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4.数年後

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 それから数年。

「エミリア! エミリアはいるか!」
「はい、お義父さま」

 私が階段の上からひょっこり頭を突き出すと、玄関の前にいた伯爵は目を逸らし、わざとらしく口髭を手で捻り始めた。

「私は今から街に出掛ける。それで、たまたま……本当にたまたまだが、仕立て屋に少し用事がある。お前に何か仕立ててやらんこともない。この家の者として、あまりみすぼらしい姿をされては敵わんからな」
「お義父さま……」
「ほら、行くぞ!」

(うーん、どうしよう)

 困った。

 義父はそんなことないと否定するけれど、全力で私を甘やかしているのである。

 私の部屋の衣装箪笥は、山のような服で溢れ返っている。普段着、茶会用のドレス、晩餐会のドレス(今はまだ私には不要のものだけれど)、外出用のコート。季節ごとに仕立てられているので、もうこれ以上入る余地はない。

「お義父さま、一緒にお出かけとか、新しい服は嬉しいですけど、私、もう沢山持ち過ぎですよ?」
「む、むう、何だと……では、お前が行きたがっていた茶店で菓子を……いや、視察だからな?! 視察のついでにだな」
「お待ちなさい」

 ぴしっと、空気を凍らすような声が割って入ってきた。

「この子は、これから私とお茶の時間です。前から約束していたのですからね?」

 厨房の戸を開けて、義母が直立して立っている。長身から見下ろす目は厳しく、声音はどこまでも冷たい。

「いくら貴方でも、約束に割って入ることは許しません」
「そ、そうか……だがな、アンナ。お前は毎日毎日、気が付くとしょっちゅうエミリアとお茶をしているではないか。甘やかしすぎではないのか?」
「この子には、料理人が失敗した菓子を食べさせているのです。甘やかしてなどおりませんわ」
「そ、そうなのか……」

 義母の勝ちだ。
 義父は、「ふん、寂しくなどないからな!」とうそぶきながら、渋々と出掛けていった。多分、何かお土産を買ってきてくれるだろう。そういう人たちだから。私はどうしても浮かんできてしまう笑みを、なんとか押し殺して隠した。




「いいこと、不味い茶菓子を食べても、にこやかに振る舞えるのが淑女というものよ。さあ、お食べなさい」

 テーブルを挟んで座っている義母が、お茶のカップを傾けながら冷ややかに言う。

 並んでいるのは、どれも私の好物ばかりだ。こんがりと焼けたきつね色、もしくは宝石みたいにきらきらしたお菓子が、ちょっと懐かしい感じの小花模様のお皿に整列している。

 どこが失敗作なのか分からない。たまにわざとらしく端っこが崩されたりして、失敗作ですよ! と主張してくることもあるけれど、間違いなく美味しい。不味かったら義母が出してくるわけがないのである。

「お義母さま、美味しいです!」
「そう。そうね……どうせ大して舌も肥えていないのだから、貴方にはこれで十分でしょう。さあ、これもお食べなさい」

 今日も小娘に意地悪をしてやったわ! という空気を全力で張り巡らせながら、私を甘やかすお義母さま。私が美味しいものを食べてにこにこしていると、釣られて唇の端が吊り上がってきて、はっ! となって冷たい顔に戻すお義母さま。不器用にも程があると思う。

(……明日の食事は、野菜スープやサラダが山盛りなんだろうなあ)

 お義母さまは、私を甘やかしたくて、お菓子を沢山与えたくて、たまに欲望のままにやってしまうのである。その後、我に返って後悔するらしい。「この子に甘いものばかり与えてしまって、健康を害したらどうしよう……」という風に。

 それで、翌日の野菜スープやサラダなのだ。ちなみに、新鮮な野菜はとても高い。遠くの農地から、人手や金をかけて運ばれてくるので、伯爵家ならではの豪華なメニューだったりする。それが、お義母さまの愛情表現でもある。

 そう、この家は誰も素直にはなれないけれど(伯爵一家に感化されたのか、家令やメイドまでツンツンしている)、皆が皆、心の中は黄金のように優しい。

 実の両親を失ったことは不幸だけれど、この家族に出会えたことは本当に幸せだった。神さまありがとう、と私は思っていた。
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