【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

文字の大きさ
上 下
55 / 154

55 ごあいさつが先です

しおりを挟む
 敦司と美香ちゃんにお礼を言って、敦司の家をあとにする。
 冬磨の家はすぐそこだ。それでも俺たちは、また自然と手を繋いだ。

「敦司の彼女にそのうち見られるかもだな。どうする?」
「うん。今日はもう遅いしどうしようかなって思ったけど、今度ゆっくり俺のこと話そうと思う。美香ちゃんなら……大丈夫かなって思うから」

 うん。きっと大丈夫。だって美香ちゃんだもん。
 エレベーターに乗り込んで、動き出すと同時に冬磨が口を開いた。

「……嫉妬されるかもよ?」
「え?」
「俺が敦司に嫉妬するみたいにさ」

 そう言われて急に不安になった。

「そ……そう、かな。どうしよう……」

 俺は敦司をそういう目で見たことがないから思いも寄らなかった。
 そっか……俺は美香ちゃんの嫉妬の対象になっちゃうんだ……。

「……なんてな? 大丈夫だって。俺が大好きだーっていっぱいアピールしとけ。ほかは誰も目に入りません。って、ちょっと大げさに言っとけばいいさ」
「……そんなの、大げさじゃなくてもいっぱいアピールできるよ。だって本当に誰も目に入んないもん」

 ぎゅっと繋いだ手に力を込める。
 すると、エレベーターを降りてからの冬磨の歩くスピードが倍くらいに早くなった。

「え、冬磨?」

 鍵を開けてドアを開き、引っ張られるように中に入ったとたんに、痛いくらいに抱きしめられる。

「天音」
「と、冬磨……んっ……」

 後頭部に手を添えられて、優しくキスをされた。
 優しいけれど、どこか余裕のなさそうなキス。

「……ん……っ、……ンぅ……っ……」

 冬磨の熱い舌が、ゆっくりと俺を溶かしていった。
 冬磨のジャケットをぎゅっと掴む手が震える。

「は……ぁ……」

 どうしよう……キスだけなのに、身体が反応しちゃう……。
 ベッドでは気づかなかった。冬磨のキスは、頭がぼうっとして立っているのもやっとだった。

「……ぁ、……と……ま……」
「天音……」

 キスをしながら靴を脱ぐ冬磨に続いて俺も脱ぐ。
 すると、冬磨は突然俺を横抱きにした。

「えっ」
「いいよな?」
「な、なに……が?」

 冬磨にしがみつきながら聞き返す。

「このままベッドでいいよな?」
「えっ」

 返事を待たずに寝室に入ろうとする冬磨に、俺は慌てて声を上げた。

「だ、だめだよっ」
「え?」

 びっくりした顔をして冬磨の足が止まる。

「なんで?」
「だめだよっ。まだごあいさつしてないもんっ」
「ごあいさつ?」
「冬磨のご両親にごあいさつしてからだよっ」

 前に来たときは冬磨が心配すぎて、あいさつもなしにベッドに行った。
 でも、今日はちゃんとあいさつしないと。

「……天音、そんなのあとでいいって」
「だめっ。ちゃんとお邪魔しますって言ってからだよっ」
「……ムードは?」
「ご……ごあいさつが先っ」
「……そうか。これが天音か……」

 冬磨は諦めたように苦笑して、俺を横抱きにしたまま和室へと向かった。

「冬磨、先に手洗い……」
「ふはっ。いま言われると思った」

 手洗いを済ませて、仏壇の前に二人で腰を下ろす。
 冬磨はロウソクに火をつけて線香を上げると、手を合わせながら仏壇に話しかけた。

「父さん、母さん。天音が俺の恋人になってくれたよ。すげぇだろ?」

 驚いて冬磨を見る。
 え、いまの言い方って……俺のことご両親に話したことあるのかな。
 どんな話をしたんだろう。ものすごく気になった。

「俺いま人生で最高に幸せだから。安心してくれよな」

 人生で……最高に幸せ……。

「いいよ、天音」

 場所を譲ろうとした冬磨は、今にもこぼれそうな俺の涙を見て眉を下げた。

「抱きしめていい?」
「……こ、ここでは……」
「だめだよな? 言うと思った」

 と笑いながら俺の頭をくしゃっと撫でた。

 冬磨に続いて俺もお線香を上げる。
 手を合わせてから、俺も声に出したほうがいいのかな……? と悩んだけれど、恥ずかしいから心の中にした。
 
 冬磨のお父さん、お母さん、天音です。また夜遅くにお邪魔してしまいました。すみません。えっと……今日は謝りたいことがあります。僕は、冬磨の前でずっと演技をしていました。冬磨を騙していました。本当に……本当に申し訳ありません。それでも冬磨は僕を許してくれて、僕を好きだと言ってくれました。冬磨が僕を好きだなんて、まだ夢みたいで信じられません。でも、許されるならずっとずっと冬磨のそばにいたいです。大好きな冬磨のそばに、できれば……ずっと……永遠に……。僕なんかが冬磨のそばにいること、どうかどうか……お許しください。

 目を開けると、案の定、冬磨がクスクスと笑った。

「父さんも母さんも、天音が可愛いって言ってるよ。大好きだってさ」

 そんな言葉は聞こえるはずがないってわかっているけれど、冬磨のその優しい嘘が泣きたくなるほど嬉しかった。

「ありがと……冬磨」
「あ、信じてねぇな?」
「ううん。信じてる」

 二人で目を見合わせてクスクス笑った。
 
 
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

処理中です...