私は陥れられていたようです

kae

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最終章

第30話 クロリスサイド:なにかがおかしい

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ちょっと泣きまねをしたら、生涯幽閉の予定だった私は簡単に解放された。
 やっぱり私は特別だった。

 
 今回囚われてしまったのは、色んな人が私に夢中になって、特別扱いされたから、きっと私は嫉妬されてしまったのね。

 いきなり王子を狙うのは、さすがに急ぎ過ぎだったかしら。
 今度はもう少し、慎重にいこう。

 大丈夫。私はまだ若いもの。
 2、3年も経てば皆きっと騒ぎを忘れる。

 王子様と結婚するのはもう無理でも、どこかの貴族をひっかけることくらいは簡単よ。

 外国に行ってもいいかもしれない。
 私は特別な女の子だし、しかも優秀な聖女なんだから、外国の王族だってきっと歓迎してくれる。


 恩赦で解放された私が真っ先に向かった先は、シレジア子爵のお屋敷だった。
 そこに私の荷物と、今までもらって貯めていたお給料が置いてあるはずだから。
 兵士たちも全員私のことが大好きだし、またしばらく滞在してやってもいいかと思ったの。


 だけどどういうことだか、私が訪ねていっても、門は固く閉じられたままで、使用人も誰も出てこない。

「ちょっと!! 誰か!! 出てきてよ! 私のお金と荷物、返して!!」


 叫び続けていると、やっとのことで、執事が出てきた。
 でも門の内側にいて、遠く離れたところにいて、いっこうに近づいてこない。

「申し訳ございません、クロリス様。シレジア子爵様はただいま王宮にて拘束されています。爵位を返上する可能性もあるとのことで、私共ではクロリス様にご対応することができません」
「ちょっとどういうこと? シレジア子爵が爵位を返上って……私の荷物は」
「こちらにまとめてございます」

 散々世話してやったのに、執事はこちらを見ようともしない。
 失礼なやつね。
 私が外国の王妃になったら、こいつのことをただではおかないんだから!!

門扉の隙間から渡された荷物の中身を確認する。

「ねえ、ちょっとお金は? 私のお金! 今まで聖女として稼いだお給金、婚約者だからって、そのまま預けていたわよね? こんなに少ないはずないじゃない」
「いいえ、間違っておりません。クロリス様がツケでお買い物をされたものを差し引くと、本来マイナスになるところです。今お渡ししたお金は、当面の生活費でお困りだろうと、特別にご用意させていただきました。これをもって、シレジア子爵家とクロリス様とのご縁は切れたものとお考えください」
「何を言っているの? 買い物なんて……そんなの婚約者だったんだから、シレジア子爵家が払うに決まっているじゃない」
「シレジア子爵家では、クロリス様のお買い物の状況をお知らせいただいておりませんでしたので。それでは失礼いたします」
「ちょっとあんた!! 今にみてなさいよ!!」


 手を握りさえすれば、また私のことを好きにならせることができるのに。執事は手を握る隙もなく、去っていった。

 信じられない。

 いいわ、こんな子爵家、こちらから願い下げよ。
 こんなところにいなくても、私のことは誰だって好きになるんだもの。



 仕方なく街を歩き始める。
 この辺はまだ貴族の屋敷が多い。
 できれば貴族に会って、取り入りたいけれど、さすがに護衛もつけずに一人でウロウロしている貴族はいそうにない。

 歩いているうちに、貴族用の洋服店が見えてきた。
 さすがに貴族街にある店。高貴な佇まい、煌びやかなドレスたち。
 ちょうどその店の支配人らしき男性が、お客の見送りに店の外に出てきていた。
 洋服店の支配人だけあって、皺ひとつないジャケットは身体に沿って作られていて、ピシッとしていて格好いい。

 少し年を取っているけれど、別にいきなり恋人にするわけじゃない。
 ちょっと同情をかって、しばらくお世話になるくらいだからちょうどいいかもしれない。


「こんにちは。あの……私……」
「……どうされましたかな」


 支配人のような男性は、少しだけ白髪交じりの黒髪を完璧に整えていて、隙のない接客用の笑みを浮かべていた。
 一瞬で私の上から下まで目を走らせ、チェックしたのを見逃さない。
 きっと私が貴族かどうか、お金持ちかどうか、どのような層出身なのか探っているのだろう。

「私、困っているんです! 貴族様の屋敷に雇われていたんだけど、いきなり追い出されてしまって。もしよければ、この店でしばらく働かせていただけませんか?」

 そう言いながら、その支配人の手を握る。
 目をウルウルとさせて、眉を下げて、同情を買うように。

 これで同情しなかった人間はいない。
 こうすれば、誰だって私を可愛い、可哀そうだと言って、他に恋人がいようと、パートナーがいようと、自分の子どもが泣いていようと、親が死にかけだろうが、ほっぽって私のことを優先してくれるの。


「なんだ、客ではないな。うちの従業員は、全て身元のしっかりとしたものを、紹介で雇っている。貴族相手の商売だから、それなりのマナーも必要だが、君にはちょっと無理そうだ。それじゃあ」
「え、ちょっ……」


 信じられない!
 私が手を握って、目を見つめて、困っているのに、こんな対応をされるなんて。
 
「あの、私!」

 もう一度目を見ようと、呼び止めようとする。
 しかしその支配人は振り返りもせず、店の外にいた護衛の人に対して、手を上げて何かの合図をした。


「お嬢さん、お店の妨害になりますので、お引き取りください」

 護衛の人が、無礼にも肩を掴んで、押さえ込んでくる。


「無礼者! 私は聖女よ! そんな無礼な態度をとって、いいと思っているの?」
「聖女? とてもそうは見えないな。聖女ってみたことあるけど、もうちょっと澄んだ力を感じるというか。お前さんは普通の女の子に見える」

 
 こんな店の護衛ごときに偉そうに言われて、腹が立つ。
 だけど仕方がない。もう誰でも良いから、とりあえず今日の宿を確保するか。

「本当よ。ねえ、私困っているの」

 そう言いながら、護衛の目を見つめる。
 肩を掴む手を、逆に握り返しながら。

「そんな目をしても無駄無駄。ほら、あんまりしつこいと、警吏を呼ぶぞ」
「…………え」

「え、じゃない。どんだけ甘やかされて育ってきたんだ? そんな見つめたくらいで、コロッと男が騙されると思うなよ。さあ、今すぐ立ち去れ。今すぐだ! あと10秒で立ち去らないなら、警吏を呼ぶ。いち! に!」


 ――こいつ本気だ!


 わけが分からない。
 生まれてからこのかた、私が人からこんな扱いを受けたことはない。
 私は特別で、私が手を握って、見つめて頼めば、誰だって、自分が破滅したって、私を助けようとするものなのに。

 王子とか、勇者の末裔ならともかく、こんなただの店の護衛なんかに!!


 私は特別なのに。
おかしい。なにかがおかしい。


 考える暇もなく、本気で警吏を呼ばれるわけにはいかないので、私はその場を走って逃げた。




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