようが、リアムがしがみつけるのは祐介しかいない。

「祐介に、何か礼がしたい」
「へ？」

　離れることは出来ない。ならば、せめて何か祐介が望むことをしてあげたかった。

「祐介。何かして欲しいことはないか？」

　ごくり、と嚥下する音が聞こえた。

「何でもいいぞ」
「何でもって言われても……」

　祐介は困った様子だったが、あ、と何かを思いついたのか笑顔になった。

「じゃあ……これからも一緒にご飯食べよう」
「え？　それはして欲しいことか？」

　祐介がにこにこと頷く。

「仕事の日も一緒に食べよう。それでさ、毎日一緒に映画観たりテレビ観たり遊びに行ったりしようよ」
「そ、それは全く問題ないが……そんなことでいいのか？」
「だってひとりじゃ寂しいし、味気ないもん」
「……」

　リアムが必死で誤魔化そうとしていた寂しさを、祐介は当たり前の様に口にすることが出来る。

　脱帽だった。

「ああ、約束しよう」

　リアムに笑顔が浮かんだ。

「実は私もひとりは嫌なんだ」

　ふふ、と笑うと、祐介の手が伸びて来て、リアムの頭をポンと撫でた。