IO-イオ-

ミズイロアシ

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第Ⅶ章 開戦

火の鳥

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「剣を、振るうことになるのかな」

 斜面を慎重に下りながら、ポールが不安を口にした。

「さあな」

エリオは重い口を開いた。

それ以上に続く意見を、彼は持ち合わせてはいなかった。

「俺は首謀者を見つけ次第、首を掻き切るつもりでいるけどね」

「冗談が怖ぇよ」

 ダグラスの発言に、エリオは苦笑した。

 後ろを歩いていたロゼは、ほんの数日離れていただけなのに麓の町がまるで別物のように感じた。



 騒然と化した町で、一行はなんとか目的地に到着した。

そこではエリオの母が出迎えてくれた。

ロゼは彼女と抱擁を交わした。

ひとしおの再会を分け合った。

「皆無事? イオは連れてこなかったのね。山小屋かしら」

 皆そろって口を噤んでしまった。ダグラスが

「後で話すよ、母さん」

と言って笑い、先に中へ踏み入れた。


 エリオたちは母の仲間たちと情報交換することとなった。

「大衆はロボットに襲われたってパニックを起こしている」

「暴動に乗じてキサナドゥの勧誘が行われているらしい」

「ロボットの抵抗に使われているのはシックか」

「いや。液体を吹きかけられるのを庇った所有者もいたらしいが、人間には効果ないそうだ」

 ロボットを庇う者たちは数か所に集まっているらしかった。ここはその一つだ。

 事件の首謀者は、反ロボット体制主義者を、孤児院へ集めているらしい。

そこを狙って突撃し一網打尽にしようと、集会では話し合っていた。

 今まさに、ロボット反対派と保守派の間では、一触即発の状態だった。

「戦うの?」

 そう発言したロゼに視線が集まった。

「もうそれしかない」とヤジが飛んだ。

「ダメだよ、戦争は!」

「お嬢さん、戦争じゃあないさ」

「話し合いで!」ポールが手を挙げた。

「なんとか、ならない~のかな~、って……えへへ、へ~」

「ポール……」

エリオは二人の気持ちが痛いほど、わかっていた。

「剣なんか携えて、説得力無いぞ!」

「あ……」

ポールは腰の剣の柄に触れて「じいちゃん、この剣役立ってないじゃん!」と心の中で訴えた。


 殺伐とした雰囲気の中、エリオは隣のダグラスに助け舟を求めようと耳打ちした。

「ダグ。お前もなんか言えよ」

「フン、お前こそ……」

 そう言った彼の視線の先には、真っ黒な城壁が堂々とそびえ立っていた。

「なあ、エリオ。俺らだけで、こっそり侵入しないか?」

 エリオは息を呑んだ。自分を落ち着かせようと唾をのみ込んだ。

「本気か?」

自然とひそひそ声になった。

「城壁の中、どうなってんのか……」

「ロゼを連れていく」

「おい、何言ってんだよ? あいつを巻き込むな」

カッとして親友の肩を掴み、強く押した。

「ここまで連れて来たのに? あいつなら、中のこと――孤児院には詳しいはずだからな。それに多分、本人も乗り気だと思う」

「んだと……!」

エリオは親友をレンガ造りの壁に押さえつけた。

「本気で言ってんのか……なあ、ダグ!」

 周りも論争を繰り広げているためか、エリオたちの口論は誰にも気づかれなかった。

「お前こそ、本気で考えてんのか?」

ダグラスも囁き声で反論した。

「ナニ?」

 二人は睨み合った。

先に目を逸らしたのは、ダグラスのほうだった。

「俺だって……俺だって別に、争いを望んでるわけじゃない」

自分を押さえつける腕を掴む手さえも、震えた。

「早く終わらせたいんだ。こんな無駄な論争、馬鹿げたことを、全部……全部、全部っ。何もかも、もう――……」

「……ダグ?」

 ダグラスは黙ってしまった。エリオは拘束を解いて「わかったよ」と口にした。

「行くしかねぇよな……」

 そう呟いた彼の顔を見ようと、ダグラスは顔を上げた。

エリオの金眼は、いつも透きとおった琥珀色だ。

素直で真っ直ぐな――死んだ兄とは違う――瞳だ。

「だがな! ロゼを連れてはいけない。それはどうしても、できねぇよ」

 エリオの意見に、ダグラスは俯きながら

「わかった」と弱弱しく言った。

 その答えを聞いて、思わず親友に抱きついた。耳元で

「終わらせに行こうな、俺らで」と言うと、相手も

「ああ」と短く返事をして腕を背中に回してきた。

 体を離すと、エリオがポンポンと頭を撫でてくるので、ダグラスは

「あやすな」と言い、手を払いのけた。

「あはは……――おいっ!」

 エリオが指さす先、城塞の塔の一つから光が点ったと思えば、その光は町の向こうへもの凄いスピードで飛んでいった。

 それは流線を描き鷹の声で鳴く。

ダグラスも振り向き様に目撃した。

 外で町の人々が

「なんだ!?」「鳥?」「天使だ。火の悪魔だ」

と騒いでいるのが聞こえてくる。

 数分ごとに放たれる火の鳥は、町を飛び越え、山の麓に落ちた。

「なんだあの光はあ!」

 それはアントニオ翁たちのいる山小屋でも目撃された。

火の玉の襲来で着弾した地域が燃えているのが見える。

リーベラがわなわなし始めた。

「は……畑が。あ、あの子たちが――同種機体がいるんです!」

「なあにぃ!?」

「あ、ああ、あ……」

 リーベラは壊れたラジカセのように泣き崩れた。

 アントニオ爺とクレオは、そんな彼女の背中を抱いた。

「ポール……エリオ、ダグラス、ロゼ。お前たち、無理をするでないぞ」

 町のある方角を向いて、そう呟いた。



「あの方角は人の住んでいない区域だ」

メンバーの一人が言った。

 集会は再びガヤガヤし始めた。

 エリオは窓枠を掴んだ。「相手も形振なりふり構ってられないようだな」

 ダグラスは返事の代わりに自分の唇を噛んだ。

「待てダグ」

 エリオは飛び出していきそうな親友の腕を捕まえた。

「タイミングを見計らってからにしよう。な?」

ダグラスにしては冷静でないなと思った。

「大丈夫。絶対に行こう」

 その言葉で彼は落ち着きを取り戻したようで、

「近い」

と言ってエリオを押して遠ざけた。

 エリオは、相手が素直に聞いてくれるのにほっとして、彼の腕を離した。


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