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第Ⅸ章 アイの色
深淵に隠された真実
しおりを挟む穴に落とされたロゼは、マキナを下敷きに、穴の底に強く打ちつけられた。
痛む体を起こして、ロボットの名を呼んだ。
「マキナ。マキナ! 大丈夫?」
「はい。ロゼ、お怪我はありますか?」
下敷きにされたまま答えた。
「ううん、私は大丈夫。ごめんマキナ、今退くから」
ロゼは「イタタタ……」と言いながら起き上がった。
心配するマキナに自分は大丈夫だと言って聞かせると、天井を見上げた。
自分たちを飲み込んだ穴の入り口は、遙か遠く、高い場所にある。
「ロゼ」
「マキナどうしたの? 何か見つけたの?」
「あれです」
彼女が指さす先に、先程ロゼが外壁で見かけた、赤いローブが暗がりにいた。
小さな明かりと共に揺らめいている。
それが姿を晦ます前に、二人は後を追うことにした。
「待ってー、フレイヤー」
ロゼは、あの赤いローブは彼らが孤児院を初めて訪れた時に着用していたものだと決めつけ、姫の名前を呼んだ。
しかし相手は無視して、先をどんどん進んでしまった。
「急ごう、マキナ」
「はい。この先に、います」
「います?」
マキナの返答に微量の違和感を抱いた。
しかし赤いローブを見失わないように、先を進んだ。
躓かないよう細心の注意を払った。
洞窟のような岩肌で、しかしながら切りっぱなしの人工的な道だ。
ほどなくして前方から、目映い光が見えてきた。
もしかすると出口に近いのかもと、ロゼの足取りは速くなった。
それは孤児院の地下空間、アマレティアの地下室だった場所に辿り着いた。
大量の紙が散らかっているところは同じに、以前の内装とはまるで異なった空間に様変わりしていた。
多種多様な機材は見当たらず、天井まで届きそうな巨大なフラスコ型の何か――機械だろうか――が、中央に鎮座しているだけだった。
ロゼは、黒いコードが絡みついた巨大なフラスコの前で、立ち止まった。
所々隙間があり、そこから見える青い液体は、美しく発光していた。
「ここは……?」
城壁の顕現で地殻が歪み、この空間も地表近くに現れたのだった。
「……よく来たわね、マキナ、それと――」
赤いローブを纏った女性が姿を現した。
「――ごめんなさいね。私、人の名前は覚えられなくてよ」
「アマレティア様」
マキナはその女性の名を言った。
「アマレティア様? 帰ってきていたんだ……」
ロゼは呟いた。
「マキナ。久しぶりね、えっと……」
「ロゼです。私の所有者です」
「そんなことより!」
ロゼは間を割った。
「アマレティア様大変なの! イオくんや神父様、ロボットが壊れちゃう!」
少女の態度とは裏腹に、創始者アマレティアは毅然としていた。
「私のロボットは、永久不滅の存在よ」
「だけど」
と言い返そうとするロゼに手のひらを見せて、解説を続けた。
「……ここはね、役割を終えた子が帰って来る場所――『休眠ポッド』。云わば〝ゆりかご〟よ」
創始者はフラスコの壁面を撫でながら歩いて、少女へ近づいてきた。
「人間の数に合わせたら、必要数は多くなるでしょう? 特に、対人に特化したロボットならば」
「でも、マキナは壊れていないわ」
創始者は、少女の青色の瞳を真っ直ぐ捉えて、ひっそりと笑みを浮かべた。マキナに向かって
「あなたは、花を愛でる機能に目覚めているでしょ?」と言った。
だから仮死状態にはならないのだ。
「自然のためのロボットならば、半永久的に活動し続けるわ」
「じゃあイオくんには、その機能がない……?」
肩から力が抜けた。ロゼは明らかに落胆していた。
「……その、イオ〝くん〟は、あなたの?」
ロゼはハッとして首を横に振った。
「ダグラス――私の友達のロボットです。三日前に所有者に、なった、のに。完全に停止、して……っ、今は山小屋に。他のロボットたちが『もう動かない』って」
ロゼは泣きそうになりながら話した。
「そう、なの……」
アマレティアはため息をついた。
「最期に見てみたかったわ、私の命令に背いた哀れな子を」
次にマキナを見るとニカッと微笑んだ。
「あなたも反抗したんだったわね」
「はい」
二人とも自然な笑みを浮かべた。
「はぁ……でも」
科学者は腕組みして唸った。
「ここに帰ってこないだなんて、〝あの子〟は帰巣本能にバグでも生じたのかしらね」
「帰巣、本能?」
ロゼは目をぱちくりさせた。
「役割を終えたら帰ると言ったでしょう? 何も人間の死とは違うの。彼らには体内で水や空気を上手く使いながら、同時に体内に――自然エネルギーと言えば分かりやすいかしら――蓄積されるようになっていて」
ローブを脱ぎ捨てた彼女の継ぎはぎの皮膚が露わになった。コントロールパネルを操作している。
「この下は漏刻のようになっていて、彼らはゆりかごの中で眠り、溜めたものを星に還元するのよ」
ロボットは無意識下で常に休眠ポッドに呼ばれている状態にある。
シバルバーにはロボットの体内時計を急速に早めて、休息を促す作用があったのだ。
外で長時間過ごしていたイオはシバルバーの雨を受けすぎて機能を停止させたというのが、アマレティアの見解だった。
「その本能に逆らいながら活動し続ければいずれ限界がきて、躯体が引き裂かれる感覚に陥ったでしょうね」
ここに引っ張られ続けているんだものと言いながら休眠ポッドに触れ、中に眠る大量のロボットを見た。
「っ……そんな!」
ロゼの脳内には、イオの最期がフラッシュバックされた。
「もっと早くに、気づいてあげられていたら……!」
「よーくわかっていたと思うわ。自分がどうなるかなんてことくらい」
機械を操作しながら「人の寿命なんて知れているというのに、そうまでして共にいたいと哀願っただなんて」
と言ったアマレティアの顔は、何故かほころんだ。
「どういう人間かしらね。その――愛玩を虜にした彼」
イオの反抗をロボットの進化と思い、むしろ誇らしげに喜んだ。
「あ。ダグラスは……――とても冷静な人、かな。騒がしいエリオとは正反対」
ロゼは思い返すように言葉を紡いだ。
「でもイオくんのこととなると、顔とか、態度が違ったかな。怒ったり、慌てたり……あの時、泣いてた。好きだったんだ。そうだよね……自分のロボットだもんね」
ロゼが半ば独り言のように話す中、アマレティアは作業を続けた。
「その『好き』は――『Like』かしら?」
「え……?」
アマレティアはパネルから顔を上げると意味ありげに「うふふ」と笑い、再び作業に戻った。
「好きにはいろいろあるのよ。私が人間を愛せないように、ね」
ロゼは間抜け顔で聞いていた。
機械をいじる彼女は構わず続けた。
「〝愛〟って何色だと思うのかしら?」
「えっ!! えーー……愛。恋はバラ色、かな?」
「うふふ。私は、愛は透明だと思うわ」
「へ?」
「光く反射もしない、闇く吸収もされない〝透明〟」
ずり下がるメガネを掛け直し、また手を動かした。
「でも、確かにここにあるモノ」
作業音が静かに響く。
ロゼは無言で、しかし感心して聞いていた。
「アマレティア様、なんだか前と変わりましたね」
「……いいえ。変わってなどいないわ、私は。ロボットは世界の歯車、その考えは今も全く変えていない」
休眠ポッドに繋がる機械からケーブルを取り出し
「マキナ、こっちへいらっしゃい」と言った。
「はい」
マキナは素直に従った。
「えっ待って。マキナに何するの?」
ロゼの疑いの眼差しにアマレティアはフンと鼻を鳴らし、マキナにケーブルの付いたヘルメットを装着させようとした。
「マキナ。マキナは返してください!」
「大丈夫よ、そんな怯えないで?」
コントロールパネルとの接続を確かめた。
「マキナもね、本来は休眠する個体なのよ」
「へ!? うそ!!」
「私も驚いたわ。まさか、自力で獲得するだなんてね。信じられないわ」
「あ……」
ロゼは、マキナが花好きであることを思い出した。
突然天井が揺れて、小さな砂粒が降ってきた。
「……くっ。悪いけど、時間がないの。愚か者共、またヴォルカンを撃ったのね」
「ヴォルカンって?」
「ここに蓄えたエネルギー――ロボットの躯体をミサイルにしているのね!?」
アマレティアは独り言のようにまくし立てて話し、コントロールパネルに打ち込んだ。
「フフフ、これでは『ゆりかご』ではなく墓場ね!」
彼女は、自分の発明が勝手に改造されてしまったことに、憤った。
「けど流石、人間の願いを具現化する装置。私の発明ね」
ロゼはアマレティアの挙動に恐れを感じた。
しかし彼女を信じるほかない。
彼女の頭脳ではなく、心を信じた。
「マキナ、ロゼ。お願い、力を貸して?」
アマレティアは少女の両手を掬い上げるようにして握った。
「え……?」
ロゼは戸惑った。
「マキナのメモリーでロボットのプログラムを変える! ロボットと人間の〝共存〟から〝共生する〟プログラムに書き換えるのよ!」
「それって!」
「愚かな人間共にわからせてやるわ!」
映し出された画面をもう一度確認した。
「もう猶予がないわ! 混乱したロボットたちがこちらに向かって来ている!」
画面には、中心点へ向かう小さな粒が大量に確認された。
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