6 / 731
序章 転移
第5話 魔術師リアムを助けた者は
しおりを挟む
手首を掴む男の手。
それを振り解くほどの力すら、今リアムが憑依しているであろうこの身体には備わっていない。
「何とか弱き肉体か……」
鍛錬が足りない。腹からの声も出なければ、この大きく視界を遮る胸を支える筈の肩周りの筋肉も明らかに足りていない。
「あの、サツキちゃん? 大丈夫……な訳ないよねー」
目の前でリアムを拘束する男が、軽そうな口調でリアムを覗き込んだ。時折視線が幾度となく胸に行く。仮の肉体とはいえ、不愉快だった。
「離してもらえないか?」
「いやだって、さっき線路に飛び込もうとしてたでしょ」
「線路……? ああ、これのことか。分かった、無理には行かない」
あの奥からはドラゴンの気配はしない。リアムが頷くと、男が困った様に笑った。
「サツキちゃん、まさか記憶喪失、とか?」
「今の私は、お前の知るサツキという女とは別人だ」
「……はい?」
男が心底混乱した顔をしてみせたが、こちらも気持ちは一緒である。
リアムはきっぱりと言った。
「私は、リアムという魔術師だ。ドラゴン討伐をしにダンジョンに向かったところ、ゴブリンの大群に襲われ仲間とはぐれ、ようやく会えたと思ったところでドラゴンの炎に焼かれ」
「わー! わ! 分かった! 分かったから!」
男は周りをキョロキョロと見ながら、焦った様にリアムの言葉を遮った。
不愉快だ。
「お前は、人が話している最中に遮るなとは教わらなかったのか?」
男は焦った様にリアムの肩を抱くと、耳元で囁いた。
「サツキちゃん、話はちゃんと聞くから落ち着いて!」
「私は十分落ち着いている。お前の方が落ち着け」
リアムが呆れて返すと、男は再度辺りをキョロキョロと見回し、小さくひとつ頷いた。
「と、とりあえず家に帰ろう。送っていくから。話はその後に。ね?」
言われて初めて気付く。この身体の家など知らないことに。
「お前はサツキの家を知っているのか?」
「え? あ、うん、そりゃあ借り上げの社宅だし」
意味が分からなかった。男は無理に笑顔を作っている様だが、本当に信用出来るのだろうか?
万が一この身体に手を伸ばした場合、燃やすのも辞さないが。
だが状況はよく分からないが、少なくともリアムよりはサツキのことを知っているらしいのは確かだ。
「……お前は、このサツキという女の何だ?」
この身体をサツキ本人に返した時、実は目の前のこの男が極悪人だったと分かったりしたら後味が悪い。確認しておくに越したことはないだろう。
「な、何って、会社の同僚だけど」
「お前は職場の同僚に抱きつき、家まで知っているのか?」
ギルド仲間は基本その場限りの関係だ。それから鑑みるに、この男はサツキを知り過ぎている。
怪しかった。
「……もしかして、サツキの恋人か?」
「こっいやっそんなっ!」
男が慌てて首を横にぶんぶんと振った。
それを振り解くほどの力すら、今リアムが憑依しているであろうこの身体には備わっていない。
「何とか弱き肉体か……」
鍛錬が足りない。腹からの声も出なければ、この大きく視界を遮る胸を支える筈の肩周りの筋肉も明らかに足りていない。
「あの、サツキちゃん? 大丈夫……な訳ないよねー」
目の前でリアムを拘束する男が、軽そうな口調でリアムを覗き込んだ。時折視線が幾度となく胸に行く。仮の肉体とはいえ、不愉快だった。
「離してもらえないか?」
「いやだって、さっき線路に飛び込もうとしてたでしょ」
「線路……? ああ、これのことか。分かった、無理には行かない」
あの奥からはドラゴンの気配はしない。リアムが頷くと、男が困った様に笑った。
「サツキちゃん、まさか記憶喪失、とか?」
「今の私は、お前の知るサツキという女とは別人だ」
「……はい?」
男が心底混乱した顔をしてみせたが、こちらも気持ちは一緒である。
リアムはきっぱりと言った。
「私は、リアムという魔術師だ。ドラゴン討伐をしにダンジョンに向かったところ、ゴブリンの大群に襲われ仲間とはぐれ、ようやく会えたと思ったところでドラゴンの炎に焼かれ」
「わー! わ! 分かった! 分かったから!」
男は周りをキョロキョロと見ながら、焦った様にリアムの言葉を遮った。
不愉快だ。
「お前は、人が話している最中に遮るなとは教わらなかったのか?」
男は焦った様にリアムの肩を抱くと、耳元で囁いた。
「サツキちゃん、話はちゃんと聞くから落ち着いて!」
「私は十分落ち着いている。お前の方が落ち着け」
リアムが呆れて返すと、男は再度辺りをキョロキョロと見回し、小さくひとつ頷いた。
「と、とりあえず家に帰ろう。送っていくから。話はその後に。ね?」
言われて初めて気付く。この身体の家など知らないことに。
「お前はサツキの家を知っているのか?」
「え? あ、うん、そりゃあ借り上げの社宅だし」
意味が分からなかった。男は無理に笑顔を作っている様だが、本当に信用出来るのだろうか?
万が一この身体に手を伸ばした場合、燃やすのも辞さないが。
だが状況はよく分からないが、少なくともリアムよりはサツキのことを知っているらしいのは確かだ。
「……お前は、このサツキという女の何だ?」
この身体をサツキ本人に返した時、実は目の前のこの男が極悪人だったと分かったりしたら後味が悪い。確認しておくに越したことはないだろう。
「な、何って、会社の同僚だけど」
「お前は職場の同僚に抱きつき、家まで知っているのか?」
ギルド仲間は基本その場限りの関係だ。それから鑑みるに、この男はサツキを知り過ぎている。
怪しかった。
「……もしかして、サツキの恋人か?」
「こっいやっそんなっ!」
男が慌てて首を横にぶんぶんと振った。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる