上 下
6 / 38

6.シェラン「これは小動物じゃないんだぞ」

しおりを挟む
 実のところを言えば、シンデレラの着ていたボロボロの服を破り捨てたことを、シェランは悪いとは思っていない。

 なんたって、本当に酷いボロだったのである。あれは人が着るものじゃない。健康にも良くない。それは、嫌がっているところを無理矢理いだのは、多少悪かったと思っているのだが……

 それはともかく。

(何か着せるものはないか)

 即座に自分の部屋と定めた主寝室の床に、スーツケースを大きく広げて、シェランは次々とドレスを引っ張り出していた。

 彼の透明感のある美貌に添うような、品のいい青や白、銀糸織のドレスばかりである。男爵家では一切働かずに(通販番組ばかりを見て)過ごすつもりだったので、全て、くるぶし丈の長さに華奢なピンヒールの組み合わせだ。なお、シェランはどちらかというと長身なので、踵の高い靴を履いて男の横に立つと頭一つ分越えてしまったりするのだが、「女神のような女性」とは言われても「ごつい男」とは一切言われない。見た目で言えば、どこまでも詐欺師になるべく生まれてきたような男なのである。

(しかし、あの娘は痩せてるし小さいし、どれも合わないな)

 靴も合わないだろう。あの娘が履いているものといえば、木靴なのである。木靴!

(童話に出てくる貧しい平民か!)

 シェランは生まれ育ちはともあれ、都会で金持ちばかりを相手に生きてきたので、この世に未だに木靴が存在していたことが信じられない気持ちだ。しかも、大きすぎる木靴をあてがわれていたようで、足を引き摺るようにして歩いている。あれは酷い。貴族の娘として、歩き方に妙な癖がつくのは致命的だ。

(……仕方ない、後で通販番組マジカルネットで女性服一式を取り寄せるしかないな)

 溜息をつきながら、シェランは比較的質素なドレスと薄い肌着シュミーズ、一番踵が低い靴を選び出した。

 くるりと向きを変えてシンデレラを見ると──まるで手負いの獣のように、毛布に包まった痩せた娘がギラギラした目でこちらを見ていた。キラキラ、ではなくギラギラだ。

 完全に警戒されている。

(警戒されるだけの元気が出てきたのはいいことだが)

 奴隷のように扱われて、従順が身に染み付いた娘なのだから、噛み付かれたりはしないだろう。シェランは彼女の横に、バサッと服を投げ落とした。

 シンデレラが、ビクッ! と身体を震わせた。

「いいこと、まずはその肌着を着なさい。紐ぐらい、自分で結べるわね?」

 居丈高な口調で告げる。

「……」
「返事は?」
「はい、奥様」
「よろしい」

 くるりと背中を向けてやったのは、シェランなりの情けだ。完全に「いまさら」ではあるのだが。

 ごそごそと着込んでいる音が聞こえた。腕組みして待つ。

「着たかしら?」
「はい、奥様」

 返ってきた声は、大人しいものだった。

 シェランは腕をほどいて振り返った。シンデレラは膝まで届く長さの肌着を着て、顔を俯けて立っている。シェランが近付くと、おずおずと見上げてきた。

 罠に捕らわれた小動物のような目付きだった。苦しみと諦観が混じった目。表情は虚ろなのに、大きな緑色の瞳に浮かんだ色は奇妙に生々しい。

 シェランは胸を衝かれた。強烈に、哀れだと感じた。

(いやいや、これは怪我をした小動物とかじゃないんだぞ)

 うっかりその頭を撫でてやりそうになって、シェランは堪えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

【完結】ループ三周目に入った私たち ─二度と口説きたくない王子と闇落ちピンク髪と私─

雪野原よる
恋愛
「もう一生、甘ったるい口説き文句など吐いてたまるか!」  ……婚約破棄からのループ人生三回目。システムからの解放。自由に動けるようになった私たちは、互いに協力して幸せな人生を歩もうと………する以前に、とにかくやさぐれまくっていた。  ・トラウマだらけの王子+ひたすら平民落ちしたい悪役令嬢+怒りを溜め込むピンク髪(全員やさぐれている)  ・軽いギャグコメディです。短いです。

【完結】四天王最弱(ほぼ村娘)なので、四天王最強がお世話してくれるようです

雪野原よる
恋愛
古典的RPGの世界に転生したけれど、四天王最弱の私では、推し(悪の帝国皇太子)がまったく守れません! だが気が付けば逆に推しが私を守っていたのだった……どういうことなの教えて依田さん!  ■推しに守られるどころか餌付けされせっせとお世話されているヒロインのほのぼのコメディです。  ■恋愛は交換日記から始まるレベルです。 

【完結】ずっと一緒だった宰相閣下に、純潔より大事なものを持っていかれそうです

雪野原よる
恋愛
六歳で女王として即位したとき、二十五歳で宰相職を務めていた彼はひざまずいて忠誠を誓ってくれた。彼に一目惚れしたのはその時だ。それから十年…… シリアスがすぐに吹っ飛んでギャグしか無くなるラブコメ(変態成分多め)です。  ◆凍り付くような鉄面皮の下に変態しかない宰相閣下に悩まされる可哀想な女王陛下の話です。全三話完結。  ◆変態なのに健全な展開しかない。エロス皆無。  追記:番外終了しました。ろくに見通しも立てずに書き過ぎました……。「短編→長編」へと設定変更しました。

ガン飛ばされたので睨み返したら、相手は公爵様でした。これはまずい。

咲宮
恋愛
 アンジェリカ・レリオーズには前世の記憶がある。それは日本のヤンキーだったということだ。  そんなアンジェリカだが、完璧な淑女である姉クリスタルのスパルタ指導の甲斐があって、今日はデビュタントを迎えていた。クリスタルから「何よりも大切なのは相手に下に見られないことよ」と最後の教えを、アンジェリカは「舐められなければいいんだな」と受け取る。  順調に令嬢方への挨拶が進む中、強い視線を感じるアンジェリカ。視線の先を見つけると、どうやら相手はアンジェリカのことを睨んでいるようだった。「ガン飛ばされたら、睨み返すのは基本だろ」と相手を睨み返すのだが、どうやらその相手は公爵様だったらしい。 ※毎日更新を予定しております。 ※小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。

【完結】犯人は私……ですが、シスコン兄弟が絶対に認めてくれません!

雪野原よる
恋愛
むしゃくしゃして(元)婚約者を殺ってしまいました。伯爵令嬢ユリーシア、お先真っ暗です。ところが私を溺愛する兄と弟が、絶対に私の犯行を認めないどころか、超理論を重ねていって……  ※内容が内容なのでブラックジョーク気味です。全ての設定がざっくりしています。本人たちにとってはハッピーエンドです。

【完結】【求む】武人な義弟が爽やかに笑いながら斬りかかってきた時の対処法

雪野原よる
恋愛
悪に堕ちた私、義弟に成敗され監禁されてしまいました……!(コメディです)  ※義弟が一瞬で爽やかでは無くなります  ※微エロ風味/適当すぎる世界設定/監禁なのにコメディ 

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

処理中です...