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1章 下町の生活
第7話 流行り病
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さすがにそろそろ故郷へ帰ろうかと思いはじめたある日のことだった。
おばあやベルさん、食事をしに通ってくる常連客さんや、なぜかまだいるアレフさん達と、楽しくお喋りをしながら夕食の支度をしていると、宿のドアが荒々しく開いた。
「おばあ!! 頼む来てくれ!! 息子の意識がないんだ!!」
宿の3軒向こうの家の、お父さんのカラムさん。
私が初めて宿の外に出た日、気持ちよく会釈してくれたあの人だ。
「おやまあ大変! お医者さんには見せたのかい」
「今女房が呼びに行っている。だけど最近病が流行り始めているせいか、捕まらなくって……」
「私の力は、そんな大層なもんじゃないよ?」
「分かっている! 分かっているさ。だけど……頼むおばあ」
やっぱりおばあに聖なる力があることは、皆知っていたらしい。
ごくわずかな力だけど、でも皆も感じていたのだ。
病にも、聖なる力の回復は有効だ。
力が余計なものを倒してくれるのか、それとも体の力が強くなるのか。
どういう理屈か分からないけれど、大抵の病気は聖力の大きさに比例して、治る。
迷うことなく男性の後をついていくおばあ。
私は一瞬だけ戸惑った後、おばあと一緒に歩き始めた。
アレフさんが心配気な視線を送ってくる。
私が聖女だとバレたら、ここにもういられなくなるかもしれない。それでもいい。
ごくわずかな力でも、私を癒してくれたおばあ。
病気の子の元へ、戸惑うことなく向かおうとしている。
力の大小なんて、強弱なんて、関係ない。
クロリスに能力で負けたとか、そんなことを考えていた自分が恥ずかしい。
この人こそが、本当の聖女だ。
おばあみたいな人に、私はなりたい。
こんなふうに、街中の皆から頼りにされて、助けて、助け合って、生きていきたい。
私のお父さんとお母さんも、そうしているように。
「……隠していたんじゃないのかい。いいの? ニーナ」
「はい」
やっぱりおばあは私が聖女だって、分かっていたのか。
その言葉は意外だったけど、不思議と驚きはしなかった。
*****
ベッドに寝かされた男の子は5歳くらいだろうか。
カラムさんの息子のマテオ君。
宿で働く日々で、買い物の時などによく見かけていた。
いつもお友達何人かで、道で追いかけっこやボール遊びを元気にしていた。
私に気が付くと、笑顔で挨拶をしてくれた。
だけど今は、グッタリとしていて、呼びかけにも反応がない。
「朝から熱があったのに……マテオが一人で留守番できるってんで、置いていってしまって。くそぅ」
マテオ君のお父さんのカラムさんが、自分を責めるように、きつく拳を握り締めていた。
「こらこら、自分を責めるんじゃない。お父さんお母さんのことを思いやれる、良い子じゃないか。そしてカラム。あんたは、家族のために一生懸命に働く、とっても良いお父さんだ。いつも頑張っているね」
「おばあ……。頼むマテオ。死なないで……死なないでくれ」
カラムさんは泣きながら、ただ祈るように、そう言った。
「ニーナちゃん。いくらあんたが聖女の力が強くても……これじゃあ、もう」
おばあがカラムさんに聞こえないように、小さな声でそう言ってきた。
意識を失っているマテオ君は、相当衰弱しているようで、力なくクッタリとしていた。
だけどまだ生きてはいる。
「生きてさえいてくれれば大丈夫。まだ生きていてくれてよかった。頑張ったね、マテオ君。頑張ってくれたんだね」
私の体中に、力が漲っている。
朝の空気、陽の光、気持ちよく綺麗に掃除された通りの活力。
夕日に照らされながらの散歩、帰りを急ぐ鳥たちの鳴き声。
広大な自然に囲まれた故郷と同じくらい、ここはエネルギーに満ち溢れている。
その力を、グッタリとして動かないマテオ君に分け与えていく。
体がびっくりしないように、ゆっくりと。
蝋のように真っ白だったマテオ君の頬が、少しずつ少しずつ、血色を帯びていく。
それを見て、私の心もまた、温かいもので満たされた。
シレジア子爵家で兵士を回復する時は、能力を使うと、力が吸い取られる感覚がしたけれど、今は逆に、力がどんどん湧いてくる気さえする。
「ニーナちゃん、君は……」
カラムさんが、驚いたように私のことを見ている。
私が聖女だということに気が付いたんだろう。
――良かった。
婚約破棄されて、陥れられて、馬車に乗り遅れて、良かった。
だって、そのことがあったから私はここにいる。今ここにいられて、マテオ君を助けることができた。本当に良かった。
「……おとうさ……おか……さ……」
「マテオ!!」
ついにマテオ君の意識が戻る。
カラムさんが、信じられないというように、恐る恐る、マテオ君に近づいた。
「マテオ、本当に意識が戻ったのか……?」
「おとうさ……おかえ……り」
「マテオ!! ああ、マテオ! 奇跡だ信じられない。ありがとうニーナちゃん。ありがとう。ああ、なんて感謝すれば……」
――これが、私が王都へきて、やりたいことだったんだ。
おばあやベルさん、食事をしに通ってくる常連客さんや、なぜかまだいるアレフさん達と、楽しくお喋りをしながら夕食の支度をしていると、宿のドアが荒々しく開いた。
「おばあ!! 頼む来てくれ!! 息子の意識がないんだ!!」
宿の3軒向こうの家の、お父さんのカラムさん。
私が初めて宿の外に出た日、気持ちよく会釈してくれたあの人だ。
「おやまあ大変! お医者さんには見せたのかい」
「今女房が呼びに行っている。だけど最近病が流行り始めているせいか、捕まらなくって……」
「私の力は、そんな大層なもんじゃないよ?」
「分かっている! 分かっているさ。だけど……頼むおばあ」
やっぱりおばあに聖なる力があることは、皆知っていたらしい。
ごくわずかな力だけど、でも皆も感じていたのだ。
病にも、聖なる力の回復は有効だ。
力が余計なものを倒してくれるのか、それとも体の力が強くなるのか。
どういう理屈か分からないけれど、大抵の病気は聖力の大きさに比例して、治る。
迷うことなく男性の後をついていくおばあ。
私は一瞬だけ戸惑った後、おばあと一緒に歩き始めた。
アレフさんが心配気な視線を送ってくる。
私が聖女だとバレたら、ここにもういられなくなるかもしれない。それでもいい。
ごくわずかな力でも、私を癒してくれたおばあ。
病気の子の元へ、戸惑うことなく向かおうとしている。
力の大小なんて、強弱なんて、関係ない。
クロリスに能力で負けたとか、そんなことを考えていた自分が恥ずかしい。
この人こそが、本当の聖女だ。
おばあみたいな人に、私はなりたい。
こんなふうに、街中の皆から頼りにされて、助けて、助け合って、生きていきたい。
私のお父さんとお母さんも、そうしているように。
「……隠していたんじゃないのかい。いいの? ニーナ」
「はい」
やっぱりおばあは私が聖女だって、分かっていたのか。
その言葉は意外だったけど、不思議と驚きはしなかった。
*****
ベッドに寝かされた男の子は5歳くらいだろうか。
カラムさんの息子のマテオ君。
宿で働く日々で、買い物の時などによく見かけていた。
いつもお友達何人かで、道で追いかけっこやボール遊びを元気にしていた。
私に気が付くと、笑顔で挨拶をしてくれた。
だけど今は、グッタリとしていて、呼びかけにも反応がない。
「朝から熱があったのに……マテオが一人で留守番できるってんで、置いていってしまって。くそぅ」
マテオ君のお父さんのカラムさんが、自分を責めるように、きつく拳を握り締めていた。
「こらこら、自分を責めるんじゃない。お父さんお母さんのことを思いやれる、良い子じゃないか。そしてカラム。あんたは、家族のために一生懸命に働く、とっても良いお父さんだ。いつも頑張っているね」
「おばあ……。頼むマテオ。死なないで……死なないでくれ」
カラムさんは泣きながら、ただ祈るように、そう言った。
「ニーナちゃん。いくらあんたが聖女の力が強くても……これじゃあ、もう」
おばあがカラムさんに聞こえないように、小さな声でそう言ってきた。
意識を失っているマテオ君は、相当衰弱しているようで、力なくクッタリとしていた。
だけどまだ生きてはいる。
「生きてさえいてくれれば大丈夫。まだ生きていてくれてよかった。頑張ったね、マテオ君。頑張ってくれたんだね」
私の体中に、力が漲っている。
朝の空気、陽の光、気持ちよく綺麗に掃除された通りの活力。
夕日に照らされながらの散歩、帰りを急ぐ鳥たちの鳴き声。
広大な自然に囲まれた故郷と同じくらい、ここはエネルギーに満ち溢れている。
その力を、グッタリとして動かないマテオ君に分け与えていく。
体がびっくりしないように、ゆっくりと。
蝋のように真っ白だったマテオ君の頬が、少しずつ少しずつ、血色を帯びていく。
それを見て、私の心もまた、温かいもので満たされた。
シレジア子爵家で兵士を回復する時は、能力を使うと、力が吸い取られる感覚がしたけれど、今は逆に、力がどんどん湧いてくる気さえする。
「ニーナちゃん、君は……」
カラムさんが、驚いたように私のことを見ている。
私が聖女だということに気が付いたんだろう。
――良かった。
婚約破棄されて、陥れられて、馬車に乗り遅れて、良かった。
だって、そのことがあったから私はここにいる。今ここにいられて、マテオ君を助けることができた。本当に良かった。
「……おとうさ……おか……さ……」
「マテオ!!」
ついにマテオ君の意識が戻る。
カラムさんが、信じられないというように、恐る恐る、マテオ君に近づいた。
「マテオ、本当に意識が戻ったのか……?」
「おとうさ……おかえ……り」
「マテオ!! ああ、マテオ! 奇跡だ信じられない。ありがとうニーナちゃん。ありがとう。ああ、なんて感謝すれば……」
――これが、私が王都へきて、やりたいことだったんだ。
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