16 / 42
16 野球とバスケ ▶月森side
しおりを挟む
「じゃあ、そこで手広げてディフェンスだ」
「は、はいっ」
「ファウルしてでも死ぬ気で阻止しろ」
「え……ファウルはダメですよね?」
思わず出た俺の口答えに、先輩は「っるっせぇ」と顔をしかめた。
「いいからお前は、ファウルとか気にしねぇで死ぬ気で阻止すりゃいいんだよ。わかったか?」
「は、はいっ」
まだ基礎練しかしていない俺が先輩のディフェンスをっ!
もうなにがなんだかわからないまま、とにかく必死でゴールを守った。
先輩は、最初は俺の動きを見るように、そしてだんだんスピードを上げていく。ファウルをしながらもなんとか喰らいつく俺に「……へぇ」と先輩の口角が片方だけ上がった。
「ま、準備運動はこれくらいだ」
「えっ、今の準備運動っ?!」
「こっから本気でいくぞ、時代錯誤」
「……っ」
それ名前じゃないですーー!!
先輩の動きが急に速くなって、一気に俺のファウルの回数が増える。
でもファウルでもしなきゃ無理だよこんなのっ!
「それファウルだっつってんだろ!」
「は、はいっ」
「もっと腰落とせ!」
「はいっ」
「おい! またファウル!」
「す、すみませんっ!」
「ボール奪ってみろって!」
「っむ、無理ですっ」
「じゃあ野球に戻れ!」
「嫌ですっ! ……えっ? あ……」
一瞬の気の緩みであっという間に抜かれた瞬間、シュートの決まる音。
なんか野球って聞こえた気がしたけど……まさか気のせいだよね。
でも、何度もファウルしちゃったけど、何度も注意されたけど、結構長くゴールを守れた気がするっ。
「お前、なんでバスケ入った?」
「えっ」
中村先輩のシュート姿に惚れちゃったので! とは言えなくて口をつぐむ。
「すげぇバッターで有名らしいじゃん。野球部からも声かけられてんじゃねぇの?」
やっぱり聞き間違いじゃなかった! 中村先輩が俺のことを知ってた! 名前だけじゃなく野球のことまで!
まじかっ。やばいっ。超嬉しいっ。やばいっ!
「おい、聞いてんのかよ」
「は、き、聞いてますっ……ません!」
「あ? どっちだよ」
「バ、バッターで有名ってとこは聞こえました! でも、ゆ、有名までじゃないです全然っ」
「俺でも知ってんだから有名だろ。もったいねぇな。なんでバスケなんだよ」
「俺はバスケがしたいんです!」
中村先輩みたいになりたいんです! ……って言いたい!!
「ふん。バカだな」
「え」
先輩がTシャツの胸元をつかみ上げて顔の汗を拭いながら、「野球行っときゃいいのに」と吐き出した。
……ああ、俺はきっと才能がないんだ。今ので先輩に見限られたんだと悟る。
俺は、しばらく再起不能になった。
◇
「月森ー。秋人が来てるぞ?」
「……は、誰それ」
「秋人だよ、秋人のそっくりさん」
「そっく…………そっくりさんっ?!」
ガタンと椅子を鳴らし立ち上がって思わず叫んだ。
教室の入口に視線を向けると、先輩がこっちを見て睨んでる。
なっ! なんで中村先輩がっ!
なんで一年の教室にっ?!
「おい、時代錯誤」
「は、はひっ!」
「ちょっと来い」
「ひぁいっ!」
また緊張でうまく歩けない。いや緊張だけじゃない。俺はあれから三日も部活をサボってる。
何を言われるんだろう。どうしよう、リンチかもしれないっ!
なんとか先輩の所までたどり着くと「お前亀なのか?」とさらに睨まれた。
「に、人間である、と思われる、です!」
緊張でわけのわからないことを口走って、後ろでみんなが爆笑した。
ぐあーっ! 恥ずかしすぎるっ!
でも、先輩は少しも笑ってない。それどころかめちゃくちゃ怒ってる。
「お前、バスケ辞めんの?」
「…………」
「おい?」
「…………」
だって先輩に見限られたら、続ける意味がない。
「また朝練来ると思って待ってたのに来ねぇしよ」
「…………え?」
「朝練どころか部活にも来ねぇじゃん。なんなのお前」
「な……んて……言いました、か?」
「はぁ?」
「今……俺を待ってたって……言いました?」
「それがなんだよ」
「……っ!」
え、なんで? なんで先輩が俺を待つの?
野球に行けって言ったのは先輩なのに、どういうこと?!
「辞めんのバスケ」
「や、だって……野球に行けって言われたから……」
「は? 誰に?」
「え……先輩に……」
「誰だよ、先輩って」
「え……」
「誰?」
「な、中村先輩、です、けど」
「はぁ? 言ってねぇよそんなこと」
「い、言いましたよ! 野球行っときゃいいのにって! バカだなって!」
先輩がポカンとした顔をして「ああ、それは言ったけど」と、こともなげに言う。
「な、なんなんですか……俺のことからかってるんですか……?」
「全然?」
「じゃあ、なんなんですか……」
「俺はただ、野球続けりゃすげぇ選手になるだろうなって思っただけだ」
褒められてるのに……全然嬉しくない。
「……どうせ……俺はバスケの才能なんかないですよ……」
「は? 誰がそんなこと言ったよ」
「だから中村先輩です!」
「言ってねぇっつの。お前はバスケでもきっと最高の選手になるよ」
「……っ、え」
「でもプロって考えたら、長くやってる野球のほうが可能性あるだろ。だからバカだなっつったんだ」
「え……いや、……え?」
プロって……え?
話がぶっ飛びすぎて意味がわからない。
今のはまるで、俺が野球を続ければプロになれるって言ってるみたいに聞こえる。
「お前の動体視力半端じゃねぇよ。野球続けたらすげぇ奴になると思うぜ?」
「……いや、ないですよ。買い被りすぎです」
「まだ野球部から声かかってんだろ?」
「か……かかって……ますけど、そんなんでもないです……」
「ふぅん。で、バスケ辞めんの?」
「や、辞めません!」
「ふん。じゃあ今日はちゃんと来いよ」
「は、はい!」
「それから朝もな。しごいてやるから覚悟しとけ」
先輩が口角を片方だけ上げ、背中を向けて去っていく。
俺は先輩に見限られてなかった。認められたんだ。
憧れて入部しても近寄ることもできなかった中村先輩に……まさかのしごかれ? マンツーマン? 毎日?!
「や…………やったーーーーっっ!!」
思わず拳を上げて大声で叫ぶ。
廊下の先で中村先輩が振り返り、クッと笑ったのが見えた。
「は、はいっ」
「ファウルしてでも死ぬ気で阻止しろ」
「え……ファウルはダメですよね?」
思わず出た俺の口答えに、先輩は「っるっせぇ」と顔をしかめた。
「いいからお前は、ファウルとか気にしねぇで死ぬ気で阻止すりゃいいんだよ。わかったか?」
「は、はいっ」
まだ基礎練しかしていない俺が先輩のディフェンスをっ!
もうなにがなんだかわからないまま、とにかく必死でゴールを守った。
先輩は、最初は俺の動きを見るように、そしてだんだんスピードを上げていく。ファウルをしながらもなんとか喰らいつく俺に「……へぇ」と先輩の口角が片方だけ上がった。
「ま、準備運動はこれくらいだ」
「えっ、今の準備運動っ?!」
「こっから本気でいくぞ、時代錯誤」
「……っ」
それ名前じゃないですーー!!
先輩の動きが急に速くなって、一気に俺のファウルの回数が増える。
でもファウルでもしなきゃ無理だよこんなのっ!
「それファウルだっつってんだろ!」
「は、はいっ」
「もっと腰落とせ!」
「はいっ」
「おい! またファウル!」
「す、すみませんっ!」
「ボール奪ってみろって!」
「っむ、無理ですっ」
「じゃあ野球に戻れ!」
「嫌ですっ! ……えっ? あ……」
一瞬の気の緩みであっという間に抜かれた瞬間、シュートの決まる音。
なんか野球って聞こえた気がしたけど……まさか気のせいだよね。
でも、何度もファウルしちゃったけど、何度も注意されたけど、結構長くゴールを守れた気がするっ。
「お前、なんでバスケ入った?」
「えっ」
中村先輩のシュート姿に惚れちゃったので! とは言えなくて口をつぐむ。
「すげぇバッターで有名らしいじゃん。野球部からも声かけられてんじゃねぇの?」
やっぱり聞き間違いじゃなかった! 中村先輩が俺のことを知ってた! 名前だけじゃなく野球のことまで!
まじかっ。やばいっ。超嬉しいっ。やばいっ!
「おい、聞いてんのかよ」
「は、き、聞いてますっ……ません!」
「あ? どっちだよ」
「バ、バッターで有名ってとこは聞こえました! でも、ゆ、有名までじゃないです全然っ」
「俺でも知ってんだから有名だろ。もったいねぇな。なんでバスケなんだよ」
「俺はバスケがしたいんです!」
中村先輩みたいになりたいんです! ……って言いたい!!
「ふん。バカだな」
「え」
先輩がTシャツの胸元をつかみ上げて顔の汗を拭いながら、「野球行っときゃいいのに」と吐き出した。
……ああ、俺はきっと才能がないんだ。今ので先輩に見限られたんだと悟る。
俺は、しばらく再起不能になった。
◇
「月森ー。秋人が来てるぞ?」
「……は、誰それ」
「秋人だよ、秋人のそっくりさん」
「そっく…………そっくりさんっ?!」
ガタンと椅子を鳴らし立ち上がって思わず叫んだ。
教室の入口に視線を向けると、先輩がこっちを見て睨んでる。
なっ! なんで中村先輩がっ!
なんで一年の教室にっ?!
「おい、時代錯誤」
「は、はひっ!」
「ちょっと来い」
「ひぁいっ!」
また緊張でうまく歩けない。いや緊張だけじゃない。俺はあれから三日も部活をサボってる。
何を言われるんだろう。どうしよう、リンチかもしれないっ!
なんとか先輩の所までたどり着くと「お前亀なのか?」とさらに睨まれた。
「に、人間である、と思われる、です!」
緊張でわけのわからないことを口走って、後ろでみんなが爆笑した。
ぐあーっ! 恥ずかしすぎるっ!
でも、先輩は少しも笑ってない。それどころかめちゃくちゃ怒ってる。
「お前、バスケ辞めんの?」
「…………」
「おい?」
「…………」
だって先輩に見限られたら、続ける意味がない。
「また朝練来ると思って待ってたのに来ねぇしよ」
「…………え?」
「朝練どころか部活にも来ねぇじゃん。なんなのお前」
「な……んて……言いました、か?」
「はぁ?」
「今……俺を待ってたって……言いました?」
「それがなんだよ」
「……っ!」
え、なんで? なんで先輩が俺を待つの?
野球に行けって言ったのは先輩なのに、どういうこと?!
「辞めんのバスケ」
「や、だって……野球に行けって言われたから……」
「は? 誰に?」
「え……先輩に……」
「誰だよ、先輩って」
「え……」
「誰?」
「な、中村先輩、です、けど」
「はぁ? 言ってねぇよそんなこと」
「い、言いましたよ! 野球行っときゃいいのにって! バカだなって!」
先輩がポカンとした顔をして「ああ、それは言ったけど」と、こともなげに言う。
「な、なんなんですか……俺のことからかってるんですか……?」
「全然?」
「じゃあ、なんなんですか……」
「俺はただ、野球続けりゃすげぇ選手になるだろうなって思っただけだ」
褒められてるのに……全然嬉しくない。
「……どうせ……俺はバスケの才能なんかないですよ……」
「は? 誰がそんなこと言ったよ」
「だから中村先輩です!」
「言ってねぇっつの。お前はバスケでもきっと最高の選手になるよ」
「……っ、え」
「でもプロって考えたら、長くやってる野球のほうが可能性あるだろ。だからバカだなっつったんだ」
「え……いや、……え?」
プロって……え?
話がぶっ飛びすぎて意味がわからない。
今のはまるで、俺が野球を続ければプロになれるって言ってるみたいに聞こえる。
「お前の動体視力半端じゃねぇよ。野球続けたらすげぇ奴になると思うぜ?」
「……いや、ないですよ。買い被りすぎです」
「まだ野球部から声かかってんだろ?」
「か……かかって……ますけど、そんなんでもないです……」
「ふぅん。で、バスケ辞めんの?」
「や、辞めません!」
「ふん。じゃあ今日はちゃんと来いよ」
「は、はい!」
「それから朝もな。しごいてやるから覚悟しとけ」
先輩が口角を片方だけ上げ、背中を向けて去っていく。
俺は先輩に見限られてなかった。認められたんだ。
憧れて入部しても近寄ることもできなかった中村先輩に……まさかのしごかれ? マンツーマン? 毎日?!
「や…………やったーーーーっっ!!」
思わず拳を上げて大声で叫ぶ。
廊下の先で中村先輩が振り返り、クッと笑ったのが見えた。
220
お気に入りに追加
212
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
僕の罪と君の記憶
深山恐竜
BL
——僕は17歳で初恋に落ちた。
そしてその恋は叶った。僕と恋人の和也は幸せな時間を過ごしていたが、ある日和也から別れ話を切り出される。話し合いも十分にできないまま、和也は交通事故で頭を打ち記憶を失ってしまった。
もともと和也はノンケであった。僕は恋仲になることで和也の人生を狂わせてしまったと負い目を抱いていた。別れ話をしていたこともあり、僕は記憶を失った和也に自分たちの関係を伝えなかった。
記憶を失い別人のようになってしまった和也。僕はそのまま和也との関係を断ち切ることにしたのだが……。
なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
相槌を打たなかったキミへ
ことわ子
BL
カメラマンの平凡ノンケ攻め×ホストの美形ビッチ受け。
一人で写真スタジオを営んでいる都井心広(とい みひろ)とホストの苗加笑也(なえか えみや)は高校の同級生。
三年間同じクラスだったが、グループが違ったため一度も話した事がなかった。それどころか、陽キャグループにいた心広は、大人しく暗い笑也の事を少し引いた目で見ていた。
そのまま時は過ぎ、大人になった二人は偶然再会する。
ホストとカメラマン。
元同級生で性格は真逆。
だったはずなのに──?
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる