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第Ⅹ章 命の輝き
衝突
しおりを挟む青年の剣は劣勢に甘んじていた。
やはり付け焼刃の剣術では分が悪かった。
エリオの顔に疲労が見え始めた。
「フッ、あきらめたまえ。私も無駄な殺生はしたくないのだよ」
「うるせえ。それはこっちのセリフだ」
「クク、防戦一方じゃないか?」
「ハ……それはどうかな?」
「何?……ハッ、君らが挟み撃ちにすることなんて読めていたよ!」ロッソは背後の気配を気にして振り向いた。「――なっ!?」
「ダグ、いけえぇーー!!」
エリオの声援を乗せて、ダグラスはヨルムンガンドを制御装置――ロッソが手をかざしていた機械に突き立てた。
メキメキと音を立てて、回路が断たれた。
呆気に取られたロッソに、エリオは体当たりして剣を払い落した。
「おい、起きろよ……こんな所から抜け出せっ……!」
ダグラスは水槽を叩いてデセヴィールの目覚めを促した。
接続が切れた影響か、デセヴィールの瞼が微かに開いた。
剣を奪われたロッソはエリオを蹴り飛ばした。
エリオが床に伏す音が聞こえてダグラスは振り返った。しかし目の前に現れたロッソに首元を掴まれて、透かさず殴り飛ばされた。
水槽の中で、外の騒がしさに意識が舞い戻る。――なん、だ? ロッソ?……誰、だ、この二人の男たちは――。
「ダグ!?……ぐっ」
エリオは重い体に鞭を打って立ち上がった。
青年二人の息が上がっているのをしり目に、ロッソは機械が修復できないかを探った。
「もうあきらめろよ……ハア、ハア」
エリオは彼に近づきながら言った。
「はぁ……ハハ、なんだかんだ言って、お前もロボットを信用してねぇんだ。従順とかぬかして、デセヴィールさんを鎖で繋ぎ止めてんだから……機械は悪くねぇ。悪いのは人間、お前とフレイヤっつう女だ!」
エリオはグリンカムビを構え直した。
「ここいらが潮時だぜ? さあ早く、フレイヤの居場所を吐け!」
ロッソは背中に切っ先を向けられても平然とした態度でいた。
「フン、そうだなあ。良い……潮時かもね!」
機械に刺さったヨルムンガンドを引き抜いて、背後のグリンカムビを払いのけた。
エリオは驚く暇なく態勢を崩された。
向き直ると目を見開いた。
ロッソが腰を突くダグラスの首元に剣を突きつけていたのだ。
「どうする? 君たち、もう降参したまえよ」
ロッソは余裕ありげに口角を上げた。
エリオは、何とかする術を思案しようと、目線を泳がせた。しかし妙案も浮かばない。
「……殺せば?」
「……え?」
エリオは唐突に聞こえた兄弟の声に顔を上げた。
「ほう……」
ロッソは顔に張りついた笑みを浮かべて、立ち上がるダグラスの首元にゆっくりと切っ先の標準を合わせていった。
「ダグラス!? お前、何言ってんだ!」
エリオは怒鳴り声を上げた。
凶器を向けられているというに、ダグラスは一切動じなかった。寧ろ冷めきった声で
「殺したら? いいじゃん。まあ、ロボット殺しが人殺しになるけど」と言った。
ロッソは目を細めた。
「ロッソお! ダグから離れろ。でないと俺も、お前を討つ」
エリオは剣の柄に力を込めて構え直した。
ダグラスは横目で兄弟の顔を見た。
三人の男の空間に拮抗が生じた。
誰かが動けば状況は一変する。
互いが互いの心情を探った。
そうしているうちに、エリオの呼吸は通常に戻っていた。
奥歯をギリっと噛んで、なす術がないと顔を曇らせた。
ところが、その拮抗を破る者が現れた。
「騒がしいぞ、ロッソ! 貴様、何時だと思っている?」
異国情緒あふれる女性が、部屋の入り口に立った。
「フ、フレイヤ様っ」
「フレイヤだと!」
二人の青年は顔色を変えて女のほうに注目した。
見知らぬ男たちの殺気を感じたフレイヤは、咄嗟に入口で立ち止まった。
「お逃げください!」
ロッソの言葉を聞く前に、ネグリジェ姿のフレイヤは走り去っていた。
「くそっ!」
「エリオ、追え!」
「えっ、だけどお前」
「追ってくれ!……皆のために!」
エリオは彼の顔を見てハッとした。
後ろ髪を引かれる思いでフレイヤを追いかけ、部屋を出た。
ロッソは迷った挙句、エリオを追走しようと出口へ向かった。
ダグラスはその隙に落ちているロッソの剣を拾った。
ロッソに追いつき間合いに入った。
「くぅ!」
ロッソは道を断たれて、立ち止まった。
そして平静を装い、己の剣を向ける男に話しかけた。
「フフ、君は――少々賢い男だね」
ダグラスはわざと無言で、切っ先まで神経をとがらせ、ぶれることなく剣を構え続けた。
「わざと殺しを持ちかけて、あの形を作り、隙を伺っていたのかな?」
ロッソは、そんなにあの青年を助けたかったのかなと苦笑した。
「……俺は、本当に死んでもいいと思って、言った」
「ほう?」
「俺は、『死に損ない』だからな……あいつのことは関係ない」
「いいねえ、その目、嫌いじゃない。絶望を感じた者の目だよ」
ロッソは笑みを浮かべて「俺も一緒だよ」と言った。
それでもダグラスは無反応だった。
「母国を、お慕いする方も、仲間も、何もかも全て失った!」
熱くなって話すが直ぐに冷め
「これを絶望と言わずして何という?」と言った。
ダグラスは返事の代わりに剣の柄を顔の高さまで掲げた。
切っ先の焦点はロッソに合わせてある。
「霞の構え……それが、君の答えか」
ロッソもそれに応じるように剣を構え直した。
がら空きの体左側面に向かって剣を振り下ろした。
一点集中していたダグラスは、瞬時に右手を逆手に持ち替えると、剣をロッソめがけて投げつけた。
「なっ……!!」
銀の剣は、咄嗟に動けないロッソの横顔を通って、真後ろにあるデセヴィールの眠る水槽を貫いた。
剣は真横に刺さったままで止まった。
「なん……だと!?」
水槽のガラス面は、蜘蛛の巣を作り、中の水を溢れさせながら割れた。
デセヴィールの躯体は急速に重力を感じて、その場に倒れ込んだ。
「きっ、貴様あ!」
正気を失って振るう剣は青年の服をかすめた。
「ハッ、アハハハ。もうどうせ終わりだよ、何もかも! 遅かれ早かれ全てのロボットが、ここを目掛けて突入するんだ!」
「っ……はあ?」
何をほざいているのか、わからないダグラスは自分の胸元を触り、身を斬られていないことを自覚した。
燃え尽きたロッソは力なく笑った。
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