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第四章 マンドラゴラの王様
44 決死の救出
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吾郎くんが悲しそうに叫ぶ。
「美空あ!」
やっぱり嫌だ。例え吾郎くんが枯れなくとも、吾郎くんをこの世界にぽつんと置いていきたくない。だってそうしたらきっと、彼は寂しくて泣いてしまう。ようやくこの世界には自分一人じゃないと思えたのに。私の隣で私の心を照らしてくれた彼と、これから一緒に生きていきたいとやっと思えたのに。
「美空!」
「吾郎くん……!」
そして、とうとう足許の地面が音を立てて崩れ落ちていった。ガクン、と身体が大きく揺れる。
「あああっ!」
頭上から落ちてくる土砂を頭から被り、一瞬で視界も息も奪われた。残った感触は、片手に繋がる唯一の命綱の根っこだけ。それが、私の全体重を支えている。土砂の落下が収まると、砂の間から呼吸が可能になった。完全に宙に浮いた形となってしまい、下手に動いたらすぐにでも落ちそうだ。腕が千切れそうに痛いけど、振り子の様な揺れが収まるのを、じっと耐えて待った。
太い木の幹に貼り付く吾郎くんが、涙と血だらけの顔で叫ぶ。
「美空――!」
「だ、大丈夫! 生きてるよ! だけど……っ」
ぷらんとぶら下がった状態の自分の足許を、そうっと見た。地中に埋まっていたと思われる大きな尖った岩が崖となったあちこちから覗き、太い木の根が空中の隙間に這っている。元々登ってきた道を振り返ると、その殆どが崩れ落ち、土砂に埋もれて遥か下へと川の水の様に流れていた。高さはきっと、ビル三階どころじゃない。これは、落ちたら死ぬやつだ。
「美空! 今引き上げる!」
吾郎くんは叫ぶと、ザワザワとその腕から先程までのものよりも数段太い根を出し始めた。突然ぴょこんと頭から飛び出してきたのは、吾郎くんが絡みついている太い木の葉っぱと同じものだ。今度はその木の力を借りているらしい。木に絡みついている方の根が、シュルシュルと収納され始めた。
「吾郎くん! 木を離しちゃ駄目だよ!」
何をしようとしているのか。このままだと、吾郎くんが落ちてしまう。ハラハラしながら見守っている内に、彼の目的が分かった。先程まで繋がっていた細い草の根では、私を持ち上げられない。だから、もっと太い根を出すことが出来るあの木に繋がり直したのだ。乗り換える瞬間は、しがみつけない。一体どうするつもりなのか。
吾郎くんに支えられていた細い木の根が、私を上に引き上げた後、消失する。
「美空!」
私の名を呼びながら、吾郎くんは崩れていく足許の地面を蹴った。彼の両手から物凄い勢いで飛び出した太い根が、片方はもう一度木の幹に、もう片方は私の腰に巻き付き、私と吾郎くんは上下に大きくしなる。その後グン、と力強く持ち上げられると、根は私を抱えながらゆっくりと吾郎くんが巻き付いている木へと近付いていった。
吾郎くんは片手で木の幹にしがみつき、私と繋がっている方の片腕を目一杯私の方に伸ばすと、根を巻きつけながら腕の中に私を収めた。
ぎゅ、と痛いくらいに抱き締められる。
「美空……!」
吾郎くんの顔は土まみれで、涙の筋に沿って焦げ茶の流れが出来ていた。沢山泣かせてしまった。私がこの人を泣かせてしまったのだ。吾郎くんの胸に、ひしとしがみつく。
「吾郎くん、こわ、こわ、怖かったよ……!」
安心させる様な気の利いたことを言いたかったのに、口を突いて出てきたのは甘えた言葉だった。後から、ブルブルと身体の震えが襲ってくる。と思ったら、震えは吾郎くんから伝わってくるものだった。沢山、怖がらせてしまった。反省だ。
「美空、美空……!」
今も、二人して宙に浮いている状態だ。死ぬかと思った。もう吾郎くんに会えなくなるんじゃないかと思ってしまった。それが一番、怖かった。
崩落する地面は、吾郎くんの根っこがあった辺りで一旦は止まっている。だけど、少しずつ地面がえぐれていっているのがこちらからは見えた。でも、そのすぐ近くに根っこを抱えながら立っているウドさんには、それが見えない様だ。
「ウドさん! その根を元の場所に戻して!」
私が必死に叫ぶも、ウドさんはふてぶてしい態度を崩さない。
「オウ、これは偶然デスネ! その証拠に、崩れるのは止まったではないデスカ!」
「止まってないです! まだ崩れてますよ!」
「これだから何も知らない素人は嫌デスネ! マンドラゴラの根にそんな効果はありまセーン! それより早く、二人共こっちに来た方がいいデス!」
まだ言っている。ウドさんには、あの声が聞こえないというのか。私の耳には聞こえるのに。ハヤク、ハヤク戻シテ。山ガ全て崩レル前ニ。そんな叫び声が。
「お願い……皆が戻してって言ってるの……!」
吾郎くんが、木の根を操り私達をまだ地面があるウドさんの方へと連れて行く。私の言葉に、吾郎くんが目を緩ませた。
「美空も聞こえるの?」
「うん。さっきから聞こえる。多分、吾郎くんが聞いてるのと同じかもしれない。私にも、マンドラゴラの血が流れてたって証拠になるかな」
だったら、私が吾郎くんにこんなにも惹かれる理由だって説明がつく。何故なら、吾郎くんはマンドラゴラの王様だからだ。全マンドラゴラが憧れる、マンドラゴラの頂点に立つ人。私の中に流れる僅かながら残ったであろうマンドラゴラの血が、彼が正真正銘の王様であり、私が求めて止まないその人だと告げているのかもしれない。
「マンドラゴラの血? 美空サン何言ってますネ?」
根っこを抱えたウドさんが、不思議そうに首を傾げた。
トン、と足が地面につく。やはり地面は小刻みに振動を繰り返していて、この土砂崩れがこれだけでは済まないことを表していた。ウドさんの正面を向く。
「ウドさん、それを返して下さい。それは貴方の物ではありません」
私にしては強い口調で言うと、初めてウドさんの目が泳いだ。
「美空あ!」
やっぱり嫌だ。例え吾郎くんが枯れなくとも、吾郎くんをこの世界にぽつんと置いていきたくない。だってそうしたらきっと、彼は寂しくて泣いてしまう。ようやくこの世界には自分一人じゃないと思えたのに。私の隣で私の心を照らしてくれた彼と、これから一緒に生きていきたいとやっと思えたのに。
「美空!」
「吾郎くん……!」
そして、とうとう足許の地面が音を立てて崩れ落ちていった。ガクン、と身体が大きく揺れる。
「あああっ!」
頭上から落ちてくる土砂を頭から被り、一瞬で視界も息も奪われた。残った感触は、片手に繋がる唯一の命綱の根っこだけ。それが、私の全体重を支えている。土砂の落下が収まると、砂の間から呼吸が可能になった。完全に宙に浮いた形となってしまい、下手に動いたらすぐにでも落ちそうだ。腕が千切れそうに痛いけど、振り子の様な揺れが収まるのを、じっと耐えて待った。
太い木の幹に貼り付く吾郎くんが、涙と血だらけの顔で叫ぶ。
「美空――!」
「だ、大丈夫! 生きてるよ! だけど……っ」
ぷらんとぶら下がった状態の自分の足許を、そうっと見た。地中に埋まっていたと思われる大きな尖った岩が崖となったあちこちから覗き、太い木の根が空中の隙間に這っている。元々登ってきた道を振り返ると、その殆どが崩れ落ち、土砂に埋もれて遥か下へと川の水の様に流れていた。高さはきっと、ビル三階どころじゃない。これは、落ちたら死ぬやつだ。
「美空! 今引き上げる!」
吾郎くんは叫ぶと、ザワザワとその腕から先程までのものよりも数段太い根を出し始めた。突然ぴょこんと頭から飛び出してきたのは、吾郎くんが絡みついている太い木の葉っぱと同じものだ。今度はその木の力を借りているらしい。木に絡みついている方の根が、シュルシュルと収納され始めた。
「吾郎くん! 木を離しちゃ駄目だよ!」
何をしようとしているのか。このままだと、吾郎くんが落ちてしまう。ハラハラしながら見守っている内に、彼の目的が分かった。先程まで繋がっていた細い草の根では、私を持ち上げられない。だから、もっと太い根を出すことが出来るあの木に繋がり直したのだ。乗り換える瞬間は、しがみつけない。一体どうするつもりなのか。
吾郎くんに支えられていた細い木の根が、私を上に引き上げた後、消失する。
「美空!」
私の名を呼びながら、吾郎くんは崩れていく足許の地面を蹴った。彼の両手から物凄い勢いで飛び出した太い根が、片方はもう一度木の幹に、もう片方は私の腰に巻き付き、私と吾郎くんは上下に大きくしなる。その後グン、と力強く持ち上げられると、根は私を抱えながらゆっくりと吾郎くんが巻き付いている木へと近付いていった。
吾郎くんは片手で木の幹にしがみつき、私と繋がっている方の片腕を目一杯私の方に伸ばすと、根を巻きつけながら腕の中に私を収めた。
ぎゅ、と痛いくらいに抱き締められる。
「美空……!」
吾郎くんの顔は土まみれで、涙の筋に沿って焦げ茶の流れが出来ていた。沢山泣かせてしまった。私がこの人を泣かせてしまったのだ。吾郎くんの胸に、ひしとしがみつく。
「吾郎くん、こわ、こわ、怖かったよ……!」
安心させる様な気の利いたことを言いたかったのに、口を突いて出てきたのは甘えた言葉だった。後から、ブルブルと身体の震えが襲ってくる。と思ったら、震えは吾郎くんから伝わってくるものだった。沢山、怖がらせてしまった。反省だ。
「美空、美空……!」
今も、二人して宙に浮いている状態だ。死ぬかと思った。もう吾郎くんに会えなくなるんじゃないかと思ってしまった。それが一番、怖かった。
崩落する地面は、吾郎くんの根っこがあった辺りで一旦は止まっている。だけど、少しずつ地面がえぐれていっているのがこちらからは見えた。でも、そのすぐ近くに根っこを抱えながら立っているウドさんには、それが見えない様だ。
「ウドさん! その根を元の場所に戻して!」
私が必死に叫ぶも、ウドさんはふてぶてしい態度を崩さない。
「オウ、これは偶然デスネ! その証拠に、崩れるのは止まったではないデスカ!」
「止まってないです! まだ崩れてますよ!」
「これだから何も知らない素人は嫌デスネ! マンドラゴラの根にそんな効果はありまセーン! それより早く、二人共こっちに来た方がいいデス!」
まだ言っている。ウドさんには、あの声が聞こえないというのか。私の耳には聞こえるのに。ハヤク、ハヤク戻シテ。山ガ全て崩レル前ニ。そんな叫び声が。
「お願い……皆が戻してって言ってるの……!」
吾郎くんが、木の根を操り私達をまだ地面があるウドさんの方へと連れて行く。私の言葉に、吾郎くんが目を緩ませた。
「美空も聞こえるの?」
「うん。さっきから聞こえる。多分、吾郎くんが聞いてるのと同じかもしれない。私にも、マンドラゴラの血が流れてたって証拠になるかな」
だったら、私が吾郎くんにこんなにも惹かれる理由だって説明がつく。何故なら、吾郎くんはマンドラゴラの王様だからだ。全マンドラゴラが憧れる、マンドラゴラの頂点に立つ人。私の中に流れる僅かながら残ったであろうマンドラゴラの血が、彼が正真正銘の王様であり、私が求めて止まないその人だと告げているのかもしれない。
「マンドラゴラの血? 美空サン何言ってますネ?」
根っこを抱えたウドさんが、不思議そうに首を傾げた。
トン、と足が地面につく。やはり地面は小刻みに振動を繰り返していて、この土砂崩れがこれだけでは済まないことを表していた。ウドさんの正面を向く。
「ウドさん、それを返して下さい。それは貴方の物ではありません」
私にしては強い口調で言うと、初めてウドさんの目が泳いだ。
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