マンドラゴラの王様

ミドリ

文字の大きさ
上 下
2 / 48
第一章 観察日記

2 人の頭から生えている

しおりを挟む
「えっ?」

 よく見ると、額から下は根っこが伸びて、癒着している。

 頭から生えた葉っぱと花。飛び出た額、そして額の下の根っこ。これが意味するところは。

「……人間じゃ、ない?」

 誰も聞いている人間がいない森の中で、一人呟く。

 額の下は、根っこ。これが指す意味は一つ。どうやら生きてはいるみたいだけど、ここにいるのは普通の人間じゃない。いや、そもそも人間かどうかすら怪しい。

 さて、どうしよう――。

 考えてみても、妙案は浮かばない。そもそも、問題がどこにあるかも分かっていない。

 ひとまず、この場に留まりどうすべきかを考えることにした。お尻は濡れてしまったので、潔く諦めてお尻を地面に着き、膝を抱えてこの不思議な植物を眺める。

 そよそよと秋の風にそよぐ風が、緑の葉をゆらゆらと揺らした。段々と昇ってくる日の光が、てかりのある葉の表面を照らして反射する。中央にある紫の花の中心部分は、鮮やかな黄色。これだけ見ると、この下に人間の頭部の一部らしきものが埋まっているとは思えないほど穏やかな光景だ。それも多分死体じゃないと思えば、恐れる気持ちなんてどこかに行ってしまった。

 とりあえず、どうやらこれは人間じゃない。でも生きているみたいに、僅かばかりだけど動いた。つまり一体どういうことだろう――。

 言い訳をするならば、昨夜読んだホラー小説がちょっとばかり怖くて、なかなか寝つけなかったのだ。あまりも怖い話は、人家のない地域で考えなしに読むものじゃないと学べたのはよかったけど、だから今日は寝不足だった。――意識が、途切れる。

 頭がジリジリと熱いことに気付き、ハッと起きた。自分でもまさかと思ったけど、得体の知れない植物の前で考え事をしていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。どれだけ抜けているんだろうか。

 空を見上げる。なんと、太陽が真上に来ている。一体何時間寝ていたのか。辺りを見回し、他に変化がないかを確認した。常に人など通らない山道だ。痴漢や変質者の心配がない代わりに、野生動物に襲われる確率の方が高い。そんな場所で膝を抱えて寝ていたなどと母にばれたら、けちょんけちょんに言われたことだろう。

 だけど、幸いにしてその母は最早同居していない。そして私の安否を知りたがるのは、しょっちゅうこんな辺鄙な田舎まで来ざるを得ない宅配便のドライバーのお兄さんくらいだ。

「あ、そういえば」

 一人暮らしが長くなると、独り言が増える。独り言なんて寂し過ぎると思っていたけど、ここまで声を発する機会がないと、咄嗟に声すら出なくなるのだ。先日大きな蛇が出た時も、口を開けるだけで声一つ出やしなかった。声を出したところで誰が助けに来る訳でもないけど、もしかしたら誰かがたまたま近くにいることだってあるかもしれない。

 ということで、発声練習の重要性を認識した私は、いざという時に声が出せるよう、独り言という声出しをするに至った。なので、これはあえての独り言。決して癖じゃない。そして寂しいからでもない。

「……確認しまーす」

 相変わらず目の前にある謎の植物の葉を、ぺらりとめくる。やはりそこには、泥が付着した額。そして――。

「……眉毛?」

 そういえば、先程よりも植物の位置が気持ち高くなっているかもしれない。手を隙間に突っ込み指で長さを測ると、葉の下までの高さは十五センチほどか。朝見た時は見えていなかった眉毛が、土に埋もれながらもきちんと判別出来るまでになっていた。

 どうやら、私が呑気に眠りこけている間に、目の前の謎の植物は縦に成長したらしい。主に、人間の部分が。

「……男の人、かなあ?」

 額は丸みがあまりなく、どちらかというと平坦だ。眉毛はそこだけ見れば、キリリとした感じと言ってもいいかもしれない。

 俄然興味が湧くのは、人間の性か。美に関しては、時代や地域により認識に差はあれど、皆美しいものに目がないのは万国共通だと思う。不快で歪な物を好む人も、中にはいるだろう。だけど、それは恐らく己が他者よりも美しいという認識を持ちたいが故の心理なんじゃないか。

 そんな正直どうでもいい人間の心理についてつらつらと考えていたら、手が止まっていた。いけないいけない。すぐに自分の思考にのめり込んで行動が停止してしまうのは、私の悪い癖だ。

 このすぐに停止する癖の所為で、秋野さんはよく無視するよね、なんて嫌味を度々言われた。初めの頃はそうじゃないと必死で説明していたけど、やがて段々人も近付いてこなくなった。だから私は、集団行動には向いていないのだろうと、人と過度に関わろうとするのを諦めた。

 そよそよと、風が吹く。濡れた下着に触れている肌がひんやりしてきたので、いい加減家に戻って着替えたい。

「じゃあ……決めた」

 当然の様に一人で喋る。土に埋まった額に向かって独り言を喋る女なんて、見ている人がいたらかなりシュールな光景だろう。でも、しつこい様だけど、ど田舎なので人はほぼ来ないから問題はない。ちなみにここまで来ると、携帯の電波も入らない。

 だから私は携帯を携帯していない。どうせ誰からも連絡は来ないし、唯一連絡をしてくる母は家の固定電話にしか電話してこない。だから、基本は自分の部屋に置きっ放しにして、ニュースや調べ物をする時だけ電源を入れる程度だった。

「植物くんの観察日記を付けていこう、そうしよう」

 取り立ててすることのない毎日。過度な刺激は苦手だけど、毎日少しずつ成長する物を観察する程度の速度なら、私も焦らず気圧されず対応出来る。それに、最近は電子書籍なんかもあるらしいけど、私は紙じゃないと嫌なタイプだ。紙はずっと残るからいい。電子だとどうしても実態がなくて、読了後に本当にその世界を読んだっけ、と切なくなった。

 観察については、植物くんの顔がどんなものかに単純に興味が湧いただけ、とは認めないでおこう。これはあくまで未知の存在に対する好奇心による決断だ。

「どういう観察日記にしようかな……」

 首を傾げ、考える。ぽっと思い浮かんだのは、小学校の時に夏休みの宿題であった、絵日記だ。だけど、絵心は悲しいほどにない。それに私は大人だから、文字だけでもいいだろう、と決める。それに、素敵じゃないか。どういう形であれ観察が終了したら、何年経ってもペラペラと日記をめくればそこにこの時のワクワクが蘇るのだから。

 そうとなれば、まずはノートを入手せなばならない。ノートを売っている町の文房具店は、自転車でも三十分は余裕でかかる距離にある。そして夕方にもう一度観察に来よう、そうしようと決めた私は、ここ数年味わうことのなかった高揚を覚えながら立ち上がった。

「植物くん、また後でね」

 なんとなく声をかけた方がいい気がして、そう言って手を振る。馬鹿馬鹿しくてもいい。

 さわさわと風が吹き、日の光でてかる葉が、まるで私に手を振り返しているみたいに揺れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

花鈿の後宮妃 皇帝を守るため、お毒見係になりました

秦朱音@アルファポリス文庫より書籍発売中
キャラ文芸
旧題:花鈿の後宮妃 ~ヒロインに殺される皇帝を守るため、お毒見係になりました 青龍国に住む黄明凛(こう めいりん)は、寺の階段から落ちたことをきっかけに、自分が前世で読んだ中華風ファンタジー小説『玲玉記』の世界に転生していたことに気付く。 小説『玲玉記』の主人公である皇太后・夏玲玉(か れいぎょく)は、皇帝と皇后を暗殺して自らが皇位に着くという強烈キャラ。 玲玉に殺される運命である皇帝&皇后の身に起こる悲劇を阻止して、二人を添い遂げさせてあげたい!そう思った明凛は後宮妃として入内し、二人を陰から支えることに決める。 明凛には額に花鈿のようなアザがあり、その花鈿で毒を浄化できる不思議な力を持っていた。 この力を使って皇帝陛下のお毒見係を買って出れば、とりあえず毒殺は避けられそうだ。 しかしいつまでたっても皇后になるはずの鄭玉蘭(てい ぎょくらん)は現れず、皇帝はただのお毒見係である明凛を寵愛?! そんな中、皇太后が皇帝の実母である楊淑妃を皇統から除名すると言い始め……?! 毒を浄化できる不思議な力を持つ明凛と、過去の出来事で心に傷を負った皇帝の中華後宮ラブストーリーです。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

【完結】後宮の化粧姫 ~すっぴんはひた隠したい悪女ですが、なぜか龍皇陛下に迫られているのですが……?!~

花橘 しのぶ
キャラ文芸
生まれつきの顔の痣がコンプレックスの後宮妃、蘭月(らんげつ)。 素顔はほぼ別人の地味系女子だが、他の誰にも負けない高い化粧スキルを持っている。 豪商として名を馳せている実家でも、化粧スキルを活かした商品開発で売上を立てていたものの、それを妬んだ兄から「女なのに生意気だ」と言われ、勝手に後宮入りさせられる。 後宮の妃たちからは、顔面詐欺級の化粧と実家の悪名により、完全無欠の美貌を持つ悪女と思われているのだった。 とある宴が終わった夜、寝床を抜け出した先で出会ったのは、幼いもふもふ獅子の瑞獣、白沢(はくたく)。そして、皇帝―漣龍(れんりゅう)だった。 すっぴんを見せたくないのにも関わらず、ぐいぐいと迫ってくる漣龍。 咄嗟に「蘭月付の侍女である」と嘘をつくと、白沢を保護して様子を定期報告するよう頼まれる。 蘭月付の侍女として、後宮妃として、2つの姿での後宮ライフが始まっていく。 素顔がバレないよう、後宮妃としてはひっそり過ごそうと決めたものの、化粧をきっかけに他の妃たちとの距離もだんだんと縮まり、後宮内でも目立つ存在になっていって——?! すっぴんはひた隠したい化粧姫蘭月と、そんな彼女を自分のものにしたい皇帝の中華後宮恋愛ファンタジー!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

処理中です...