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2 新たな共同生活
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コーヒーを飲みながら、月森の家をゆっくりと眺めた。
キッチンにソファにベッド、一部屋にすべて収まっている。
ワンルームかと思った時、ドアが目に入った。
「月森、あのドアってトイレ?」
「いえ、トイレはあっちです」
月森が玄関のすぐ横のドアを指さす。
「ん? じゃあこっちのドアは? もう一部屋あるの?」
ありますよ、と言いながら月森は立ち上がり、ドアを開いて見せてくれる。そばに寄って覗き込むと、中にはもう一つベッドがあった。ということはこっちが寝室なんだろう。
なんでベッドが二つ、なんて聞かなくてもわかる。俺が図々しく持ち込んだんだろう。
しかもリビングにドンと!
なんて迷惑な!
「あ、こっちが先輩のベッドですよ? リビングが俺のです」
「えっ? 俺、君の寝室まで奪ったの?」
どんだけ図々しいんだ!
「あ、違いますよ? もともとです。広すぎてこっちの部屋が余ってたんです」
「余ってた……って、なんでそんな無駄なとこ選んだの?」
「ワンルームでもよかったんですけど、家賃がほとんど変わらなかったので、なら広いほうがいいかなって」
「いや家賃変わるよね?」
「このアパート、古いから安いんです」
「新しいワンルームのほうが絶対いいよ。なんで古いほうにしたの?」
「こっちのほうが会社に近かったので」
「……あー、なるほど……」
俺が納得したところで、月森が吹き出した。
「なに、どうしたの?」
「やっぱり中村先輩だなって思って」
「え?」
「初めて先輩がこの部屋に来た時も、まったく同じ会話をしたんです」
「……そう、なんだ」
月森がクスクス笑って「そうなんです」と目尻を下げる。
「……じゃあさ。もしかしてだけど、家賃半分持つから余ってる部屋俺にちょうだい、とか言った?」
隣に立つ月森を見上げると、一瞬びっくりした顔をしてから笑った。
「はい、言いました」
やっぱり言ったんだな……。
会社の徒歩圏内で、部屋が余ってて、一緒に住めば家賃も半分で済む。月森は優しくて、笑うとどこか可愛いくて、なんか一緒にいて落ち着くし、そんな好条件飛びつくに決まってる。
「ところでさ。俺、ここに越してきたばっかなの?」
俺がもらったという部屋には、荷物が入ったまま口の開いたダンボールが壁際にいくつか置かれていた。
俺が入社四年目だというから、月森の一人暮らしは三年目だろう。同居までは意外に長かったのかな。
「いえ、もう二年ちょっと経ちました」
「えっ? もう二年も住んでるのにダンボールのまま? 俺ってそんなガサツなの?」
驚いて月森を仰ぎ見ると、ふいっと視線をそらしてソファへと戻っていく。
「月森?」
「先輩はガサツじゃないです。綺麗好きだし」
「え、じゃあこのダンボールはなんで?」
「それは……俺にもわかりません」
どこか不自然に視線をそらす月森が気になり、追いかけて顔を覗き込んだ。
しかし俺の思い違いだったのか、月森はニコッと微笑んで俺にノートとペンを渡してくる。
「え、なに?」
「先輩が聞きたいこと、なんでも聞いてください。いっぺんに全部は覚えられないと思うし、メモ取ったほうがいいかなって思って」
「あ、ありがとう。気が利くね。……実はさ。仕事のこと、君に教えてもらわなきゃなって思ってたんだ。……システムエンジニア、だっけ? 俺、使い物になるのかな。……やれば思い出せるかな」
「あ、仕事は大丈夫ですよ。記憶が戻るまでは補佐に回る予定です。だから心配ないです」
「え……そうなの?」
「はい。部長と相談して、しばらくはそれでってことになってます」
入院中に一度、様子を見に来てくれた上司がいた。たしかあの人が部長だった。
しばらく休んでいいとも言われたが、身体は元気だし何がきっかけで思い出せるかわからないから、なるべく今まで通りの生活がしたいとわがままを言った。
自分から出社を申し出たのに、行ったところで使い物になるのかと実はかなり不安だった。
記憶が戻るまでは補佐に回れるんだ、とホッとしつつ、でも戻らなかったら……と不安がよぎる。
しかし、そんな俺の不安を月森が吹き飛ばしてくれた。
「それに、もし記憶が戻らなくても、また一から教え込めばいいだろって部長が。新人研修と同じだって。あいつはできる奴だとわかってるから安心だって笑ってました」
システムエンジニアなんて技術職、誰にでもできる仕事じゃない。記憶が戻らなければいつまでもお荷物になる。その時は退職も考えるしかないと思っていた。
まさか記憶が戻らない可能性まで考慮してくれているとは思っていなかった。
「だから何も心配ないですよ」
ふわっと優しく月森が笑う。
月森のあたたかい言葉と優しさに、俺は目覚めてから初めて心が震えて感情があふれ、目頭が熱くなった。
「そうだ、ちゃんと自己紹介してなかったですね。俺、月森直弥って言います」
「月森……直弥……」
「また今日から、よろしくお願いします。中村先輩」
「……うん。こちらこそ、よろしくね」
キッチンにソファにベッド、一部屋にすべて収まっている。
ワンルームかと思った時、ドアが目に入った。
「月森、あのドアってトイレ?」
「いえ、トイレはあっちです」
月森が玄関のすぐ横のドアを指さす。
「ん? じゃあこっちのドアは? もう一部屋あるの?」
ありますよ、と言いながら月森は立ち上がり、ドアを開いて見せてくれる。そばに寄って覗き込むと、中にはもう一つベッドがあった。ということはこっちが寝室なんだろう。
なんでベッドが二つ、なんて聞かなくてもわかる。俺が図々しく持ち込んだんだろう。
しかもリビングにドンと!
なんて迷惑な!
「あ、こっちが先輩のベッドですよ? リビングが俺のです」
「えっ? 俺、君の寝室まで奪ったの?」
どんだけ図々しいんだ!
「あ、違いますよ? もともとです。広すぎてこっちの部屋が余ってたんです」
「余ってた……って、なんでそんな無駄なとこ選んだの?」
「ワンルームでもよかったんですけど、家賃がほとんど変わらなかったので、なら広いほうがいいかなって」
「いや家賃変わるよね?」
「このアパート、古いから安いんです」
「新しいワンルームのほうが絶対いいよ。なんで古いほうにしたの?」
「こっちのほうが会社に近かったので」
「……あー、なるほど……」
俺が納得したところで、月森が吹き出した。
「なに、どうしたの?」
「やっぱり中村先輩だなって思って」
「え?」
「初めて先輩がこの部屋に来た時も、まったく同じ会話をしたんです」
「……そう、なんだ」
月森がクスクス笑って「そうなんです」と目尻を下げる。
「……じゃあさ。もしかしてだけど、家賃半分持つから余ってる部屋俺にちょうだい、とか言った?」
隣に立つ月森を見上げると、一瞬びっくりした顔をしてから笑った。
「はい、言いました」
やっぱり言ったんだな……。
会社の徒歩圏内で、部屋が余ってて、一緒に住めば家賃も半分で済む。月森は優しくて、笑うとどこか可愛いくて、なんか一緒にいて落ち着くし、そんな好条件飛びつくに決まってる。
「ところでさ。俺、ここに越してきたばっかなの?」
俺がもらったという部屋には、荷物が入ったまま口の開いたダンボールが壁際にいくつか置かれていた。
俺が入社四年目だというから、月森の一人暮らしは三年目だろう。同居までは意外に長かったのかな。
「いえ、もう二年ちょっと経ちました」
「えっ? もう二年も住んでるのにダンボールのまま? 俺ってそんなガサツなの?」
驚いて月森を仰ぎ見ると、ふいっと視線をそらしてソファへと戻っていく。
「月森?」
「先輩はガサツじゃないです。綺麗好きだし」
「え、じゃあこのダンボールはなんで?」
「それは……俺にもわかりません」
どこか不自然に視線をそらす月森が気になり、追いかけて顔を覗き込んだ。
しかし俺の思い違いだったのか、月森はニコッと微笑んで俺にノートとペンを渡してくる。
「え、なに?」
「先輩が聞きたいこと、なんでも聞いてください。いっぺんに全部は覚えられないと思うし、メモ取ったほうがいいかなって思って」
「あ、ありがとう。気が利くね。……実はさ。仕事のこと、君に教えてもらわなきゃなって思ってたんだ。……システムエンジニア、だっけ? 俺、使い物になるのかな。……やれば思い出せるかな」
「あ、仕事は大丈夫ですよ。記憶が戻るまでは補佐に回る予定です。だから心配ないです」
「え……そうなの?」
「はい。部長と相談して、しばらくはそれでってことになってます」
入院中に一度、様子を見に来てくれた上司がいた。たしかあの人が部長だった。
しばらく休んでいいとも言われたが、身体は元気だし何がきっかけで思い出せるかわからないから、なるべく今まで通りの生活がしたいとわがままを言った。
自分から出社を申し出たのに、行ったところで使い物になるのかと実はかなり不安だった。
記憶が戻るまでは補佐に回れるんだ、とホッとしつつ、でも戻らなかったら……と不安がよぎる。
しかし、そんな俺の不安を月森が吹き飛ばしてくれた。
「それに、もし記憶が戻らなくても、また一から教え込めばいいだろって部長が。新人研修と同じだって。あいつはできる奴だとわかってるから安心だって笑ってました」
システムエンジニアなんて技術職、誰にでもできる仕事じゃない。記憶が戻らなければいつまでもお荷物になる。その時は退職も考えるしかないと思っていた。
まさか記憶が戻らない可能性まで考慮してくれているとは思っていなかった。
「だから何も心配ないですよ」
ふわっと優しく月森が笑う。
月森のあたたかい言葉と優しさに、俺は目覚めてから初めて心が震えて感情があふれ、目頭が熱くなった。
「そうだ、ちゃんと自己紹介してなかったですね。俺、月森直弥って言います」
「月森……直弥……」
「また今日から、よろしくお願いします。中村先輩」
「……うん。こちらこそ、よろしくね」
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