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23 喜んじゃった……ばかみたい……
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二人で余韻に浸ったあと、冬磨はタバコを手にする前に俺の太ももに何個もキスマークを付けた。
「ふん。対抗してみろ。ばーか」
と、また勝ち誇った顔をする。
お願いだからあまり可愛いことをしないでほしい。顔がゆるんで仕方がない。
そのキスマークは、ただ俺が眺めて幸せになるだけなのに。
「天音……笑うなって。頼むからクソセフレのことではお前はもう笑うな」
「ぷはっ」
複雑そうな顔で懇願されて、吹き出さずにはいられなかった。
まさかキスマークでこんな可愛い冬磨が見られるなんて思いもしなかった。
さっきはすぐに無表情に戻れたのに今は無理。少し笑顔になろうって決めたし、いいよね。
いつまでも笑いの止まらない俺を見て、冬磨は驚いた顔で、そして懐かしそうに微笑んだ。
「……そんな笑顔、初めて合った日以来だな」
バーで思わず笑ったときの顔。冬磨が『吹雪の子』を思い出した顔。俺の……素の笑顔。
本当の俺はこっちだよ、と教えたら冬磨はどう思うだろう。
……きっと、ギャップがなくなってつまらないだろうな。
冬磨はただ、無表情なビッチ天音の貴重な笑顔を見たいだけだ。
ベッドの背に寄りかかった冬磨は、タバコに火をつけながら「お前さ」と切り出し、そして黙り込んだ。
「なに?」
先をうながすと、じっと俺を見つめてくる。そして、また正面を向いて静かにタバコの煙を吐き出した。
「お前さ。他の奴とは……前からすんの?」
「……え?」
今なにを聞かれたんだろう、と思わず素の声が出た。
どうしてそんなことを聞くんだろう。
心臓がドクドクする。なんで他のセフレを気にするの?
俺のセフレを気にするってことは、俺のことを気にしてるってことだよね?
特別深い意味はないんだろうけど、変な期待をしちゃそうになる。
とにかくビッチ天音っぽく答えなきゃ。
「だから、俺は前は嫌いだっつってんだろ」
「てことは、やってねぇんだな?」
「ねぇよ。やるわけねぇじゃん。お前がしつこいからやったんだろ」
「……そっか。うん、前はやめとけ。お前、前禁止な」
突然禁止と言われて意味がわからなくて目を瞬いた。
それって冬磨とも……?
そんなの嫌なんだけど……。
「ふうん。……じゃあ冬磨ともまた後ろだけだな」
「は? 違う。俺は解禁。俺以外は禁止」
「……なんだそれ」
冬磨の言い方がおかしくて笑いそうになりながらもホッとした。
せっかく冬磨の顔が見られるようになったのに禁止になったら嫌だ。
「天音、後ろより前が好きだって言ったしな?」
「……は? 言ってねぇよ」
「言ったじゃん」
え、言ったっけ……?
俺は首をかしげた。
あ、そういえば、何かを好きかと聞かれたから、冬磨が好きって思いながら「好き」をくり返した。
あれは後ろより前が好きかって聞かれてたんだ。
でも、どっちにしても、後ろより前のほうが好きに決まってる。
冬磨の顔が見られて幸せすぎるもん。
目を見られても大丈夫なら、俺もはもう……ずっと前からがいい。
「今日は泊まるか? お前明日休みだろ? たまにはゆっくりしようぜ」
冬磨の言葉に、俺は「え……」と驚いて固まった。
明日が休みだってことを、なぜ冬磨は知ってるんだろう。
俺は冬磨に自分の仕事については何も教えていない。ビッチ天音になりきるために毎回着替えて会っているから、スーツを見られたことだってない。
リュックの中身を見られた……?
「あれ? 休みじゃなかった? 俺、読み間違ったか?」
「……読み?」
「お前いつ誘っても必ずシャワー入るじゃん? 入ってくることってねぇから、これはきっと平日びっちり仕事だなって。暦どおり土日が休みの仕事かなって思って。だから今日誘ったんだけど」
「あ……そういう……」
びっくりした。いろいろ嘘をついているから、嘘じゃないことでも見破られると心臓に悪い。
ホッと息をついて、あらためて冬磨の言葉を思い出す。
俺が明日休みだと読んで、今日誘ったと冬磨は言った。
俺が明日休みだと……読んで……。
う、嘘でしょ……っ。冬磨は今日、最初から泊まるつもりだったってこと……っ?
嬉しい嬉しいやばいどうしよっ。
朝まで冬磨と一緒にいられるなんて嘘みたいっ。どうしようどうしようっ、嬉しいっ!
俺の脳内が花畑でいられたのは一瞬だった。
サッと一気に熱が冷める。
……だめだ。無理だ。気持ちがだだ漏れるに決まってる。
最中以外はちゃんとビッチ天音でいないとだめなのに……。そんなの無理じゃん……。
この一回のせいで、この先ずっと会えなくなるかもしれないじゃん……。
想像するだけで怖くて身震いがした。
ビッチ天音らしく無表情で冬磨を見返しながら、布団の中で手をぎゅっと握りしめた。
「……勘弁しろよ、泊まりとか。恋人じゃねぇんだからさ。そういうの無理」
せっかく誘ってくれたのに……ごめんね、冬磨。
可愛くないことばっかり言って、本当にごめんなさい……。
俺も朝まで冬磨と一緒に過ごしてみたかったよ……。
「……っとに、お前の二面性やばいな? あーもー……。突っ込んでるときの可愛い天音に言うんだった」
なんで……どうして冬磨。そんなに俺と一緒に泊まりたかった?
激しい喜びが心に湧き起こった。
けれど、その心は急激に冷えていく。
……違う。きっと金曜日はいつも泊まりなんだ。だからセフレと会うのは金曜日ばかりだったんだ。他のセフレは、俺みたいに二時間の休憩なんかじゃなかったんだ……。
ばかみたい。喜んじゃった。
……本当にばかみたい。
「ふん。対抗してみろ。ばーか」
と、また勝ち誇った顔をする。
お願いだからあまり可愛いことをしないでほしい。顔がゆるんで仕方がない。
そのキスマークは、ただ俺が眺めて幸せになるだけなのに。
「天音……笑うなって。頼むからクソセフレのことではお前はもう笑うな」
「ぷはっ」
複雑そうな顔で懇願されて、吹き出さずにはいられなかった。
まさかキスマークでこんな可愛い冬磨が見られるなんて思いもしなかった。
さっきはすぐに無表情に戻れたのに今は無理。少し笑顔になろうって決めたし、いいよね。
いつまでも笑いの止まらない俺を見て、冬磨は驚いた顔で、そして懐かしそうに微笑んだ。
「……そんな笑顔、初めて合った日以来だな」
バーで思わず笑ったときの顔。冬磨が『吹雪の子』を思い出した顔。俺の……素の笑顔。
本当の俺はこっちだよ、と教えたら冬磨はどう思うだろう。
……きっと、ギャップがなくなってつまらないだろうな。
冬磨はただ、無表情なビッチ天音の貴重な笑顔を見たいだけだ。
ベッドの背に寄りかかった冬磨は、タバコに火をつけながら「お前さ」と切り出し、そして黙り込んだ。
「なに?」
先をうながすと、じっと俺を見つめてくる。そして、また正面を向いて静かにタバコの煙を吐き出した。
「お前さ。他の奴とは……前からすんの?」
「……え?」
今なにを聞かれたんだろう、と思わず素の声が出た。
どうしてそんなことを聞くんだろう。
心臓がドクドクする。なんで他のセフレを気にするの?
俺のセフレを気にするってことは、俺のことを気にしてるってことだよね?
特別深い意味はないんだろうけど、変な期待をしちゃそうになる。
とにかくビッチ天音っぽく答えなきゃ。
「だから、俺は前は嫌いだっつってんだろ」
「てことは、やってねぇんだな?」
「ねぇよ。やるわけねぇじゃん。お前がしつこいからやったんだろ」
「……そっか。うん、前はやめとけ。お前、前禁止な」
突然禁止と言われて意味がわからなくて目を瞬いた。
それって冬磨とも……?
そんなの嫌なんだけど……。
「ふうん。……じゃあ冬磨ともまた後ろだけだな」
「は? 違う。俺は解禁。俺以外は禁止」
「……なんだそれ」
冬磨の言い方がおかしくて笑いそうになりながらもホッとした。
せっかく冬磨の顔が見られるようになったのに禁止になったら嫌だ。
「天音、後ろより前が好きだって言ったしな?」
「……は? 言ってねぇよ」
「言ったじゃん」
え、言ったっけ……?
俺は首をかしげた。
あ、そういえば、何かを好きかと聞かれたから、冬磨が好きって思いながら「好き」をくり返した。
あれは後ろより前が好きかって聞かれてたんだ。
でも、どっちにしても、後ろより前のほうが好きに決まってる。
冬磨の顔が見られて幸せすぎるもん。
目を見られても大丈夫なら、俺もはもう……ずっと前からがいい。
「今日は泊まるか? お前明日休みだろ? たまにはゆっくりしようぜ」
冬磨の言葉に、俺は「え……」と驚いて固まった。
明日が休みだってことを、なぜ冬磨は知ってるんだろう。
俺は冬磨に自分の仕事については何も教えていない。ビッチ天音になりきるために毎回着替えて会っているから、スーツを見られたことだってない。
リュックの中身を見られた……?
「あれ? 休みじゃなかった? 俺、読み間違ったか?」
「……読み?」
「お前いつ誘っても必ずシャワー入るじゃん? 入ってくることってねぇから、これはきっと平日びっちり仕事だなって。暦どおり土日が休みの仕事かなって思って。だから今日誘ったんだけど」
「あ……そういう……」
びっくりした。いろいろ嘘をついているから、嘘じゃないことでも見破られると心臓に悪い。
ホッと息をついて、あらためて冬磨の言葉を思い出す。
俺が明日休みだと読んで、今日誘ったと冬磨は言った。
俺が明日休みだと……読んで……。
う、嘘でしょ……っ。冬磨は今日、最初から泊まるつもりだったってこと……っ?
嬉しい嬉しいやばいどうしよっ。
朝まで冬磨と一緒にいられるなんて嘘みたいっ。どうしようどうしようっ、嬉しいっ!
俺の脳内が花畑でいられたのは一瞬だった。
サッと一気に熱が冷める。
……だめだ。無理だ。気持ちがだだ漏れるに決まってる。
最中以外はちゃんとビッチ天音でいないとだめなのに……。そんなの無理じゃん……。
この一回のせいで、この先ずっと会えなくなるかもしれないじゃん……。
想像するだけで怖くて身震いがした。
ビッチ天音らしく無表情で冬磨を見返しながら、布団の中で手をぎゅっと握りしめた。
「……勘弁しろよ、泊まりとか。恋人じゃねぇんだからさ。そういうの無理」
せっかく誘ってくれたのに……ごめんね、冬磨。
可愛くないことばっかり言って、本当にごめんなさい……。
俺も朝まで冬磨と一緒に過ごしてみたかったよ……。
「……っとに、お前の二面性やばいな? あーもー……。突っ込んでるときの可愛い天音に言うんだった」
なんで……どうして冬磨。そんなに俺と一緒に泊まりたかった?
激しい喜びが心に湧き起こった。
けれど、その心は急激に冷えていく。
……違う。きっと金曜日はいつも泊まりなんだ。だからセフレと会うのは金曜日ばかりだったんだ。他のセフレは、俺みたいに二時間の休憩なんかじゃなかったんだ……。
ばかみたい。喜んじゃった。
……本当にばかみたい。
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