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25.詐欺師、暴露する
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「ボス! 荷物が多すぎると駆け落ちの雰囲気が台無しですわ。数日分の着替えと手回り品ぐらいでいいですよね? 偽造身分証が五枚もあれば世界中どこにでも身一つで行けるって、ボスも常々言ってたことですしね」
「ボス! いつでも馬車を呼べるぞですわ! 駆け落ちは迅速に、ですわ」
「お前たちは……なぜ、俺を駆け落ちさせようとしてるんだ?」
その夜、花のようなドレスの裾を翻し、ドスドスと足音を立てながら駆け寄ってくる部下たちを見て、シェランは思わず額を押さえた。
「いや、だって、そういう空気だったですわ!」
「だって、って何だ」
(……そういう雰囲気だったか?)
継娘に勇ましく求愛されて、シェランが深窓の姫君のようにキュンキュンしていたことは認める。認めよう……。否定ができない。
いや、あれは求愛だったのか? エラは、愛するお義母さまを魔の手から守ろうとしていただけだろう。健気な娘心というやつだ。
「駆け落ちしても、ボスはずっと俺たちのボスなのですわ! 俺たちのことを忘れないで欲しいのですわ……」
「ボス……お幸せに」
「なんだかいい話みたいな流れに持っていくな。駆け落ちはしないぞ。ともかく、今のところはな」
暗い屋敷の中、自室の扉の前で二人を振り返ると、シェランは眦を吊り上げた。
「いいか、お前ら。今夜はドレスを着なくていい。俺の指示した通りに動け。明朝、エラが起きてくる前に全部済ませるぞ」
「……」
「……」
「どうした?」
「ボス……ドレスを着なくていいと言われてもどうしたらいいのか。俺たち、今ではもう、ドレスじゃないとなんだか落ち着かないのですわ」
「お前らも染まり切ったもんだな……」
いかつくてごつい顔と、骨ばってごつい顔を交互に眺める。心なしか、可愛げが出てきた……ような気がする。錯覚かもしれないが。
ちなみに、男爵がこの家の門をくぐってからというもの、シェランは彼らと男爵が直接顔を合わせることがないように回避させている。いくら、男爵がシェランしか目に入っていない色ボケとは言え、ドレスを着た男二人と引き合せるのは流石に刺激が強すぎる。
代わりに、彼らには従僕の格好をさせて、これからシェランの立てた計画に役立ってもらうつもりだ。
(計画っていう程でもないけどな)
皮肉げに唇を歪ませると、シェランは部下たちを追い出し、自室に足を踏み入れた。
暗く冷え切った部屋のランプを灯し、芯を切って明るくする。作業を終えたところで、コンコンと扉に控えめなノックの音が響いた。知らず、冷たい笑みが込み上げて来るのを抑えて、客人を出迎えに行く。
「ああ……我が妻よ」
扉の外に、男爵のにやついた顔が見えた。その瞬間、扉に思い切り挟んで締め上げてやりたくなる衝動を堪えて、シェランは書類上の夫を部屋に招き入れた。
「待ちかねたぞ。こうして部屋に招いてくれたということは、シェリーも私を待ちわびていたのだろう……ああ、シェリー……」
「ハッ」
手をわきわきさせながら近付いてくる男に向かって、シェランは行儀悪く全力でせせら笑った。
いつもどおり美しく男爵夫人として装ってはいるが、素の態度が剥き出しで、無造作な身のこなしを隠すこともしていない。大仰に肩をすくめながら、
「男爵。あんたは気付いてないだろうから教えてやるが、世の中はあんたの望むようには出来ていない」
「シェ、シェリー?」
「残念だが、俺はシェリーじゃない。シェリーなんてものはいない。あんたは詐欺師に引っ掛かったんだよ、男爵」
「ボス! いつでも馬車を呼べるぞですわ! 駆け落ちは迅速に、ですわ」
「お前たちは……なぜ、俺を駆け落ちさせようとしてるんだ?」
その夜、花のようなドレスの裾を翻し、ドスドスと足音を立てながら駆け寄ってくる部下たちを見て、シェランは思わず額を押さえた。
「いや、だって、そういう空気だったですわ!」
「だって、って何だ」
(……そういう雰囲気だったか?)
継娘に勇ましく求愛されて、シェランが深窓の姫君のようにキュンキュンしていたことは認める。認めよう……。否定ができない。
いや、あれは求愛だったのか? エラは、愛するお義母さまを魔の手から守ろうとしていただけだろう。健気な娘心というやつだ。
「駆け落ちしても、ボスはずっと俺たちのボスなのですわ! 俺たちのことを忘れないで欲しいのですわ……」
「ボス……お幸せに」
「なんだかいい話みたいな流れに持っていくな。駆け落ちはしないぞ。ともかく、今のところはな」
暗い屋敷の中、自室の扉の前で二人を振り返ると、シェランは眦を吊り上げた。
「いいか、お前ら。今夜はドレスを着なくていい。俺の指示した通りに動け。明朝、エラが起きてくる前に全部済ませるぞ」
「……」
「……」
「どうした?」
「ボス……ドレスを着なくていいと言われてもどうしたらいいのか。俺たち、今ではもう、ドレスじゃないとなんだか落ち着かないのですわ」
「お前らも染まり切ったもんだな……」
いかつくてごつい顔と、骨ばってごつい顔を交互に眺める。心なしか、可愛げが出てきた……ような気がする。錯覚かもしれないが。
ちなみに、男爵がこの家の門をくぐってからというもの、シェランは彼らと男爵が直接顔を合わせることがないように回避させている。いくら、男爵がシェランしか目に入っていない色ボケとは言え、ドレスを着た男二人と引き合せるのは流石に刺激が強すぎる。
代わりに、彼らには従僕の格好をさせて、これからシェランの立てた計画に役立ってもらうつもりだ。
(計画っていう程でもないけどな)
皮肉げに唇を歪ませると、シェランは部下たちを追い出し、自室に足を踏み入れた。
暗く冷え切った部屋のランプを灯し、芯を切って明るくする。作業を終えたところで、コンコンと扉に控えめなノックの音が響いた。知らず、冷たい笑みが込み上げて来るのを抑えて、客人を出迎えに行く。
「ああ……我が妻よ」
扉の外に、男爵のにやついた顔が見えた。その瞬間、扉に思い切り挟んで締め上げてやりたくなる衝動を堪えて、シェランは書類上の夫を部屋に招き入れた。
「待ちかねたぞ。こうして部屋に招いてくれたということは、シェリーも私を待ちわびていたのだろう……ああ、シェリー……」
「ハッ」
手をわきわきさせながら近付いてくる男に向かって、シェランは行儀悪く全力でせせら笑った。
いつもどおり美しく男爵夫人として装ってはいるが、素の態度が剥き出しで、無造作な身のこなしを隠すこともしていない。大仰に肩をすくめながら、
「男爵。あんたは気付いてないだろうから教えてやるが、世の中はあんたの望むようには出来ていない」
「シェ、シェリー?」
「残念だが、俺はシェリーじゃない。シェリーなんてものはいない。あんたは詐欺師に引っ掛かったんだよ、男爵」
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