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3.兄妹

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 その夜、私は可愛らしい部屋の中で立ちつくしていた。

 足元には、色とりどりの毛糸で編まれた、ふんわりした敷物が敷いてある。壁際には、ビーズ飾りのついたランプ。そのままうろうろと、部屋のあちこちに視線を彷徨わせていると、鏡に映る自分の顔と目が合った。困ったような顔をしている。

(……ええと、これはどういうこと)

 困惑したまま、自分の右手に視線を落とした。その手は一回りも小さな女の子の手に繋がれていて、小さな指でぎゅっと握り締められている。

 ヴィオラは、食事の席では結局一言も言葉を発しなかった。今も、何も言わない。言わないまま、私に付いて部屋までやってきて、私の手を握り締め、以来、断固として離してくれないのである。

「……えっと……ヴィオラ?」

 恐る恐る呼びかけると、彼女はきゅっと口元を引き結んだ。私の手を引っ張って、ゆさゆさと揺らす。喜んでいるのか、怒っているのか、照れているのか分からない。

「おい、ヴィオラ」

 戸口から顔を覗かせたリシェルが、この状況を解決してくれた。

「幾ら興味があるからって、いつまでもくっついているな。子供部屋に戻れ」
「……!」

 ヴィオラが顔を顰め、私の背中に隠れようとする。大股で踏み込んできたリシェルが、猫の仔でも掴むようにヴィオラの襟足を掴んで引っ張り出した。慣れた様子だ。

「……! 兄、きらい」
「そうかそうか。じゃあ、邪魔したな」

 私が何か言う暇もなく、兄妹の姿は見えなくなった。

「……。寝よう」

 誰もいなくなった部屋は、妙にがらんとして感じられた。可愛らしい壁紙やカーテンも、もはや私の気持ちを慰めてはくれない。自分の家ではない場所にいて、血の繋がった家族にはもう二度と会えない。そのことを思い出してしまう。

 しくしく痛む胸を無視して、私は寝台の中に潜り込んだ。そのまま目を閉じる。疲れていたせいか、程なく眠りに落ちた。




 夢を見た。たぶん、悲しい夢だ。私は自分の泣き声に驚いて、目を覚ましたからだ。

「うう……お母さん……お父さん」

 か細い声を出しながら泣いていたらしい。ぎりっと歯を食いしばって、声を抑え込んだけれど、我慢すればするほど、余計に悲しみが募った。涙は絶え間なく流れ落ちる。泣き過ぎて頭が痛くなって、みじめさが極まったとき、

「おい」

 部屋のドアが開いて、廊下の冷たい空気が入り込んできた。咄嗟に声も出ず、現れた兄妹を見つめる。リシェルは不機嫌そうに、ヴィオラは相変わらず無言で、指をしゃぶりながら私をじっと睨んでいた。

「……え?」
「ヴィオラが、どうしてもお前と一緒に寝たいというから、連れて来た」
「うー!」
「なんだ、ヴィオラ。お前がそう言ったんだろう」
「兄、無神経。きらい」
「そうかそうか」

 私の返事を聞くつもりはないらしい。ヴィオラは小走りにやってくると、物も言わずに私の寝台に潜り込んだ。私を奥に押しやるようにして、布団の中で丸くなる。
 子供らしい高い体温が伝わってきて、私は少しばかり和んでしまった。

「よし、お前らはそのまま寝ろ」

 ずかずかと入り込んできたリシェルが、寝台脇の椅子に座り込み、手にした絵本を開く。私は驚いて、声を上げた。

「リシェル……さま?」
「お義兄さまと呼べ。何だ」
「そこで何を?」
「子供が寝るまで読み聞かせをしてやるのは、年長者の義務だ。俺は義務を果たそうとしているだけだ、何が悪い」
「悪くないですけど……」

 年長者といっても、まだまだ彼も子供だ。私より一つか二つ、上なだけでは?

 そう思ったけれど、私が何か言うより早く、彼は絵本を開いて読み上げ始めてしまった。
 綺麗な白鳥が七羽、可哀想なお姫様が一人、悪い小人が三人出てくる話だ。リシェルは慣れているらしく、堂々たる読みっぷりだった。

「……そしてお姫様は、小人たちを配下につけ、城を奪い返しました」

 頭の中で、お姫様や小人たちがくるくると踊っている。

 だんだん布団の中が温かくなってきて、瞼が開けていられないぐらい重たくなる。傍らで寝息を立てる少女の体温と、私が眠るまで本を読み続けている少年の声を感じながら、私はいつしか、深い眠りに落ちていった。
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