マンドラゴラの王様

ミドリ

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第五章 豊穣

47 その後

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 ウドさんの騒動の直後、この地域一帯は大騒ぎになっていた。

 枯れかけていた花は咲き乱れ、落ち葉が舞っていた街路樹は青々とした葉を生やし、聖域を中心とした広範囲で突然春がやって来たかの様な光景が見られたのだ。

 町は一躍有名になり観光地化しかけた。でも、町長である山崎さんが、これは異常気象による一過性の現象だ、と浮かれた住民に言い切った。そのお陰で、暫くすると元の静かな町へと戻っていった。木々が異様に元気なことに変わりはなかったけど、季節外れの花を咲かせる様なことはなくなって、私達はほっとしている。

 吾郎くんは、無事に山崎吾郎として戸籍を得た。これからは納税義務も健康保険の支払いも発生するからと、その直後から現在まで、山崎さんが斡旋してくれた農家で元気に働いている。

 正直なところ、私以外の人間にはなかなか慣れないかなと心配していた。でも、聖域一帯を緑にした際に死者ともマンドラゴラとも一時的に意識が繋がったお陰で、世の中悪くない人もいると思える様になったらしい。

 名雲さんに引き続きウドさんもそこそこ残念な人だったけど、それ以降に吾郎くんが新たに出会った人達は、皆優しくて人を騙す悪い人間ではない様だ。それも山崎さんの選定があった上でなので当然なのかもしれないけど。

 あの一見ただの人が良さそうな小柄な義父が、実は一番の曲者なのでは。私はそう踏んでいた。

 吾郎くんに外の世界に接しろと言っておいて、自分だけ引きこもっている訳にもいかない。怖いのは私も吾郎くんも一緒。という訳で、重い腰を上げて同じ様に仕事を斡旋してもらうと、私もその農家がやっているカフェで暫くの間働いていた。だけど、それも本日を以て長期休暇に入ることになる。

「随分大きくなったね」

 カフェで一緒に働いている遠藤さんが、私のお腹をポンポンと優しく撫でる。遠藤さんはこの農家に嫁いで来たお嫁さんで、あまりこの地域の人達とは馴染みがない。

 私と同じスローペースの人だった所為か、そこそこ孤立していたみたいだ。そこに同じく過去からずっと孤立していた私が働きに来たことで、自然と仲良くなった。初めて親友と呼べるほどの友達を得ることが出来て、私は今非常に幸せを感じている。

「腰が痛くて痛くて」

 腰をトントン叩くと、遠藤さんが私の腰をさすってくれた。そして、ちょっと不安そうに尋ねる。

「……ねえ、生まれたら病院に行ってもいい?」

 なんて嬉しい申し出だろう。勿論いい。そんな遠慮がちに言う必要は全くない。

「こっちからお願いしたいよ。きっと私、テンパってるから」
「……えへへ!」
「ふふふっ」

 お互いに微笑み合うと、穏やかな空気が流れた。

「臨月の間も、様子を見に行ってもいい?」
「うん、来て欲しいな」
「……えへへ!」
「ふふふっ」

 友情とは素晴らしい。

 すると、ガラガラ、と店の硝子戸を開ける人物がいた。

「美空、大丈夫?」
「吾郎くん」

 心配そうな表情の吾郎くんだ。作業用の長靴がすっかり馴染んでいて、すっかり農家の人になった。遠藤さんに軽く会釈すると、私に微笑みかける。

「もう終わるから、最後に挨拶して帰ろうか」
「うん」
「待ってて、車持ってくるから」
「うん」

 バタバタと出て行くところは、出会った頃からあまり変わらない子供っぽさだ。

「溺愛されてるわねえ」

 遠藤さんが、ほう、と頬を赤らめて小さく息を吐く。

「そうだねえ。物凄いよ。束縛も」
「……だろうねえ」

 私達は、目を合わせて小さく笑い合った。

 吾郎くんは、戸籍が出来ると真っ先に車の免許を取得することになった。私は車の免許を持っておらず、母も義父も頼むから持たないでくれと懇願するので、取っていなかったのだ。多分、私が考え事を始めると動作が停止してしまうことを恐れていたに違いない。それは確かにやりかねないと自分でも思ったので、これまで車のない生活を送っていたという訳だ。

 だけど、就職をするなら通勤することになる。吾郎くんは、絶対に町に家は借りない、美空とこの家に住んでここから通うんだと言って聞かなかった。確かにあまり聖域から離れて枯れちゃっても嫌だし、という尤もらしい言い訳を考えた私は、その要求を呑んだ。私も離れ難かったのもある。

 吾郎くんは、運動神経も動体視力もいい。ついでに日本語の読解力も、今や全く問題なくなった。そんな訳で、あっさりと免許を取得してしまった。さすがは王様だ。

 車は、就職祝いということで山崎さんからプレゼントされた。至れり尽くせりである。大きなバンをいただいたけど、二人暮らしならこんなに大きいのは必要ないんじゃと意見を言ったところ、「根子神様は豊穣の神様だからね」という答えが返ってきた。その時は意味が分からず曖昧に頷いただけだったけど、今ならその意味が分かる。

 確かに豊穣だった。
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