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第四話,王子の怒り
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グオオオオオ!
夜闇の中に、それよりもさらに暗い大きな影が躍り上がります。
鬼火のように光る両眼がこちらを睨み、ブレスを吐こうと顎をもたげましたが、クラド殿下はすでに間合いに入っていました。
暗がりに、剣の反射が弧を描きます。
クラド殿下の剣は、幼少期から選りすぐられた先達者たちに徹底して教えを受けただけあって、非常に王道、決して奇をてらうことがない、「正しい」剣です。教科書そのもののような剣の振りを、どこまでも効率的に叩き込みます。王子といっても人間、時にはクラド殿下も動揺なさることもありますが、そんな時でも身体に染みついた体癖は裏切らないとでもいうのか、冷静で無駄のない剣を振るわれるのです。いっそ笑ってしまうほどです。
私が傍にいない時は、ご自分で補強魔法を掛けられることもない。魔剣に頼ることもなく、騎士団の平騎士がよく身に帯びているようなシンプルな長剣を愛用なさっています。
その剣が効率よく古代竜をいなし、打ち、斬り込んでいく。私のお掛けした呪文が役立っているようで、息を切らす様子もありません。
(楽勝だな)
私が眺めていると、殿下はほどなく古代竜を討ち果たしてのんびりと戻ってこられました。私の顔を見て仰います。
「楽勝だったな」
「はい」
「褒めてくれないのか」
「眠いので……」
「これを見て眠気を覚ませ」
殿下が私の手に、大きく透き通る青黒い結晶を押し付けてこられたので、私はおずおずと掌を開いて眺めました。
殿下が自慢げに仰います。
「レア種の魔石が採れたぞ。これなら一夜の狩りに付き合わせただけの価値があるだろう?」
「それを判断するのは、私ではありませんので」
「何故だ? お前なら喜びそうだと思ったんだが」
「殿下……これは『運命の姫君』に差し上げるものですよね?」
だから、判断するのは姫君でいらっしゃるのでは……と私が言いかけた時、殿下の表情が変わりました。
「……」
「殿下?」
「……おかしくないか?」
固く強張った声で言われると、殿下は手を伸ばして私の、魔石を掴んだままの手をぐっと握られました。
「殿下?」
「おかしい。前々からずっと思っていたんだ。全てがまるで茶番のようで……何故、このように馬鹿な話が……」
私が殿下の意図を掴めず、何も聞き返せないでいるうちに、周囲の空間が歪みました。私の手を掴んだまま、クラド殿下が転移陣のスクロールを操って、帰還魔法を発動させたのです。
気が付くと、私はクラド殿下の執務室の真ん中に立っていました。殿下の手が離れていくのを、ただぼんやりと感じました。
真夜中はとうに過ぎて、明け方の光が窓の向こうに差し染めています。揺らめくランプの光の中で、クラド殿下は足早に執務机に歩み寄られると、積まれていた「運命の姫君」の身上書を持ち上げ、バキバキ!! ベキベキ!!と音を立てて破壊されました。
「え?!!!!」
私は思わず、口をぽかんと開けて固まりました。
(何ごと?)
「おかしいだろう! 何が『この国を大きな花畑にする』だ!」
クラド殿下の罵声が聞こえてきます。
「花畑ならお前の頭の中で十分だろうが。ふざけるな、これ以上犠牲者を増やすな」
「で、殿下?」
「あのピンク頭が私の『運命の姫君』だと? 屑父上め、笑えない冗談ばかり言って寄こして……あまりに頭が沸いているようなら、正してさしあげる他なかろうな?」
夜闇の中に、それよりもさらに暗い大きな影が躍り上がります。
鬼火のように光る両眼がこちらを睨み、ブレスを吐こうと顎をもたげましたが、クラド殿下はすでに間合いに入っていました。
暗がりに、剣の反射が弧を描きます。
クラド殿下の剣は、幼少期から選りすぐられた先達者たちに徹底して教えを受けただけあって、非常に王道、決して奇をてらうことがない、「正しい」剣です。教科書そのもののような剣の振りを、どこまでも効率的に叩き込みます。王子といっても人間、時にはクラド殿下も動揺なさることもありますが、そんな時でも身体に染みついた体癖は裏切らないとでもいうのか、冷静で無駄のない剣を振るわれるのです。いっそ笑ってしまうほどです。
私が傍にいない時は、ご自分で補強魔法を掛けられることもない。魔剣に頼ることもなく、騎士団の平騎士がよく身に帯びているようなシンプルな長剣を愛用なさっています。
その剣が効率よく古代竜をいなし、打ち、斬り込んでいく。私のお掛けした呪文が役立っているようで、息を切らす様子もありません。
(楽勝だな)
私が眺めていると、殿下はほどなく古代竜を討ち果たしてのんびりと戻ってこられました。私の顔を見て仰います。
「楽勝だったな」
「はい」
「褒めてくれないのか」
「眠いので……」
「これを見て眠気を覚ませ」
殿下が私の手に、大きく透き通る青黒い結晶を押し付けてこられたので、私はおずおずと掌を開いて眺めました。
殿下が自慢げに仰います。
「レア種の魔石が採れたぞ。これなら一夜の狩りに付き合わせただけの価値があるだろう?」
「それを判断するのは、私ではありませんので」
「何故だ? お前なら喜びそうだと思ったんだが」
「殿下……これは『運命の姫君』に差し上げるものですよね?」
だから、判断するのは姫君でいらっしゃるのでは……と私が言いかけた時、殿下の表情が変わりました。
「……」
「殿下?」
「……おかしくないか?」
固く強張った声で言われると、殿下は手を伸ばして私の、魔石を掴んだままの手をぐっと握られました。
「殿下?」
「おかしい。前々からずっと思っていたんだ。全てがまるで茶番のようで……何故、このように馬鹿な話が……」
私が殿下の意図を掴めず、何も聞き返せないでいるうちに、周囲の空間が歪みました。私の手を掴んだまま、クラド殿下が転移陣のスクロールを操って、帰還魔法を発動させたのです。
気が付くと、私はクラド殿下の執務室の真ん中に立っていました。殿下の手が離れていくのを、ただぼんやりと感じました。
真夜中はとうに過ぎて、明け方の光が窓の向こうに差し染めています。揺らめくランプの光の中で、クラド殿下は足早に執務机に歩み寄られると、積まれていた「運命の姫君」の身上書を持ち上げ、バキバキ!! ベキベキ!!と音を立てて破壊されました。
「え?!!!!」
私は思わず、口をぽかんと開けて固まりました。
(何ごと?)
「おかしいだろう! 何が『この国を大きな花畑にする』だ!」
クラド殿下の罵声が聞こえてきます。
「花畑ならお前の頭の中で十分だろうが。ふざけるな、これ以上犠牲者を増やすな」
「で、殿下?」
「あのピンク頭が私の『運命の姫君』だと? 屑父上め、笑えない冗談ばかり言って寄こして……あまりに頭が沸いているようなら、正してさしあげる他なかろうな?」
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