上 下
25 / 38

25.詐欺師、暴露する

しおりを挟む
「ボス! 荷物が多すぎると駆け落ちの雰囲気が台無しですわ。数日分の着替えと手回り品ぐらいでいいですよね? 偽造身分証が五枚もあれば世界中どこにでも身一つで行けるって、ボスも常々言ってたことですしね」
「ボス! いつでも馬車を呼べるぞですわ! 駆け落ちは迅速に、ですわ」
「お前たちは……なぜ、俺を駆け落ちさせようとしてるんだ?」

 その夜、花のようなドレスの裾を翻し、ドスドスと足音を立てながら駆け寄ってくる部下たちを見て、シェランは思わず額を押さえた。

「いや、だって、そういう空気だったですわ!」
「だって、って何だ」

(……そういう雰囲気だったか?)

 継娘に勇ましく求愛されて、シェランが深窓の姫君のようにキュンキュンしていたことは認める。認めよう……。否定ができない。

 いや、あれは求愛だったのか? エラは、愛するお義母さまを魔の手から守ろうとしていただけだろう。健気な娘心というやつだ。

「駆け落ちしても、ボスはずっと俺たちのボスなのですわ! 俺たちのことを忘れないで欲しいのですわ……」
「ボス……お幸せに」
「なんだかいい話みたいな流れに持っていくな。駆け落ちはしないぞ。ともかく、今のところはな」

 暗い屋敷の中、自室の扉の前で二人を振り返ると、シェランはまなじりを吊り上げた。

「いいか、お前ら。今夜はドレスを着なくていい。俺の指示した通りに動け。明朝、エラが起きてくる前に全部済ませるぞ」
「……」
「……」
「どうした?」
「ボス……ドレスを着なくていいと言われてもどうしたらいいのか。俺たち、今ではもう、ドレスじゃないとなんだか落ち着かないのですわ」
「お前らも染まり切ったもんだな……」

 いかつくてごつい顔と、骨ばってごつい顔を交互に眺める。心なしか、可愛げが出てきた……ような気がする。錯覚かもしれないが。

 ちなみに、男爵がこの家の門をくぐってからというもの、シェランは彼らと男爵が直接顔を合わせることがないように回避させている。いくら、男爵がシェランしか目に入っていない色ボケとは言え、ドレスを着た男二人と引き合せるのは流石に刺激が強すぎる。

 代わりに、彼らには従僕の格好をさせて、これからシェランの立てた計画に役立ってもらうつもりだ。

(計画っていう程でもないけどな)

 皮肉げに唇を歪ませると、シェランは部下たちを追い出し、自室に足を踏み入れた。

 暗く冷え切った部屋のランプを灯し、芯を切って明るくする。作業を終えたところで、コンコンと扉に控えめなノックの音が響いた。知らず、冷たい笑みが込み上げて来るのを抑えて、客人を出迎えに行く。

「ああ……我が妻よ」

 扉の外に、男爵のにやついた顔が見えた。その瞬間、扉に思い切り挟んで締め上げてやりたくなる衝動を堪えて、シェランは書類上の夫を部屋に招き入れた。

「待ちかねたぞ。こうして部屋に招いてくれたということは、シェリーも私を待ちわびていたのだろう……ああ、シェリー……」
「ハッ」

 手をわきわきさせながら近付いてくる男に向かって、シェランは行儀悪く全力でせせら笑った。

 いつもどおり美しく男爵夫人として装ってはいるが、素の態度が剥き出しで、無造作な身のこなしを隠すこともしていない。大仰に肩をすくめながら、

「男爵。あんたは気付いてないだろうから教えてやるが、世の中はあんたの望むようには出来ていない」
「シェ、シェリー?」
「残念だが、俺はシェリーじゃない。シェリーなんてものはいない。あんたは詐欺師に引っ掛かったんだよ、男爵」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二十歳の同人女子と十七歳の女装男子

クナリ
恋愛
同人誌でマンガを描いている三織は、二十歳の大学生。 ある日、一人の男子高校生と出会い、危ないところを助けられる。 後日、友人と一緒にある女装コンカフェに行ってみると、そこにはあの男子高校生、壮弥が女装して働いていた。 しかも彼は、三織のマンガのファンだという。 思わぬ出会いをした同人作家と読者だったが、三織を大切にしながら世話を焼いてくれる壮弥に、「女装していても男は男。安全のため、警戒を緩めてはいけません」と忠告されつつも、だんだんと三織は心を惹かれていく。 自己評価の低い三織は、壮弥の迷惑になるからと具体的な行動まではなかなか起こせずにいたが、やがて二人の関係はただの作家と読者のものとは変わっていった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【実話】高1の夏休み、海の家のアルバイトはイケメンパラダイスでした☆

Rua*°
恋愛
高校1年の夏休みに、友達の彼氏の紹介で、海の家でアルバイトをすることになった筆者の実話体験談を、当時の日記を見返しながら事細かに綴っています。 高校生活では、『特別進学コースの選抜クラス』で、毎日勉強の日々で、クラスにイケメンもひとりもいない状態。ハイスペックイケメン好きの私は、これではモチベーションを保てなかった。 つまらなすぎる毎日から脱却を図り、部活動ではバスケ部マネージャーになってみたが、意地悪な先輩と反りが合わず、夏休み前に退部することに。 夏休みこそは、楽しく、イケメンに囲まれた、充実した高校生ライフを送ろう!そう誓った筆者は、海の家でバイトをする事に。 そこには女子は私1人。逆ハーレム状態。高校のミスターコンテスト優勝者のイケメンくんや、サーフ雑誌に載ってるイケメンくん、中学時代の憧れの男子と過ごしたひと夏の思い出を綴ります…。 バスケ部時代のお話はコチラ⬇ ◇【実話】高1バスケ部マネ時代、個性的イケメンキャプテンにストーキングされたり集団で囲まれたり色々あったけどやっぱり退部を選択しました◇

好きになった子は小学生だった⁈

はる
恋愛
 僕には好きな人がいる。勇気を出してデートに誘った。  待ち合わせ場所にいたのはまさかの小学生⁈  しかもその小学生がまたやばいやつすぎて僕には手に負えないよ……  高校生と小学生の禁断の恋

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

女子に間違えられました、、

夜碧ひな
青春
1:文化祭で女装コンテストに強制的に出場させられた有川 日向。コンテスト終了後、日向を可愛い女子だと間違えた1年先輩の朝日 滉太から告白を受ける。猛アピールをしてくる滉太に仕方なくOKしてしまう日向。 果たして2人の運命とは? 2:そこから数ヶ月。また新たなスタートをきった日向たち。が、そこに新たな人物が!? そして周りの人物達が引き起こすハチャメチャストーリーとは! ちょっと不思議なヒューマンラブコメディー。 ※この物語はフィクション作品です。個名、団体などは現実世界において一切関係ありません。

マイペースな悪役令嬢はチートなんて興味ありません

本田
恋愛
公爵令嬢であるアンヌ・ドーリッシュはこの春、この世界は前世で齧る程度にプレイした乙女ゲームであり自分はそのゲームに出てくるキャラクターの悪役令嬢であることに気づく。 行き着く先は破滅(死刑)……。 それならヒロインに嫌がらせなんてせずに彼らの恋を応援しましょう。しかし学園に行けば彼らに出会ってしまう可能性が……。 あ、それならば引きこもりましょう!私ってば、ナイスアイデア!! 従者や王子、騎士を巻き込んだ、破滅回避の引きこもり生活!!果たしてアンヌは死刑を免れることができるのか!? ❁❀✿✾11/5 HOT5位、24h恋愛10位。沢山のお気に入りありがとうございます!❁❀✿✾

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...