マスターの日常 短編集

たっこ

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知らぬ間に 1

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更新お待たせしました(> <。)
今回は、短編集? と首を傾げたくなるくらい長い……かもです^^;
見直し修正しつつ更新していきますので、毎日更新出来ない日があるもしれませんm(*_ _)m
今のところ、全5話の予定ですꕤ︎︎
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 カラン、とドアのベルが鳴る。

「マスター、来たよー」
「おう、文哉。いらっしゃい」
「いつものやつ、よろー」
「はいよ」

 今日もまた、平和なバーの一日が始まる。
 ここは立地が良いため、常連だけでなく一見の客も多く訪れる。ゲイバーではあるが、性別やセクシュアリティを問わず入店できる。同性愛やバイセクシャルに理解のある人であれば誰でも自由に飲んで食べていける。

 今日もまた一見さんが一人、ドアをくぐってやってきた。
 
「いらっしゃいませ。何にしますか?」
 
 今日の一見さんは、かなり身なりの整ったイケおじだ。
 たぶん、相当いい役職にでも就いてるんだろう、そんな品格がある。
 いつもならもっとフランクに「なんにします?」と声をかけるが、この客には丁寧に対応した。
 
「ジンフィズを」
 
 注文を聞いた瞬間、一瞬身構えた。
 もしかして同業者か?
 ジンフィズは、バーテンダーの腕を試すために頼むカクテルとして有名だ。
 見立てを誤ったか……。それとも偶然か……。
 しかしまぁ、とはいえ緊張はない。どの注文にも、常に心を込めて作るだけだ。
 イケおじは、俺がカクテルを用意する間、まるで値踏みするかのようにじっと俺を観察していた。
 やっぱり偵察か?
 バーテンダーが勉強を兼ねて頼むということも考えられるが、このイケおじは年齢的に、勉強目的でカクテルを頼むようには見えない。
 
「お待たせしました。ジンフィズです」
「どうも」
 
 さて、どんな反応をする?
 もし味を確かめるようなら同業者だろう。多少ワクワクしながらイケおじを観察した。
 案の定、イケおじは味を見るように一口目をゆっくりと味わい、その後、興味を無くしたかのように一気に飲み干した。
 おい……嘘だろ?
 もしかして俺の腕……落ちたか……?
 サッと冷や汗が流れたとき、すぐにまたイケおじからの注文が入った。
 
「ギムレットを」
 
 まただ。絶対にこれは腕を見られてる。
 さすがに緊張が走った。これ以上失敗するわけにはいかない。
 イケおじの視線に平静を装いながらギムレットを用意する。

「どうぞ、ギムレットです」
「どうも」

 しかし、二杯目もまた、二口目から興味を示さずにカクテルを飲み干した。
 マジか……なんか俺、自信喪失しそうだ……。

「マティーニを」

 ……まただよ。
 腕前を見るためのカクテルばかりを頼むイケおじに、心の中でうなだれた。
 なんだよもう……。腕がないと見限ったなら帰ってくれよ……。
 なんてバーテンダーにあるまじきことを考えつつも、俺は気持ちを引き締めてマティーニを用意した。
 
「どうぞ、マティーニです」

 俺がカクテルを出すと、イケおじは「どうも」とは言わずに意外な言葉を口にした。

「君は、恋人はいるのかな?」
「え?」
 
 あれ? もしかしてこれは偵察でもなんでもない? 俺目当て? だからカクテルの味には興味もなく俺ばかり見てたのか?
 なんだよなんだよ、早く言ってくれよ。
 実はここ数日、俺はこの質問をずっと待っていた。
 今まで曖昧にしてきた誠治の存在を、早く言いたくてうずうずしていた。
 昨日の一見さんもやたらと俺をじっと見つめてくるから、誘うセリフを口にしないかと期待して待っていたが空振りに終わった。
 自分から話し始めるのも唐突だし、誰かこの話を振ってくんねぇかなとずっと待っていた。
 やっとだよ。長かったなぁ!

 俺は一度、コホンと咳払いをした。

「実は私――――」

 そう口にしたとき、文哉が横槍を入れた。

「マスターは特定の人は作んねぇ主義だよなっ?」
 
 おい、余計なことを言わないでくれっ。
 目で訴えたが文哉は気づかない。
 
「ほう? そうなのか?」
 
 イケおじの目がキラリと光る。
 ほら、ロックオンされちゃっただろっ!
 あれは絶対ワンナイトを期待する目だ。期待されても困る。俺には誠治がいるんだから。

「いえあの、残念なんですが私は――――」
「でも客には絶対手は出さねぇよなっ」
 
 またしても遮られた。
 文哉め……。
 いや、言ってることは正解だし、イケおじ対策には効果ありだ。明らかにイケおじの目から光が消えた。
 
「そうか、君は客には手を出さないのか」
「……ええ、まあ、そうですね」
 
 誠治は客だったけどな……と心の中で苦笑する。
 でもあれは背に腹はかえられないって状況だったからで……そのおかげで今がある。冬磨がいなきゃ俺と誠治は何も始まっていなかった。始まるわけがなかった。
 そんなもしもを想像するだけで恐ろしい……。
 
「でもさぁ、じゃあマスターはどこで相手見つけてんの? 絶対相当やり手だよなっ」
「……ほう、君はやり手なのか」

 文哉こんにゃろう……っ。
 今ので再びイケおじにロックオンされたらしい。
 客には手を出さないと聞いたあとでも、相当自信があるんだろう。俺を舐めるように見るあの目。イケおじだからアリだが、そうじゃなければ鳥肌が立つかもしれない。
 文哉とイケおじが、俺の返答を求めて期待の目で見ている。
 やっと発言権が回ってきたか……という気持ちと、やっと宣言できる喜びでニヤけそうになる頬を引き締めた。

「いえ、やり手どころか、これでも結構一途なんですよ」
「ま~たまたぁ。もーマスター、何言っちゃってんの?」

 文哉が軽く笑いながら手を振った。冗談だと思っている様子がありありと伝わってくる。

「なのなぁ……」

 いや、ダメだ。文哉に構っていると、いつまでたっても宣言できそうにない。
 もう文哉は放っておいて、イケおじとボックス席にいる客に向けて宣言することに決めた。

「実は私、長く付き合っている恋人がいまして。先日、正式にパートナーになったんです」

 と、首から下げていた指輪を取り出して皆に見せた。
 特別な手続きをしたわけではないが、そういう意味で指輪を買ったんだからパートナーでいい。
 やっと宣言できた。本当にやっとだ。いやぁ、長かったなぁ!
 イケおじは再び目から光を失い、文哉はどんぐり眼で口をあんぐりと開けて固まった。
 ボックス席にいる常連たちも、「今の聞いたか?!」「あれ見ろよ!」と目を見開いて驚いている。

 これだよこれっ!
 最高に気持ちいいっ!


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