上 下
14 / 148

14 吹雪の子

しおりを挟む
 冬磨が気だるげに身体を起こし、ベッドの背に寄りかかってタバコに火をつけた。
 俺はいつもそんな冬磨の横で、力の入らない身体を休めることに集中する。
 二度目に抱かれた日、冬磨は余韻にひたる俺に「天音はタバコ吸う人?」と聞いてきた。吸わないと答えると「そっか」と言って身体を起こし、シャワーに行こうとする。

「冬磨は……? 吸うの?」
「やめたいんだけどな。なかなかやめられなくて」
「じゃあ……吸っていいよ」
「いいよ。外に出てからで」
「いいって。吸いたいんだろ? 慣れてるからいいよ」

 周りに吸う人はいないけど、俺はそう言った。

「でも、身体に悪いだろ」
「いいっつってんだろ……」
「……そ? ん、じゃあ……お言葉に甘えるかな」

 サンキュ、と頭をくしゃっと撫でられた。
 よかった。冬磨には何も我慢してほしくない。そのままの冬磨で俺の横にいてほしい。冬磨が吸うタバコなら嫌じゃない。

 あの日から冬磨は、終わったあとは俺の横で必ずタバコを吸う。
 その姿に、俺は毎回ときめいている。
 タバコを吸う冬磨……カッコイイ……。
 本当に神レベルだな……なんて思いながら冬磨を見つめた。
 どうして俺なんかが相手にしてもらえるんだろう。もうずっと気になっている。

「……なぁ。なんで……俺だったんだ?」
「ん? なにが?」
「だから……なんで俺をセフレにしたのかって聞いてんの。忙しいくらいセフレいんのに、なんで……?」

 新しい子はいらないと言っていたのに、冬磨のほうから俺を誘ってきた。何度考えてもその理由がわからない。

『新しいセフレは作らないって言っといてコイツは作ったじゃんっ。なんでっ?!』

 先日、バーで言われたあの言葉が頭から離れない。
 俺の本気じゃない演技がよかったんだろうか。
 でも、いままで冬磨に断られてきた人たちだって、みんながみんな本気の目をしていたわけじゃないだろうと思う。
 他の人と俺との違いはなんだったんだろう。

「なんで……か」

 冬磨はそう言葉をこぼし、どこか遠くを見つめてふわっと微笑んだ。

「お前見てたら思い出しちゃってさ」
「なにを?」
「吹雪の子」
「吹雪の子……?」
「うーん、半年前くらいかな? ああ、そうそう去年の年末だ。すげぇ吹雪の日にさ。すっげぇおっちょこちょいの可愛い奴に会ったんだよ」
「……へぇ」
「酒は派手にこぼすし、吹雪なのにマフラーは店に忘れるし、マジでおっちょこちょいでさ」

 話しながら、クスクスと冬磨が笑っている。
 酒に……マフラー…………?
 え……まさか……俺のこと……?
 去年の年末って時期も合ってる。
 俺は信じられない思いで冬磨を見上げた。手が震えだして、ぎゅっと布団を握りしめた。

「そんなのずっと忘れてたんだけど、お前の笑った顔見たら急に思い出して」

 ドクドクと心臓が暴れ出す。
 もしかして最初から全部バレてた……?
 冬磨の言う『可愛い奴』が俺だとわかっているなら、いまの俺は偽った姿だときっとバレてる……。

「なんかすげぇ綺麗な子だったんだよな。顔がっつーか、全部が。俺が手出しちゃ絶対だめって感じの子でさ。なんかいろいろ一生懸命で。一瞬見せた笑顔がすげぇキラキラしてて……。うん、とにかくすげぇ新鮮でさ」

 鼻の奥がツンとしてくる。
 まさか冬磨がそんな風に俺を見てたなんて……嘘みたいだ……。
 冬磨の目に、俺が綺麗な子として映っていたんだと知って、頬が火照って胸が熱くなる。

「顔とか全然覚えてねぇんだけど、雰囲気がお前に似てんのかな。思い出したらなんか懐かしくなって。あの子にはふれちゃだめだったけど、天音はいいかなって。……つってもただのきっかけだけどな?」

 俺だってバレてるわけじゃないんだ、とホッとしながら、胸が張り裂けそうになって息が詰まる。
 だめだ。このままだと気持ちがだだ漏れる。
 俺は慌てて冬磨に背中を向けた。

「天音?」

 そんな俺に、冬磨は「あ……」と声を上げ、うろたえるように謝ってきた。

「ご、ごめん、天音。ただのきっかけのつもりで話したけど、これすげぇ失礼な話だよな? 悪い! ごめんっ!」
「…………ほんと、失礼だな」

 きっとここは怒る場面。それなのに涙が出そうで声が震えた。どうしよう。冬磨に変に思われる。
 ビッチ天音ならなんて言うだろう。ビッチ天音なら……。

「……しらけた。先シャワー入るわ」

 重い身体をなんとか起こし、冬磨に背を向けたままベッドから降りる。冬磨から離れると、一気に気がゆるんで涙があふれ出した。
 やばい。早く行かなきゃ。

「天音ごめんっ。ほんと……っ」
「別に……どうでもいい。興味ねぇ」

 床に落ちてるバスローブを拾って羽織り、バスルームに向かう。
 涙がこらえきれずに頬をつたって流れ落ちた。
 冬磨への思いがあふれ出て、もう胸が張り裂けそう……。

「天音……」

 気遣うような冬磨の声色に、胸がぎゅぅっと苦しくなった。
 冬磨は俺が傷ついたと思って心を痛めてる。
 本当は真逆なのに。気が遠くなりそうなほど幸せで胸がいっぱいなのに。
 伝えたいけど伝えられない……。ごめんね、冬磨。

「しらけたってのは嘘。とりあえず理由がわかって満足した。あとはどうでもいい。そもそも俺たち、そういうの気にしない関係だろ」
「……天音」

 冬磨がこれ以上気にしないでくれたらいいなと願う。

 最高に嬉しい理由をありがとう、冬磨……。

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

【完結】なぜ、お前じゃなくて義妹なんだ!と言われたので

yanako
恋愛
なぜ、お前じゃなくて義妹なんだ!と言われたので

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

九月はまだこない

小林 小鳩
BL
※加筆修正しました。約8,000字増。(2023/03/06)   幼馴染BL 配達員×男の娘動画配信者   もうすぐ取り壊し予定の古い巨大団地に住む、岡井と荘野。 配達員である岡井の日々の楽しみは、みなもちゃんという男の娘の配信動画を観ること。みなもは性的な動画や写真で人気を集めている。彼にとってのみなもは、ひきこもり状態であった自分を救い出してくれた神様だ。 ところがみなもの正体は同じ団地に住む幼馴染の荘野であり、みなもの動画撮影を岡井は手伝うことになってしまう。撮影のため憧れのみなもとSMプレイに興じるが、その相手が大事な友達である荘野ということに岡井は戸惑う。そんな終わりのない夏休みのような毎日の中で、二人は関係を深めていく。 そしてみなもの元には嫌がらせや不審なメールが届くなど、問題続き。 やがて団地の立ち退き期限がせまっていく。   ※危険行為、性暴力、ハラスメント描写を含みます。 本作品はそのような行為を推奨するものではありません。

処理中です...