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第Ⅵ章 導火線
剣に誓って
しおりを挟むそれから十秒も経たないうちに、静寂を破るように扉が開いた。
「おい! 町じゃ大変なこと――……が?」
エリオが外から勢いよく飛び出してきた。
中の様子に「どうした?」と言って、屋内へ入った。
「エリオっ、イオくんが……!」
ロゼが泣いている。
「ん?」
「え?」ポールも只ならぬ雰囲気に唖然とした。
「……ダグ?」
首を傾げたエリオは、親友の背中に近づいた。
彼の腕の中でイオは眠るように停止している。
帰ってきた二人は、そのことを察した。
エリオは、床でへこたれる親友の背に触れた。
「あぁ……エリオか」
消え入りそうな声だ。
所有ロボットから腕を離すと、親友の胸を借りて肩を震わせ始めた。
エリオは、喪失に病んだ親友の肩を抱いて、背中を擦ってやった。
彼の涙が服の肩部分に染み込む。
首だけ振り向き、ポールへ目配せすると、互いに頷き合った。
自分は親友の気が鎮まるまでこうしてやろうと思い、そっと抱きしめてやった。
「ねえ、エリオが言おうとしてた大変なことって何?」
ロゼは、ポールから受け取ったハンカチで顔を拭いながら言った。
「あ、あ~……」
ポールは、ダグラスを気にするような態度をとった。
目を合わせるエリオの眉は下がっている。
「話せよ、町の様子」
「あっ、ダグ」
エリオは、体を離そうとする彼に気を遣って
「――けどな、ショッキングなことだから」と伝えた。
「いいから」
と答える声は心がこもっていない。
元々表情がわかりにくい彼は、今回のことで更に心がゼロになってしまったようだ。
エリオはポールとアイコンタクトを取った。ポールは躊躇いつつも話し始めた。
「俺たち町で……見てきたんだ。子どもが――……ロボットから引き離されているところを」
二人は、町ではロボット反対運動が激化していることを伝えた。
「ホーボットだけじゃねぇな……はぁ、所有者がいる目の前で連れ去ったんだ」
エリオは、やるせない気持ちを露わにした。
大抵のロボットは、大人しく連行されるんだそうだ。
少しでも抵抗の色を見せると、Xと書かれたボトルを吹きかけて、身動きの止めたところを拘束するらしい。
その液体の効果でロボットはたちまち動きを止めるのだ。
「イオやデヴォート神父みたいに……」
ポールが言った。
――が、たまに発狂する個体もあるらしかった。
「発狂って、噂の?」
ロゼはロボットが唸りを上げる事案を思い出した。
「ああ。繋がりそうだろ?」
エリオは前のめりで言った。
「狂ったロボットっていうのも――」
その薬が原因だと、皆の意見が一致した。
「もしかしたら~、人を襲ってるんじゃなくて……助けを求めてる?」
とポールが言った。
もし本当にそうなら人々は大きな誤解をしていたことになる。
しかし一同は確信を持ってその意見に賛同した。
それはマキナやイオを見れば明らかだった。
ロボットは自身のことで攻撃しない。
例え一方的にいじめられても、主人に関わる事でないと怒らない。
自立型のリーベラでさえ人間を守ると言っていたのだからだ。
「雨の謎はまだ残るけど……」
ロゼは頭を悩ませた。
「俺ら、また町に戻ろうと思う」
エリオの発言にポールは何度も頷いた。
「俺も行――」――く、と言いかけるダグラスを、エリオは止めた。
「意気消沈なお前を連れていけるか」
親友の肩を掴んで言った。
「別に、しょげてねぇ……!」
「強がってんなあ、ダグ」
額を突き合わせる二人を他所に、ロゼは
「誰がこんなひどいことをするの?」と言った。
「ああそれなら――」
とポールは答えた。
その名前を聞いてロゼは背筋が凍った。
「そのフレイヤって奴が首謀者か……!」
ダグラスの漆黒の瞳にふつふつと怒りがこみ上げた。
「本当なの?」
ロゼの声は震えていた。
「うん。町のおじさんたちが言ってたから。三日前、宣言してたって」
ポールは、騒然とした町での出来事を、町の住人たちから聞いたと説明した。
ロボット反対の動きがあれば、逆にロボットを保護する者たちも出てくるわけである。
「母さんは今、その人たちと一緒にいる。俺らだけは一旦、山小屋に戻ろうってなったんだが……」
エリオは、母たちと合流したいと言った。
出発しようと立ち上がった。
「お前たち、これを持っていきなさい」
アントニオ翁は、一メートル程の棒を三本持ってきて、出立しようとするエリオたち三人にそれぞれ手渡した。
「じいちゃん、これって!?」
ポールは渡されたものを見て驚愕した。
翁が配ったそれは、両刃の剣だった。
「剣!? 銃とか飛び道具じゃねえのかよ」
エリオは文句があるようだ。
「ふぇふぇふぇ、お前たちゲームのやり過ぎだ。銃なんぞ、そんな時代遅れな代物あるわけがない」
先の戦争でも使用されていない銃は、あったとしても装填する弾がない。作るための資源も地球には無いと言った。
「でも本物の剣なんて、俺ら触ったことねぇんだけど」
「護身用に持っていきなさい。その三剣は大昔の代物、名をグリンカムビ、グリンブルスティ、ヨルムンガン――」
爺の話が長くなりそうなので、エリオたち三人は小声で話した。
「おい、爺さんまた長話になるぞ」
「じいちゃん、こうなると止まらないから」
「ポールには悪いが、もう置いて出ないか?」
爺の様子を見ると、未だ饒舌に話している。
「――それぞれが神話に出てくる獣の名を――」
「じいちゃん」
「ん、んん?」
孫に止められ我に返った。
「俺たち行ってくるよ」
ロゼも一歩前へ出た。
「私も行く。私にも武器をちょうだい」
志願する少女にアントニオ翁は、この三剣しかないと言った。
しかしロゼは、丸腰でもついていくと言ってきかなかった。更にはドルチェも名乗りを上げた。
ロボットであるドルチェのことは心配だが、主人のいない山小屋にいるのは嫌だと言って意志を曲げないので、仕方なく連れていくことになった。
ポールは、クレオとリーベラに、アントニオ翁のことを頼んで、山小屋で待つよう伝えた。
「ダグ?」
エリオは出際に、ソファベッドに近づく親友を呼びかけた。
ダグラスは膝立ちして、それを覗き込んだ。
クレオたちがきれいに整えてくれたイオの寝姿はとても安らかだった。
おもむろに顔を近づけ、動かないそれに唇を重ねた。
そして名残惜しそうに、もう動くことのない彼から離れ、スッと立ち上がり、出口へ向かった。
「ダグ……やっぱ、お前……――」
「行こう」
そう呟いた親友の髪の隙間から見える瞳は、哀の色に染まっていた。
山小屋を後にし、山を下る。
四人とロボットというお馴染の風景も、今ロゼたちと共にしているのは、同じメイド型ロボットでもマキナではなくドルチェである。
それぞれの感情を胸に秘め、現体制保守派が集まる場所へ向かった。
『伝説の三剣』(右から、グリンカムビ、ヨルムンガンド、グリンブルスティ)
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