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後日談、或いはおまけ

30.エラ、演技指導を受ける

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※「それから数年後……」になる前のお話、本編終了後のおまけ話です。
※8話か9話程度で終わります。






「エラ、もっと無造作に、身体の力を抜いて、腕の振りを大きくして。座るときも、ドサッと体重を落とす感じにするといいんだ、ですわ」
「……こうですか?」
「そうそう、上手ですわ、エラ!」
「大分男らしくなってきたですわ」

 男装するのは意外と楽しいものだ、とエラは発見した。

 こんな時でなければ一生着ることも無かったであろう、白いドレスシャツにふんわりとした半ズボンブリーチズを履き、かっちりとした脚絆ゲートルをボタン留めする。ドレスを脱いで脚の形をくっきりと見せつけるのは初めての経験で、おぼろげな不安を感じないでも無かったが、それ以上に爽快感と解放感がまさった。

「ふっ、俺は男に生まれるべきだったかもしれません……しれない、ぜ!」

 大股に歩きながら、胸を張って宣言してみる。

 優しい継姉たちは、やんやと喝采してくれた。

「いいぞいいぞ、ですわ!」「凄く男らしいですわ!」
「………………いや、おかしいだろ、お前ら」

 膨れ上がる高揚感に、水を差す不粋な声がひとつ。

(うっ)

 すっかり浮かれまくっていたエラは、その瞬間、きゅっと胸が締め付けられたような気がした。

 軽く息を吸い込んで、声のした方向を振り返る。

 声の主は窓辺に置かれたソファにだらしなく寝そべって、こちらを呆れたような目で見ていた。そんなだらけ具合でも、まるで芸術品のように完璧な容姿だ。細く長い手足、銀糸のように光る髪、濁りも染みもない清冽とすら思える美貌。本人は清らかどころか、世間的に大きな声で言えないような仕事に勤しむ不逞の輩なのだが。

(お義母さまなら、こんなとき、背筋をもっと伸ばして……だらけた姿なんて絶対に見せないのに)

 ついつい考えてしまう。

 シェラン・ドゥーカンという人間が嫌いなわけではない、むしろ恩義を感じているし、その絵画のような美貌にはどうしても目を惹かれてしまう。

 ただ……恐らくエラは、お義母さまという人が好き過ぎたのだろう。その存在が嘘だと知ってもなお、面影を追い続けてしまうぐらいには。

「そもそも、なんで女装したまま男演技の指導をやってんだ? お姉さま達に男の心得を教わるエラって……倒錯的すぎるだろ」
「倒錯的とかボスが何を言う~? ですわ」
「倒錯はボスの専売特許なのにですわ」
「お前ら……」

 遠慮のないやり取りが続く。

 エラの目から見ても、シェランとその部下たちの仲は良好である。深入りするでもなく、いつもある程度の距離を保っているのだが、常にほわんと、のんびりした空気が漂っているのだ。この連中が詐欺師集団をやっているとか、むしろその事実のほうが詐欺なのでは?

 そんなことを考えていたので、シェランが目の前に立ったとき、唐突にその場に現れたような錯覚に陥って、エラはぎょっとした。

「エラ」
「は、はい?!」
「大袈裟な動きとか、わざと乱暴な口調は止めとけ。違和感が増して、余計に注目されるだけだ。場の空気に馴染んでもらう必要があるからな」
「場に馴染む……」
「『サロン』には、はぐれ者か、どこか世を拗ねたような奴しかいない。お前も反抗期の子供みたいな雰囲気を出した方がきっと合う。背中を丸めて、誰かと視線が合ったら強く睨んでみろ」
「はあ」

 顔を上げると、シェランと視線がかち合った。真っ先に睨んでみろということ? ……エラは睨んだ。自然と口元が尖って、拗ねた子供のような表情になる。

「そう、それだそれ。お前はどこまでも女らしさが消せていないからな、ありきたりな男らしさを追求するより、成長期のいびつな雰囲気を狙ったほうがいい」

 シェランがにやにやしている。エラに睨まれているというのに、やけに嬉しそうだ。

「……楽しそうですね」
「そりゃあな? お前の拗ねた顔はやたら可愛いからな。自然とにやけもする」
「……」

(この詐欺師……)

 なんでこういうことを素で言えてしまうのだろう。

 エラは警戒する猫の如く毛を逆立て……いや、逆立てる毛がない彼女は、頬を膨らませてぷいっと横を向いた。
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