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1.覚醒

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「お前のような者を、悪役令嬢と言うのだ! 見ろ、あの吊り上がった赤い目! 魔物のような銀色の髪! 見た目だけでなく、臓腑の中まで真っ黒に決まっている」

 ごきげんよう。
 只今、罵詈雑言を浴びております、公爵令嬢のシェルリーナと申します。

 ここは断罪劇場……ではなかった、リュクサル王子殿下の生誕祝いの会場でございます。王子の婚約者である私は、「将来の王子妃に相応しい振舞いを学ぶため」とか何とか理由をつけて、式典の準備だの招待状送付だの、様々な雑事をまるっと任されておりました。ついさっきまで、右から左に慌ただしく奔走し、ようやく一息ついて、渇いた喉を潤しておりましたところ。

「公爵令嬢、いや、悪役令嬢シェルリーナ! お前との婚約を破棄させてもらう!」

 おお、びしっと。
 人に指を突き付けてはならない、と習いませんでしたか?

 習わなかったのでしょうね、リュクサル王子は、こう申しては何ですが、とても出来の悪い方で……いや、小僧で。

 そう。小僧。ふふふ。

 ふふふふふふふ。

「な、何を笑っている?!」
「だって、可笑しくて」

 たかが、こんな小僧が。

 こんなに愚かで、吹けば飛ぶようなひ弱な小僧が。

 指を突き付ける?

 俺に、私に、俺に、私に、私に、俺に

(この魔王シェルディエンカに)

 朱く光る目を閉じる。何か、鋼鉄の枷のように重たく全身を締め付けていたものが、パキッと音を立ててひび割れ、崩れ落ちていくのを感じた。解放。俺は、解き放たれた。

 全身の細胞が、目覚めたばかりの魔力に満ちていく。脈打ち、広がっていく。これまで失われていた、いや、かくされていた記憶が、力が、この細い身体を満たして潤していく。

 魔力の風が渦巻いた。俺の、くるくると巻かれた銀色の髪が揺れる。どうしてこんなに硬く、ぎっちりと巻いてあるんだ? 何を考えていたんだ、シェルリーナとしての俺は?

 白く細い指先を髪に添わせ、端まで魔力を流す。巻かれていた髪がするりと伸び、真っ直ぐな銀糸となってたなびく。

(ふふふ。十七歳の令嬢に転生していたとはな。悪くない)

 あれだけ人を殺し、畏れさせた俺が、まさか人に生まれ変わるなどと。かつて俺を殺した勇者がこれを知ったら、さぞかし嘆くのではないか?

「き……貴様、何を……」

 ふむ。勇者はともかく、まずはこいつか。

「リュクサル」

 侮蔑を込めて、その名を呼んでやる。声の質は変わっていない。細い少女の声。だが、柔らかみは失われ、自然と力ある者の号令となる。

「なっ……なんだ、この私を呼び捨てにするか! しかもその……目付きは何だ!」
「吠えるな、うっとうしい」

 俺は笑う。

「大人しく従ってやっていたものを。あまりの愚かさに、我が力と記憶が蘇ってしまったぞ。……ふふふ、むしろ褒めてやろう。よくやった」
「なっ……」

 王子は腰の剣に手を掛けたが、腰が引けている。実戦など経験したこともない、ひ弱な青二才だ。

 だが、王子を守るべく、左右から護衛騎士たちが進み出てきた。聖別された鎧と剣を身に着けている。

「懐かしいな、聖騎士どもか。今代の騎士どもの質はどうか、確かめてやろう」
「こ、この悪役令嬢め! あまりに無礼な態度を取り続けるなら、斬り伏せるぞ! 泣いて地に伏せるがいい」
「やかましい」

 本当にやかましい。
 この青二才が。
 魔力を籠めるまでもない。

「ぐおわぁぁぁああ」

 俺の拳を顔面に受けて、王子が空を飛んだ。ぽーんと、綺麗な放物線を描く。
 うむ、気持ち良く飛ばせた。

 ぺちっと妙に軽い音を立てて、王子は地面に落ちて顔面からめり込んだ。よし、これで静かになった。俺は周囲に向かって、細い手を振ってみせる。

「さすが、頭が軽いとよく飛ぶな」
「……っ」

 祝賀の会場が凍りつく。招待客も、進み出てきた騎士たちも、咄嗟に身動きが出来ないようだ。

 それもそうだろう。

「我が名は、魔王シェルディエンカ。呪詛と混沌の女王。我が意に逆らう者は、この場で新鮮な血と肉塊に変えてやろう」

 俺の立っている地面が冷たく暗く、瘴気に満たされて溶け出していく。ひそやかに咲き出していた野花が変色し、枯れ、粉々に散る。自ら作り出した泥濘の中に立って、俺は笑う。かつて多くの犠牲を払いながら、勇者の剣によって倒された魔王。再びこの地に降り立ったならば、まずはこの愚か者どもの国を我が物にしてやろうではないか。
 
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