私は陥れられていたようです

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2章 領主の息子とカエルの王子

第15話 クロリスサイド:支配

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「いいなクロリス。君は俺が指示した相手の前で、できるだけ同情をひくんだ。男なんて単純だから、お前がちょっと涙を見せればきっと、コロッと態度を変える」
「まあ、そんな言い方なさらないで……。あの、でも少しでもシレジア子爵様のお役に立てるように、私頑張りますね」

 
 ニーナを追い出してから、3か月。
 シレジア子爵の薬草園もとっくに枯れて、無駄に数だけが増えた兵士たちの調子は戻らない。

 実はとっくに体調は戻っているけれど、以前のように剣術大会で成果をあげられないことを、いまだに「体調が悪い」とか、「ニーナが悪い」とかグチグチと言っている者も多いのを知っている。
 シレジア子爵はクビにしたいようだけど、契約の期間が残っていて、それはできないそうだ。

 やとった兵に対して、一方的に条件を反故にすると、雇い主の評判は落ちて、それ以降、下手したら何十年と、傭兵たちから見向きもされなくなることがあるらしい。
 それを恐れて、子爵家に不釣り合いな数の兵たちを、今でもシレジア子爵は雇い続けている。

 シレジア子爵はその状況に追い詰められているようで、私への扱いもかなりぞんざいになってきた。

 初めて会った時は、大人で、余裕があって、経営手腕に優れた自信に満ちた男性だと思ったのにとんだ期待外れ。
経営手腕なんて、全然ない。ただニーナをこきつかってただけの無能じゃない。こっちが騙された気分だった。



 今日はとある貴族のお屋敷で開かれるお茶会に来ていた。
 私とシレジア子爵はまだ一応婚約者ということになっているけれど、私の方にはもうその気は一切ない。
 この子爵を踏み台にして、こうしてお茶会などに参加して、もっと大物の貴族をひっかけてやるつもりだった。

 最近ではシレジア子爵も、私に見切りをつけているようだった。

 それでも対外的にはお互いに愛し合っているフリを続けている。


 
 薬草園が枯れてしまった時、既に注文を受けていた分を納品できなかったシレジア子爵のことを、王家は全く責めなかったという。
 どうやら王都で薬草を育てるなんて無茶な事、遅かれ早かれ無理がでると思っていたのだそうだ。
 王家の使者の人が、隠す気もなくそう言っていた。
 その使者は、これまでよくやったと言って、最後の薬草には少し割増料金すら払って、そして無料で貸してくれていた薬草園をシレジア子爵から返却させて、あっさりと帰って行った。


 問題は他の貴族たちだった。
薬草を確保したいがために、料金上乗せで前払いしていたような貴族までいたらしい。

 その前金は、無駄に増えた兵士達の給料を払うために、既に消えてしまっていた。
そのため薬草が納品できなくなったことで、シレジア子爵家は窮地に陥っていた。

 そこでシレジア子爵は、婚約者である私をいきなり社交界に連れ出し始めた。
違約金を払わなくてはならない相手に私を紹介して、同情をひかせて返済を待ってもらう計画なのだそうだ。


 ――返済を待ってもらう交渉ぐらい、自分でしろよ! この無能が!!



 と、言わないのには理由がある。
 私としても、次から次へと貴族を紹介されるのは、願ってもないチャンスだったからだ。
 つまり利害は完全に一致している。


「いつまで薬草を待たせるんだシレジア子爵! 今うちの領でも流行り病が広がりつつある。今ポーションがなくて、いつ使うというんだ。もう他で購入するから、さっさと支払ったお金を返してくれ!」
「申し訳ございません、ノルトハルム伯爵様。……そうだ、伯爵様にご紹介したい者がおります。こちらは私の婚約者のクロリス。とても優秀な聖女なんです」
「イヤ、今は……ほう、可愛らしいお嬢さんだ。君が王都で薬草を育てたという、優秀な聖女か。今は不調なのかな?」
「……すいません。必死に頑張っているのですが、流石に疲れがたまってしまって。今は薬草園も休ませて栄養を溜めていて、そして私の心身を休めているところなんです」
「おおそうかい、そうかい」


 最初はシレジア子爵に対して、苛立ちを隠さない様子だった伯爵が、私の潤んだ瞳を見ると同時に、責める勢いが弱まった。
 だけどまだ、イライラが収まるまではいかないようだ。
 
まだシレジア子爵を睨んでいる。
 お金を払っているのに、薬草が何か月も納品されていないのだから、当然だろう。
 訴えられても文句は言えない。

 また薬草園が復活するかもしれないという期待のせいで、今は訴えるまではしていないようだけど。


 そこで私は、少し強引に、ノルトハルム伯爵とやらの手を握った。
 いきなり貴族の手を握るなんてマナー違反はもとより承知だが、握ってしまえばこっちのもの。


 離れたところで、すごい顔をして私のことを睨んでいるご婦人が見える。
 この伯爵のパートナーかなんかだろうか。
 
 でもそんなことはどうでもいい。




 昔からこうやって、誰かの手を握る。
 そうして自然界から力を取り込む要領で、人からも力を吸い取るイメージをする。

 
「き、君なにを。ああ……でもまあ……」


 どういう原理かは分からない。
 だけどとにかくこれで、昔から誰もが必ず大人しくなる。

更にボーっとしている伯爵の、うつろな目を覗き込んで、言い聞かすように言葉を流し込む。

「ごめんなさい、伯爵様。私、頑張ります。薬草の事などでご相談したいので、これからご連絡をさしあげてもよろしいかしら。奥様に、ご迷惑でなければ」
「ああ。……そうだね……楽しみにしているよ。……使用人にも伝えておく。大事なことだから……妻も分かってくれる……」
「まあ! クロリス嬉しい」


 やはりこの伯爵は、既に奥方がいるようだ。
 もっと権力のある貴族ならば、奥方がいようがなんだろうが奪い取ってもいいけれど。
 この伯爵はそこまでして奪い取るほど価値のある男でもないだろう。

 ――まあ一応、使えそうだから、繋がりをもっておきましょう。


「クロリス……なにか困っていることがあるなら、なんでも言うんだよ」
「はい! ありがとうございますノルトハルム伯爵様。これからよろしくお願いいたします」




「……相変わらずだな。俺のこともああして、騙していたのか。くそう。お前さえいなければ、ニーナを捨てるなんてこと、しなかったのに」
「まあ酷い、シレジア子爵様。なんのことをおっしゃっているのか、分かりません。私は子爵様のために、いつも頑張っておりますのに」


 シレジア子爵を適当になだめるのにも、飽きてきた。
 もう本当に、早く他の誰かに乗り換えてしまいたいけれど、シレジア子爵の連れられていくお茶会ごときでは、ノルトハルム伯爵程度と会うのが精いっぱいだ。
 

 なにかもっと……大きな舞台はないのかしら。
大物が一堂に会すような大舞台は。


「クロリス。今度王宮で舞踏会がある。薬草園の功績と、3か月前までの兵士達の活躍への褒賞で、なんとか招待してもらうことができた。そこでもこの調子で、頼むぞ」



 ――王宮の舞踏会! これだ。きっと上位貴族や王族、そして王様や王子様にだって、会えるかもしれない。


 会えさえすれば、簡単に、人は私を好きになる。


 ――もうすぐ私は、この国の女性のトップになってみせるわ。見ていなさい、ニーナ。






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