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24.エラ、宣言する

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「お父様。……いえ、トレンマーダ男爵。少しよろしいですか」

 同じ卓についてはいたが、それまで一言も発しなかったエラ(改名済)が口を開いた。

 なお、食卓には遅めのお茶の時間に合わせて、数種の茶菓子やら軽食やらが並べられているのだが、手に取る者は誰もいない。

「ん?」

 男爵は顔を上げ、まじまじと自分の娘を眺め、眉をせわしく上下させた。その挙句、ようやく誰だか分かったらしく破顔する。

「シンデレラ! シンデレラじゃないか、見違えたぞ! すっかり元気そうになって、それに可愛らしくなったじゃないか。ははは、お父様は嬉しいぞ」

(このクソ野郎が)

 シェランは心の中で罵った。

 無責任。無神経。

(他人事みたいに言うな)

 エラも同じことを思ったらしい、シェランと視線が合った。男爵に何か言おうとしていたはずの彼女だが、「こいつは話が通じない」と思ったのか、シェランに向かって話し掛けてくる。

「……お義母さま。トレンマーダ男爵は面食いで、とにかく美人に弱いのです」
「そうみたいね」
「私の生母も、顔だけで選ばれた女性でした。父は浮気し放題、夫婦仲は最悪で、母は、歳を取って容姿が衰えるのを異様に怖がりました」
「……」

(なるほど、それで実の娘を虐待することで不安を紛らわそうとしたと)

 シェランは理解したしるしに、ゆっくりと頷いた。

 エラは恐らく母親似なのだろう。男爵と共通したところはほとんどない。過酷な生活で痩せ衰えていたときも、シェランがはっきりと「美人だ」と断定するぐらいの容貌の持ち主だったが、健康になった今では、ハッと目を惹くような美少女ぶりが際立って来ている。これならば、唐突に妖精のゴッドマザーが現れてぶっつけ本番で舞踏会に送り込まれたとしても、見事王子様を籠絡して帰って来られるだろう。エラがそれを望むかは別にして。

 彼女は今、窓に背を向けて座っているので、差し込む陽がその金の髪の輪郭をなぞるように光っていた。量が多くてふんわりした髪を纏めるのは、ここ数日、シェランが手ずからやっている作業だ。

 今朝もそうだった。

 エラを化粧台に座らせて、彼女の瞳と同じ緑色のリボンで結わえて仕上げながら、

「ちゃんと、私の言いつけ通りに髪のお手入れをしているようね。偉いわ」
「お、お義母さま……」
「どうしたの、こんなに赤くなって……」

 真紅に染まるエラの耳朶にそっと触れ、「おかしな子」と後ろから甘い囁きを落とし込む。──などという行為を、爽やかなはずの朝から、全くの素面しらふでやっていたのである。

 それを止める者は誰もいない。

 シェランの考える「悪の継母のイメージ」、それに加えて「継娘に甘くなった後の悪の継母像」は相当に歪んでいる。どうしてそうなった、と言うレベルでおかしいのだが、部下たちはそんな光景を見せられ続けて慣れてしまった結果、「ボスといえば倒錯」とキャピキャピ笑って見ているだけだし、エラは継母の色気に当てられ過ぎてそのうち液状化しそうな勢いである。結果として、男爵家全体の幸福度は上がっているのでそれで問題はないのだろう。

 そう、男爵が帰還してくるまでは。

 どんな形であろうと、シェランはシェランなりにエラを大事に思って、大切に扱ってきたのだ。

(俺が可愛がって、俺が健康にした娘なんだぞ)

 彼にはその自負心がある。実のところ、そんな風に思うようになったのは、ごく最近のことなのだが。

 シェランは鋭くなった眼光を隠すように目を細めながら、自分が結んでやった緑のリボンを視界の端に捉えた。

(ないがしろにされていい娘じゃない。これ以上、屑な父親に傷付けさせてたまるか)

 だが、そのとき。

 エラの硬く冷たく張り詰めた声音が、静かな食卓に響き渡った。

「……私は、お義母さまがトレンマーダ男爵の毒牙に掛かるのを黙って見過ごしたりしません。男爵は美人ならいつだって簡単に乗り換えるような節操無しで、骨の髄からの浮気性です。絶対にお義母さまを幸せになんか出来ない」

 覚悟を示すかのように拳を握り締めると、男爵とシェランをまっすぐに見て宣言する。

「私はただの継娘ですけど、持てる力全てで戦います。お義母さまは渡さない。お義母さまは私の大事な人です。だから、私が幸せにする!!」

(──!!)


 トゥクン♡


 ……その瞬間、気のせいだと忘れかけていたはずの鼓動が、シェランの胸の奥ではっきりと脈打ったのであった。
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