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第Ⅷ章 銀の箱庭
水箱
しおりを挟む「おいっ、ダグっ!」
エリオは、闇と同じ色のダグラスを、やっとこさ捕まえることができた。
腕を掴まれているのに、彼は何も動じなかった。
それなのでもう一度、声をかけた。
「ハア、ハア、なあおいって。戻るぞ」
ロゼが待っているのだ。無事に連れ帰らねばならない、と思った。
「なあ、エリオ。ここって……」
闇雲にここへ来たダグラスは、冷静な顔をして言った。
二人がいるのは元孤児院の建物内のはずだ。
しかし見たとこのない素材でできた廊下に来ていた。
頑丈そうな素材でできた壁に、光の筋が幾本かスゥーっと伸びている。
「も、戻ろうって」
エリオは声を震わせた。
不気味だと思ったのだ。
「エリオ、ダグラス」
いつの間にか二人に追いついたロゼがいる。
その後ろにはマキナの姿もあった。
通例の光景に戻ったことに安堵している場合ではない。
エリオは当然、驚きを隠せないでいた。
「追って来たのか! ほんっと言うこと聞かないな」
「ねえ。ここ、孤児院じゃないみたい」
ロゼは、それを無視して言った。
「ああ、変な感じだ」
ダグラスは天井を見上げた。
エリオは灯りをギュッと握り直した。
マキナは左右に顔を動かすと
「こちらに……」
と言って廊下を進んだ。
何か知っている様子の彼女に皆驚くも、慌てて後を追いかけた。
暫くすると、明かりの灯った広い部屋に辿り着いた。
「うっ、眩しっ……」
鳥目のエリオは、突然の明るさに目が眩んだ。
「エリオっ」
ダグラスが心配して兄弟の肩に手を置いた。
ロゼも心配そうに、両目を手で押さえる彼を見守った。
エリオは徐々に光に慣らした。
どうやら光の筋は正面壁の中央から伸びているようだ。
それは大きな曲げガラスの水槽に繋がっていた。
青く光る水槽の中に、何かがいる。
「――……はっ!? 見るな、ロゼ!」
エリオは遠目に中身を理解し、後ろにいる彼女に手を伸ばした。
「え?――はっ!……デセヴィールさんっ……!?」
なんとその中では、上半身裸の男性が、両手を鎖で縛られ、磔にされていた。
その男性――デセヴィールには意識がないようで、髪が水にたゆたっている。
「おや、こんな所にロボットが迷い込んだか」
逆光から人影が現れた。
「ロッソ……さん。あなたが……!」
ロゼは声を低くして言った。
「君は孤児院の……どうやって逃げ出したのか。まあいい」
水槽に設置されている装置に手をかざした。
「ロボットは回収させてもらう」
すると、マキナの足元が突如として消え、彼女の躯体は床に吸い込まれた。
「マキナ!」
ロゼは、大切な彼女を追って、大きな落とし穴に自ら飛び降りた。
「ロゼ」
落ちてくる主人を両手で受け止めるように手招いた。
「うふふ。〝離れないで〟って言ったでしょ?」
「ロゼ――!!」
二人が共に落ちていく穴にエリオも、ほぼ同時に飛び降りていた。
「エリオ!」
「っ――……ダグ?」
ダグラスは、エリオの腕だけを、なんとか掴んでいた。
しかしエリオのほうは、その手には何もないまま、宙づりになった。
「くっ、早く引き上げろよ!」
大声で親友に助けを求めた。
「ダグ……ダグラス!」
名前を大声で呼ばれ、放心していた自分を取り戻した。
彼だけを自分の元へ引き上げなければならない。
「ごめん……」
彼一人だけでも助けたというのに、ダグラスは謝罪の言葉を吐いた。
震えが止まらず、二人が落ちた穴を放心状態で見つめていた。
エリオは、そんな状態の兄弟の背中を叩いた。
「大丈夫だって! あいつらなら、簡単に死なねぇよ」
励ましの言葉をかける一方で、額に冷や汗が伝った。
もう一度、自分に対して言い聞かせるように
「ロゼたちなら……大丈夫」
と呟いた。
「センサーに反応しないとは、君たちは人間か」
ロッソは呆れたように言った。
「あんた……こんなことして、只じゃ済まされねぇんじゃねぇのお!」
エリオは強がって言った。
男は両手を広げて答えた。
「やあ、少女のは事故だよ」
顔がにやけている。
少女を一人葬ったかもしれないというのに、正気の沙汰とは思えない。
男は続けた。
「君らの敵ではないんだ。我々の敵は――」
「事故だとっ、ふざけるなあ!!」
「ダグっ、よせ!」
エリオは、突撃しようとする親友を取り押さえた。
男に背を向けると、取り乱している彼に指示を送ろうと目を合わせた。
自分の口元に人差し指を立てて、「――信じろ――」と囁いた。
再び男の方に向き直ると、なるべく冷静を装って語りかけた。
「ちょっと、非人道的だとは思わないのか? ああ?」
「フッ、まさか。『これ』のことかな?」
ロッソは水槽内をノックして言った。
「クク、彼らは人間じゃあないんだよ」
エリオたちは、そのことは然程驚かなかった。
ロッソは二人に睨まれながら説明した。
「機械は道具だ。道具は道具らしく人間の手足になってもらわねば。それが今の世の中じゃあないか」
青年二人からの良いリアクションはない。しかし構わない。
「フレイヤ様はロボットそのものを毛嫌いされているようだが、私はロボットには利用価値があると思っているよ」
「それがあの兵器か」
エリオが発言した。
「兵器?……ヴォルカンのことか。人間に使うつもりはないよ」
ロッソは「今のところは」と付け足して笑った。
「世界に蔓延るロボットの殲滅、いわば増えすぎてしまったモノの駆除だよ」
ゆっくりと話す彼の物言いには嫌気がさす。
エリオは湧き上がる怒りを必死に抑えていた。
「それで? 無理やりデセヴィールさんを使って、同士討ちさせてんのな?」
ロッソは不敵に笑った。
「無理やりじゃあ無いよ。彼は自らその躯体を捧げたのだから――」
青年二人の顔に動揺が走った。
「――『人の為』それがロボットの存在意義なのだろう? ククク……」
「外道が……!」
ダグラスは思わず呟いた。
「ふうむ。しかし、同士討ちか。言い得て妙だね」
ロッソは顎に手をやって言った。
「この――」
機械を指した。
「――アマレティアが作った装置。呼び起こすのまでは、私でも出来たのだがね。どうしても動かなかったもので――……」
口角を更に上げた。
「彼のお蔭で……! 私がこのロボットに『こう』指図するだけで簡単に操作できる」
ロッソがパネルに触れると、水槽内のデセヴィールの躯体が微かに動いた。
背骨に繋がった無数のケーブルに信号が伝わり、それは部屋中、廊下へと影響を及ぼし、建物全体が振動した。
城壁の外では、業火が放たれた。
「何をしたんだ……!?」
エリオは周りを警戒した。
「君らも、外で見てきたと思うんだが」
――砲弾は城壁から放たれ、人のいない地域へ飛んだ。
突然に燃やされるロボットたちの阿鼻叫喚が闇夜に昇る。
「やめろ!」
エリオは必死で訴えた。
「ハハハ、どうして? 人は一人も死んでなどいないと言うのに」
「ロボットが……」
「ん?」
「ロボットたちが悲しむだろうが!」
エリオは感情を爆発させて言った。
「クク、悲しむ? ロボットが? 自我があるとでも言いたいのかな? フッ、彼らは、0と1で作られた――プログラムに従っているに過ぎないのだよ!」
「そんなことない!」
ダグラスはもう限界を感じ、腰の剣に手をかざした。
「相手は感情を持っているんだ!」
エリオは兄弟を庇うように前へ出た。
「所詮は、まがい物なんだよ」
ロッソは挑発するように言った。
「違う! イオは。イオは……!」
ダグラスは剣に手を掛ける。
狙うはロッソだ。
「ふぅむ。君は、随分と入れ込んだロボットがいるのかな?」
「くっ……イオは死んだ。お前たちが……雨が……」
剣の柄と鞘を握る手が、わなわなと震える。今にも抜きそうになってしまう。
「雨? ああ成功していたのか」
彼の脳内は「完全に機能停止させるなんて!」と歓喜して、自己完結していた。
ロッソの発言に、二人は目を見開いた。
「君には特別に教えてあげよう。君の、お気に入りのロボットの最期――そのからくりを……」
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